第9話:語り合い
トウマを急かして、なんとか峠を下りきる。
日が落ちかけた街道に出た頃には、さすがに全員ぐったりだった。
「……ここで野営にしましょうか」
あたしの提案に、誰も異論はなかった。
準備を始めようとした、その時。
「――それじゃ、ボクはこのへんで」
いつもの軽い調子で、コモエディアが踵を返す。
「あんた、またいなくなるの?」
「夜は忙しくてね」
振り返りもせず、ひらひらと手を振るだけ。
そのまま、闇に溶けるように姿を消した。
完全に気配が消える。途端に空気の重みが軽くなった。
……何やってるんだろ、あいつ。
人を攫うとか、殺すとか。
どうせロクでもないことだ。
「……止められない、よね」
小さく呟く。
今のあたしじゃ、あいつには敵わない。
悔しいけど、それが現実だ。
「……よし。今はやれることやろ」
気持ちを切り替えて、枯れ枝を集める。
ナキリも無言で手伝ってくれていた。
戻ると、トウマが雑に枝を円形に積んでいる。
「ちょっと、それじゃ空気通らないって」
「あー? めんどくせぇ」
「いいから見てて」
あたしは枝を組み直し、枯草を中心に詰める。
火打石を打つ。
パチン、と乾いた音。
火花が落ち――
ふっと、小さな炎が生まれた。
それはすぐに燃え広がり、やがてしっかりとした焚火になる。
「おおー……」
「ミストちゃん、すごい……!」
二人が素直に感心してくる。
ちょっとだけ、鼻が高い。
「見よう見まねだけどね。中学の頃、悪ガキがこれでタバコ吸おうとしててさ」
「へぇ」
「ボヤ起こしかけて、先生に死ぬほど怒られてたけど」
ぱち、と火が弾ける。
少しだけ沈黙が落ちた。
……今のうちに話せる気がした。
「……ねえ」
火を見つめながら、あたしは口を開く。
「二人って、どういう関係なの?」
ナキリが、すっとトウマに身体を寄せる。
「……トウマはね、私の“全部”なの」
その声音は、さっきまでと違って静かだった。
そして――
「だから、話すね」
ぽつりと、過去を語り始めた。
*
お気に入りのお洋服。黒とピンクのミニワンピース。
自撮りしてSNSに上げる。
“誰?”ってコメントが一件だけ残ってた。
いいねは三つ。全部知らないアカウント。
それだけじゃ膨れ上がった自己承認欲求は満たせない。
部屋にいると余計にそう感じられる。だから私は町へ繰り出した。
家でも学校でも、誰も私を見なかった。
――だから、外にいる方がマシだった。
その日も、雨だった。
びしょ濡れになりながら、あてもなく歩いて。
気づけば、ネオンの光る駅前にいた。
「……歌?」
雨音に混じって、音がする。
見れば、誰もいない路上で、一人だけギターを弾いている男がいた。
大雨なのに。
誰も見てないのに。
それでも、やめない。
その音は――
不思議なくらい、耳に残った。
「……何だよ」
気づけば、目の前に立っていた。
「投げ銭くらい、くれてもいいんじゃねぇの」
目は死んでる。
服はボロボロ。
でも――
「……なんか、すごかった」
そう言うと、男は少しだけ顔を歪めた。
「……ちっ」
ギターをしまって、立ち去ろうとする。
その背中が、やけに小さく見えた。
「――なに付いてきてんだよ」
「行く場所、ないの」
私は傘を差し出した。
「泊めて」
男は少し黙って――
そのまま、同じ傘に入った。
それが、始まり。
*
「それからは、一緒に暮らし始めたの」
ナキリは、トウマの腕にぎゅっとしがみつく。
「バイトして、支えて……それで……」
言葉が、少しずつ熱を帯びていく。
「トウマがいない世界なんて、いらない」
その目は、笑っていなかった。
