第5話
「……で、俺達は一体どこに向かってるんだ?」
「さあ、どこなんでしょう? アンさんに聞いてみないと私にもわかりません」
左肩にちょこんと座るエインセールとそんな話をしながら、俺は霧に沈む教会の村アルトグレンツェを足早に歩いている。オズヴァルトから一連の事情を聞いたあの小さな教会を出て以降、目の前をずんずんと突き進む金髪の美少女を見失わないようにと、必死にその背中を追い続けているのであった。
「はぁ……なんでこんなことに……」
思わず、重苦しい気分がため息となって口から漏れる。オズヴァルトの話を聞いてからというもの、俺の中では漠然とした不安が膨れ上がる一方であった。
『つまり、君が元の世界に戻るにはルクレティアの救出が絶対条件だ。そのためには残る二つの神器を見つけ、ルクレティアを封じている呪いを解かなければならない。そこで、だ。異世界人君には各地を巡ってもらい、神器の捜索をしてもらおうと思う。
何故かって? それはね、神器は神器を引き寄せる特性があると言われているからなんだ。そして、神器は使い手を自ら選ぶ。君が持つ神器は君にしか扱えないから、残る神器を捜索するには君に出向いてもらう他ないんだよ。だが、我々も君一人にそれを押し付けるつもりはない。エインセールを案内役に、そしてアン君にも協力者として同行してもらおうと思うのだが、どうだろうか?』
――と言う訳で、エインセールと金髪の美少女は二つ返事でそれを承諾。
オズヴァルトから魔法のアイテム“導きのランタン”と旅の軍資金を受け取り、二人は与えられた使命に燃えるようなやる気を見せていた。
そうしてまとまりも統一感もない即席のパーティーが出来上がり、残る二つの神器を求めての冒険の旅が始まったのであった。
が、開始早々にこの状況である。
金髪の女の子は「準備があるからついて来て」と言ったきり、無言で村の中を歩き続けているのだ。旅の仲間である俺やエインセールに目的地も告げず、何をしようとしているのかもわからないまま俺は彼女の後について歩いていた。
だが、このままというのも何だかすっきりしない。そろそろ、どこに向かっているのかぐらいは聞いておいたほうがいいだろう。
「……なあ、君は俺達をどこにつれてこうとしてるんだ? 神器を探しに、まずは隣街へ行くんじゃなかったのか?」
「いいから黙ってついて来なさいよ。あと、君、じゃなくてアン・アナスン。あなたにクリムという名前があるように、私にもちゃんとした名前があるんだから」
「……」
取り付く島もない、と言った感じだ。しかも、全然関係のないところで怒られてしまった。
と言うか、クリムは俺の本名ではないのだけれど……。
「ですが、アンさん。本当にどこへ行くんですか? オズヴァルト様から頂いた導きのランタンは、まるで逆方向を示しているんですが――」
「着いたわ。ここよ」
と、突然、アンが動きを止めて立ち止まった。
ついて行くのがやっとだった俺はその急すぎる動きに対応できず、歩くスピードのまま彼女の背中にぶつかってしまう。
「あ! ご、ごめん!!」
森で彼女の胸を鷲づかみにした時のことを思い出し、すぐに身を離して謝った。
だが、彼女は何の反応も見せず、ただ上空を仰ぎ見ていた。
「……ん? 一体、何を見て――」
彼女の視線の先に何があるのかが気になって、俺も同じように霞んだ空を見上げてみた。
するとそこにあったのは、宿屋から見たあの巨大な影。ルクレティアが封じられているという、天高くそびえ立ついばらの塔であった。
「さ、それじゃあ行きましょうか」
「え……行きましょうって、まさか……」
「なによ。まさかもなにも、塔の中へ行くに決まってるじゃない。それ以外に何があるって言うの?」
「いやいや、ちょっと待てよ! 塔は呪いで封じられてるから俺達は神器を探しにいくんだろ!? 塔の中に入れるわけないじゃないか!」
「神器ならもうクリムが持ってるでしょ?」
「いや、持ってるけど……でも、全部で三つ必要なんだろ?」
「……本当に、そうなのかしら?」
そう言って、アンは眉をひそめて難しい顔をする。
