第4話
「ふむ……確かに、彼は異世界人のようだ。反応からして、神器使いというのも間違いなさそうだね」
俺を見つめていた丸メガネの男性が、落ち着いた口調でそう切り出した。
この世の全てを見透かすような薄いブルーの瞳を持つ、穏やかで聡明な男性。左手に携えた分厚い本を手馴れた手つきで捲りながら、恭しく言葉を紡いでいく。放たれるその言葉一つ一つには不思議な説得力があり、疑いという気持ち自体がこの人の前では無意味であるように思えるほどだった。
ここは、村にある小さな教会。
ものすごいスピードで部屋に戻ってきたエインセールに連れられ、俺達はこの教会にやってきた。
柱に灯るいくつもの蝋燭と、祭壇の上から鈍く差し込むステンドグラスの光。神聖で幻想的な雰囲気が漂う礼拝堂で、その男性、賢者オズヴァルトは俺達のことを待ち構えていたのだった。
「しかし、こんなに早く異世界人と神器が見つかるとは。僕も予想外だったよ」
「ええ!? オズヴァルト様でもわからないことってあるんですか!?」
「もちろんさ、エインセール。賢者といってもただの人間だからね。少し物知りというだけで、全知全能という訳ではないんだよ」
「へえ~。私、オズヴァルト様はなんでも知ってる歩く図鑑みたいな方だと思ってました」
「あははは。歩く図鑑とはおもしろい表現だね」
そう言って、オズヴァルトはエインセールに微笑を向ける。その様子は、小さな妹を可愛がる歳の離れた優しい兄といった感じだ。実にほのぼのとしていて、仲の良さが伝わってくる雰囲気である。まあ、エインセールはこの村に住んでいると言っていたから、オズヴァルトと面識があるのも当然なのだろう。
と、それはさて置き。そろそろこの状況についての説明と、元の世界帰る方法を教えてもらおう。でなければ、いつまでたってもこの世界に居座り続けなければいけなくなる。
「あの、とりあえず俺はどうやったら元の世界に――」
「オズヴァルト様。先に報酬の話をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
それとなく会話を差し込もうとした弱々しい俺の声を、真っ直ぐで真剣な声が遮った。
それは、俺の横で背筋を正しているあの金髪の女の子が発した声であった。
「ああ、そう言えば君も発見者だったね。名前は何といったかな?」
「アン・アナスンと申します。ハイルリーベからやって参りました」
「ハイルリーベから……またずいぶんと遠くから来たものだね」
「はい。それよりも、報酬のお話をしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、そうだったね。では君の願いを聞こう。何でもとはいかないが、できうる限りの報酬は用意できると――」
「では、ルクレティア様との面会を希望します」
彼女はオズヴァルトが言い終わるのも待たず、食い気味に自らの願いを口にした。その口調は、願いを聞き届けてもらうというよりも、批判を込めた意見をぶつけているような感じだった。
「……なぜそれを希望するのかな?」
「理由など簡単です。オズヴァルト様もご存知かと思いますが、今この国では不吉なことが起き続けています。魔物の増加、作物の不作、気象や地殻の急激な変動がもたらす自然災害。果てには、国民による犯罪も増加しています。私の村も魔物の襲撃に遭い、幼い子供が誘拐される事件まで起きました。
だというのに、ルクレティア様は予言を残されて以降、全く姿を見せていません。世界がこのような状況にあるにも関わらず、その均衡を保つはずの聖女様に何の動きも見られないというのが理解できないのです。なので、直接お会いしてお話しを伺いたいと思っています」
「……」
冷静な言葉に静かな焦りと怒りを込めつつ、彼女はそう語った。
彼女のそうした雰囲気は、異世界からやってきた俺にもその切迫した状況をありありと伝えてくれる。俺の住む世界でも自然災害や犯罪の増加といった問題が度々話題になってはいたが、そこに魔物という存在が加わるとなると、俺でなくともこの世界がいかに危険な状態にあるのかがわかるだろう。