「トウマがいないなら――私も、いらない」
焚火が、ぱち、と音を立てる。
「ほんとに意味ないの。全部、どうでもいい……」
「……いらなくない。ナキリが消えるなら――あたしが引きずってでも連れ戻す」
ナキリは驚いた顔をしている。
濃い化粧をした目尻に、光る粒が見えた。
やがて黙ったまま顔を下げる。
「つーわけで」
トウマが頭をかく。
「変な穴に吸い込まれる時も、一緒に来たってわけだ」
「……あんたも大概よね」
「うるせぇな」
トウマは少しだけ笑って――
そして、空を見上げた。
「……俺も似たようなもんだ」
ぽつりと、語り出す。
*
「何の取り柄もねえ。ただ――ギターだけは、違った」
進路希望。
“ミュージシャン”
その紙は、目の前で破られた。
『現実見ろ』
その一言だけで。
「……うるせぇよ」
誰にも届かないまま、夢だけが残った。
高校を中退し、逃げるように大都会へときた。
仲間とバンドを組んだ。
デビューするつもりだった。
でも。
一世一代を賭けたライブ。
だが、無観客。
「お前とみる夢より、現実の方が大事だよ」
最後に残った一人が、そう言って去った。
それでも――やめられなかった。
大雨の中。
一人で。
誰も聞いてなくても。
弾き続けた。
「……なんか、すごかった」
あの時の声。
それだけが、残った。
*
トウマが過去を話し終える。しばらくの間沈黙が場を支配した。
ゆっくりとギターを取り出す。
弦を弾く。
ギュイィン――
空気が震えた。
焚火の炎も強くゆらめく。
ただの音じゃない。
「……やっぱ、やれるな」
ぽつりと呟く。
目に、再び闘志が宿る。
「怖かった。また全部失うのが」
「そうね。あんたは諦めたフリしてただけよ」
トウマは顔を上げる。
「俺はまだ、終わってねえ」
ギターを握る手に、力がこもる。
「この世界なら――まだいける」
ナキリが、ぱっと顔を上げる。
「トウマぁ……!」
「吟遊詩人でも何でもいい」
「俺の音、ぶちかましてやる」
その目は、もう死んでなかった。
「あんた……いいじゃん」
あたしは笑う。
「そういうの、嫌いじゃない」
「だろ?」
「応援してあげる。ファン二号として」
「それは拒否。同担無理。マジで無理」
「めんどくさ!?」
思わずツッコむ。
「トウマに近付きすぎたら、本当に嫌なの」
まだ恨んでた。
「あたしの好みじゃないから」
キッパリと言い切った。ナキリも少し安心したようだ。
「は? それ言う?」
トウマは少しだけ不服そうだ。
……でも。
悪くない。
焚火の火が、静かに揺れる。
――どこかで、あいつが笑っている気がした。
「じゃ、仲間ってことで」
袋から缶詰を取り出す。
火にかける。
温まったそれを二人に渡す。
「うめぇ……」
「トウマぁ~? 私の料理も食べるわよね?」
「……ああ」
圧がすごい。
トウマは額から汗を流している。
これは料理の指導が必要ね。
「食べたら寝るわよ。明日にはマリッツァへ着くんだから」
聖水を周囲に撒く。簡易結界だ。
弱い魔物くらいなら、これで寄ってこない。
「トウマ。変なことしたら――」
「わーってるよ」
即答だった。
全員、地面に横になる。
焚火の音だけが、静かに響く。
さっきまでの会話が、頭の中に残ってる。
――ナキリは重いけど。
嫌じゃない。
むしろ。
「……悪くない」
ぽつりと呟く。
目を閉じる。
少しずつ、意識が沈んでいく。
明日には、マリッツァ。
そして――
たぶん、ここからが本番だ。
――まあ、楽な旅になるわけないけど。
それでも。
今は少しだけ、楽しみだった。
――嵐の前だとも知らずに。