探偵が謎を紐解いていく時のように、腕を組んだまま右手を顎に添え、粛々と語り始めた。
「確かに、伝説の神器が全て揃えば確実に呪いは解けると思うわ。でも、オズヴァルト様でもわからないことがあるんだから、神器が一つでも呪いは解けるかもしれないでしょ? それを試しもせず、いつ見つかるかもわからない神器を探す旅にでるなんて時間がもったいないわ」
「だ、だからってこんな急にやらなくても……」
「急に? これのどこが急なのよ。私は、一刻も早く自分の故郷を救いたい。クリムだって、すぐにでも元の世界に戻りたいでしょ? だったら、急すぎることは何もないじゃない」
「……」
ぐうの音も出ない。確かに、アンの言う通りである。
すぐにでも問題を解決できる可能性があるのなら、それを試してみることは何も悪いことではない。むしろ、それで状況が改善出来るのであれば、挑戦する価値は十分過ぎるほどあるだろう。
「でも待ってください、アンさん。ルクレティア様を封じているのが何者なのか、まだ何もわかっていないんですよ? もしクリムやアンさんでも太刀打ちできない、強力な魔物が出てきたらどうするんですか?」
「エインセール、よく考えてみなさい。そいつはルクレティア様を封じて以降、何か行動を起こしたかしら? 世界中で不吉なことが起きているのは確かだけど、それはルクレティア様が封じられてしまったからでしょ? と言うことは、そいつはルクレティア様を封じるだけで精一杯なのよ。その程度の実力しかないやつに、伝説の神器が負けるとは思えないわ」
「ですが……」
「……それに、私だって戦える。こんな時のために、私は力をつけてきた。例えどんな奴が現れようと、その喉を切り裂いて、私たちの味わってきた苦しみを何倍にもして返してやるのよ。そうでもしないと、私の気が治まらないわ」
アンの瞳に、怒りの闘志が静かに火を灯す。きつく握られた両手から、彼女の強い想いと覚悟が見て取れた。
そんなものを見せられては、俺もエインセールも言葉が続かない。アンの提案を受け入れ、協力するしか道はなくなっていた。
「……わかったよ。とりあえず、ここまで来たんだからいばらの塔には行って見よう。ただ、神器があっても使う俺は素人だ。みんなどころか自分の身だって守れる自信がない。だから、何事も安全が確認できる範囲に留めよう。それでもいいか?」
「賛成よ。私だって、こんなところで死ぬつもりはないから」
「はい、私も賛成です」
「決まりね。じゃあ、今後の方針については私に一任してもらえるかしら?」
「ああ、任せるよ。どちらにしても、異世界から来た俺は二人に頼るしかないからな」
「助かるわ。その分、あなたには神器の使い手として色々働いてもらうから、そのつもりで」
「了解。出来る限り頑張るよ」
「それじゃあ、行きましょう。ぐずぐずしてたら日が暮れてしまうわ」
そう言って、アンはまた歩き始める。俺もそれと同時に足を進め、今度は隣に並んで目の前にそびえ立つ巨大な塔を目指して行った。
* * *
しばらくして、俺達はいばらの塔の入り口へと辿り着いた。
近づく度にその巨大さが際立ついばらの塔の根元には、塔を守るかのように城門が張り巡らされていた。すぐ近くにいばらの塔があるため何てことのない建造物に見えてしまうが、この城門もなかなかの巨大さである。ドラゴンの襲撃でも想定したかのようなそれは、見ているだけで吸い込まれそうな雰囲気をまとっていた。
そしてさらに驚いたのは、その城門の前に二名の兵士が立っていることであった。
「な、なあアン。もしかして、あれって……魔物?」
「いえ……たぶん違うわ。まあ見てて」
「ちょ、おい! まずいって! ちょっと!」
焦る俺のことなど気にも留めず、アンは堂々とした立ち振る舞いで兵士に近づいていく。俺は動揺しつつもそんな彼女の後を追い、重装備で身を固めた見るからに重苦しい兵士の前へとその身を晒すこととなった。
「待て。何者だ、貴様ら」
二人の兵士が手にしていた槍を同時に傾け、城門へと続く道を塞ぐ。
そこでアンもようやく足を止め、兵士の姿を交互に眺めた。そんなアンの様子を見て、右手にいる兵士が再度声を上げる。