だが、その言葉を受けたオズヴァルトはというと、穏やかな微笑を治めたのみで特にこれといった反応を見せてはいなかった。感情と呼ばれるものが全く見て取れない、まるでお面でも被っているかのような無表情を浮かべ、じっと彼女のことを見つめている。
そしてしばらくの後、ゆっくりとその顔が口を開いた。
「……そうだね。君の言う通りだ。だが、それを聞き入れる訳にはいかない」
「何故ですか!? 今こうしている間にも、私の村では多くの人が苦しんでいます! 姫ですら対処できない事態が起きているというのに、どうしてッ!?」
「理由を教えてもいいが……その場合、君は二度と自分の村には戻れなくなる。それでも聞きたいかい?」
「――ッ!?」
激昂する彼女とは対照的に、オズヴァルトはあくまで平坦にそう述べた。
だが、それが逆に事の恐ろしさを誇張する。抑揚なく放たれた「君は二度と自分の村には戻れなくなる」という言葉が、彼女の熱を急激に凍りつかせた。
「……どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味さ。これは、国の存亡に関わる最重要機密でね。どうしてもルクレティアに会いたいというのであれば、君の人生の全てを我々に捧げてもらわなければならない、ということだよ」
「……」
相変わらず平然と言葉を並べるオズヴァルトに、彼女は歯噛みして少し身を引いた。
目に見えない大きな圧力が、彼女をぐんと押しのけている。その圧力は隣にいる俺も肌に感じ、静かに佇むオズヴァルトの姿がどんどんと肥大化していくように見えていた。
しかし、それでも彼女は足出し、崩れかけた姿勢を前に傾ける。
「覚悟は……あります」
「……家族とも会えなくなるよ? 最悪の場合、そのまま命を落とすことだってあり得る。それでもいいのかい?」
「何度も言わせないで下さい。このまま諦めて帰るより、この身を捧げて少しでも村が救われるのであれば、選択の余地などありません」
「……強情だね」
そこでようやく、オズヴァルトの表情が変化する。
仕方ないといった風にため息をつき、男性にしては華奢な両肩を竦ませて見せた。
「わかったよ。では、君とも契約といこう。エインセール、あれを」
と、オズヴァルトの指示を受けたエインセールが祭壇まで飛んでいくと、今度は何かを抱えて戻ってくる。そして、その何かはオズヴァルトの手の平へと落とされ、その上で鈍い輝きを見せた。
それは、銀色に光る小さくてシンプルなデザインの指輪であった。
「これを左手の小指に」
「指輪、ですか。これに何の意味が?」
「これは契約の指輪だ。この指輪には、約束を絶対に破れなくなる魔法がかけられているんだよ」
「約束を、破れなく……?」
「そう。その約束を破ろうとした場合に、持ち主に死をもたらす魔法がね」
「――ッ!?」
「と、言うのは冗談さ」
「……」
彼女がオズヴァルトをじろりと睨む。
疑いと少しの殺意が込められたその視線に、オズヴァルトも苦笑いを浮かべていた。
「あははは……ちょっと悪ふざけが過ぎたかな?」
「そう言う冗談は嫌いです」
「すまない、以後気をつけるよ。まあでも、契約の指輪というのは本当のことだ。これを着けることで、君はルクレティアに仕える騎士となる。そうすることで、君にはルクレティアの加護と真実を知る権利が与えられ、同時に我々と共に戦う仲間となるんだ。さあ、手にとって小指にこれを着けなさい」
そう言われ、彼女は恐る恐る指輪に手を伸ばす。静電気でも警戒するように指でちょんと指輪を小突き、何の反応もないことを確認してから指輪を取った。そして、オズヴァルトに言われた通り、左手の小指にその指輪をはめ込んだ。
「ようこそ、アン・アナスン。これで君も我々ガーディナーの一員だ。歓迎するよ」
「ありがとうございます。では、さっそく理由を教えてください」
「……せっかちだね、君も。まあいい。異世界人君もお待たせしていることだし、君達に今何が起きているのかを伝えよう」
と言いながら、オズヴァルトが何故か俺の背後へと回り込む。
そして、茶色のグローブで包まれた大きな両手を、ふわりと俺の両肩に置いた。
「結論から言おう。ルクレティアは、最後の力で異世界人君を召喚した後、何者かによっていばらの塔ごと封じられてしまった。よって、彼女に会うことは不可能だ」