「許可のない者は通す訳にはいかぬ。早々に立ち去るがいい」
「許可ならあります。オズヴァルト様から塔へ赴くようにと指示を受けて来ました」
「そんな話は聞いておらぬ」
「はい。ですから、今お伝えしたのです。その証拠に……」
と、アンがおもむろに左腕を持ち上げ、兵士に向かって差し出してみせる。アンが兵士に見せたのは、左手の小指にはめたあの指輪であった。
「それは……と言うことは、君もガーディナーか」
「はい。ちなみに、後ろの彼は異世界人で神器使い。その肩にいる妖精は、案内役として導きのランタンが与えられています」
「なにっ!? 異世界人で神器使いだと!?」
兵士達はアンの話を聞いて、あからさまに動揺していた。俺達のことを何度も見回しながら、それでも信じられないと言った風に顔を見合わせている。
そんな兵士達に対して、アンは尚も冷静に話を続けた。
「では、実物をご覧入れましょう。エインセール、導きのランタンをここに」
「は、はい!」
エインセールは緊張した面持ちで俺の肩を飛び立つと、ふわふわと宙を舞って兵士達の眼前に飛んでいく。そして、持っていた導きのランタンを彼らに向けて差し出した。
「た、確かに……これは以前オズヴァルト様に見せていただいた導きのランタンだ……」
「では次。クリム、神器を出してちょうだい」
「えっ!? い、今!?」
「そうよ。出し方はさっきオズヴァルト様から習ったでしょ?」
「あ、ああ……わかった……よし」
そう。神器を出現させる方法は、オズヴァルトが教えてくれた。
あの時、光と共に消えたと思っていた神器は、どうやら俺の体の中に宿っているらしい。そしてそれを出現させるには、心にその姿を思い描き、神器の名を呼べばいいとのことだった。慣れれば自然と出てくるようになるらしいが、確実になるまではこの方法しかないと言う。まだ一度も試していないから不安だけど、とにかくやってみることにしよう。
目を閉じて、頭の中にあの剣を思い浮かべる。
豪奢な装飾が施された、白色の鋭い刃。鍔の中央に燃え盛るような宝玉が埋め込まれ、光と共に現れる一振りの剣。
その凛々しくも透き通るような神器を心に描き、右手を持ち上げ宙にかざす。
そして――その名を呼んだ。
「……来い、ヴィルヘルム」
瞬間、手の内から光が溢れ、稲妻のように周囲の全てを包み込む。
そして俺の右手には、伝説の神器、聖剣ヴィルヘルムが姿を現していたのだった。
「さあ、これで信じてもらえましたか? 私達が塔に入る許可を受けているということを」
アンが俺の持つヴィルヘルムを指差して、ドヤ顔でそう言った。
兵士達は突然の出来事にしばらく呆然としていたが、すぐに態度を改め傾けていた槍を引く。
「失礼しました。どうぞお通り下さい」
「ありがとう。助かります」
「ご存知だとは思いますが、城門はその指輪で開くようになっています。ですが、塔の門は呪いで封じられているため開くことは出来ませんので」
「ご丁寧にありがとうございます。神器がありますので、その辺りは問題ないかと思います。それでは」
「はい。ご武運を」
そう言って、アンは開かれた道を優雅に歩き出す。
俺も慌ててその後に続いたが、兵士達の横を通り過ぎた辺りで、妙な罪悪感に苛まれ始めていた。
「な、なあ……大丈夫なのか、これ。あの二人を騙してまで塔に入るなんて……」
「もう、いまさらグダグダ言わないでくれる? 方針は私に任せるって約束でしょ?」
「うっ……ま、まあそうだけど……」
「それに、神器を持っている時点でいつかはこの塔に来なければいけなかったんだから、許可があるってのも全部が嘘ではないじゃない。そんなことをいつまでも気にしてないで、これからのことに集中して。いつ何があるかわからないんだから」
「……」
そう言ったアンの横顔は、既に険しいものとなっていた。優雅だった立ち振る舞いはどこかに消え、張り詰めた緊張感を全身から放っている。
その様子を見て、俺も緩みかけていた体に気合を入れる。
手にしたヴィルヘルムをぎゅっと握り締め、目の前に迫る大きな城門をきつく睨み、一歩一歩踏みしめるようにして巨大な口へと進んで行ったのだった。




