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第8話:トウマとナキリ

 あたしは目を覚ますと、まだ薄暗い天井を見上げた。


 ――旅立ちの朝だ。

 この世界に来てから、初めて自分の意思で歩き出す朝。


 胸の奥が、静かに高鳴る。


 ゆっくりと体を起こし、買ったばかりの新しい服に袖を通した。


 白のブラウスに、淡い黄色のキュロットスカート。

 腰にはベルトを巻き、小さなポーチを取り付ける。

 その上から、前を開けた革のショートケープを羽織る。


「よし……それっぽい」


 その場でくるりと一回転。裾がふわりと広がる。


 ほんの少しだけ――でも確かに、冒険者としての一歩を踏み出した気がした。


 旅人用の収納袋を背負い、あたしは食堂へ向かった。


「エヴェリンさん! おはようございます!」


 扉を開けると、温かな空気と香ばしい匂いが迎えてくれた。


「あら、おはようミストちゃん」


 エヴェリンさんが挨拶を返した。


「……まあ、素敵なお洋服ね」


「えへへ、そうですか?」


 思わずくるりと回る。


「収納袋は拡張魔術製かしら?」


「はい! 見た目よりずっと入るんですよ。着替えも食料もこれ一つで――」


 ぽん、と袋を叩く。


「いいわね。アルノー、あなたも何か言ってあげたら?」


「……ああ」


 腕を組んだまま、酒場の主人が短く言った。


「よく似合っている」


「ありがとうございます!」


 短いけど、ちゃんと伝わる言葉だった。


「次はどの町に向かうのかしら?」


「【港町マリッツァ】です! 船で渡って、【帝都シンベリー】まで!」


 長い旅になる。

 それでも――行く。


 シンベリーへ。改めてお礼を言うために――


「そう。気をつけて行ってらっしゃい。また戻ってくる日を楽しみにしているわ」


 その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。


「はい! 本当にお世話になりました!」


 テーピングを巻いた右手で、二人としっかり握手を交わす。


 ――そして。


 あたしは宿屋を後にした。



 セルビーの村を出て、しばらく。


 街道を歩くあたしの前に、それは現れた。


「……スライム!?」


 水色のゼリー状の魔物が、道を塞ぐように揺れる。


「避けて――」


 横を抜けようとした、その瞬間。


 スライムの身体が膨張した。


「っ!?」


 ――弾ける。


 酸性の液体が飛び散る。


「あぶなっ……!」


 咄嗟に身を引く。退路は塞がれた。


「……仕方ない!」


 足を開き、腰を落とす。


 呼吸を整える。


「【三戦サンチンの構え】――」


 一歩、踏み込む。


「【正拳突き】!」


 拳がめり込む――が。


「……効いてない!?」


 ぶにゅっ、とした嫌な手応え。


 違う。硬いんじゃない。

 弾力で衝撃を逃がしてる。


「なら――!」


 拳を引き、空気を圧縮する。


「プルルッ!」


 再び酸を吐く。


「あぶなっ!」


 横へ転がり回避。距離を取る。


 少しでも触れていれば――終わっていた。


 背筋が冷える。


「それでも――っ!」


 再び魔力を拳に――


 接近し、振り抜く。


「【魔弾・正拳突き】!」


 魔力を纏った拳が直撃。


 届いた――


 弾力を押しのけ、内部の核に触れる。


「届けぇぇっ……!」


 纏った魔力をそのまま注ぎ込む。


 発勁――内部に叩き込む!


 ――貫いた。

 核ごと、粉々に。


 一瞬の静寂。


 そして。


 スライムは、跡形も無く消し飛んだ。


「……よし」


 息を吐く。


 そのとき。


「おめでとう。キミならできると思っていた」


 パチパチ、と拍手。


 振り向くと、コモエディアが立っていた。


 いつからそこにいたのか――

 気配すら、感じなかった。


「……あんたでしょ、これ」


「ご名答。ほんの腕試しさ。相性もあるとはいえ……」


 淡々と笑う。


「もはや脅威度“9+”程度、キミには余裕か」


「……どうも」


「でもまだ弱い。その細い腕もボクに容易く折られる」


 成長を持ち上げてから、落とされる。


「……言うじゃない」


「ひとまずご褒美だ」


 差し出されたのは、鞘付きの短剣。


「何よこれ?」


「護身用さ。あるとないとじゃ違う」


「……どういう意味?」


 コモエディアは、楽しげに口角を上げた。


「最期の選択肢ってことさ」


「……最悪ね」


 ため息をつきつつも受け取り、スカートの内側に固定する。


「そのためには使わない。あんたの望み通り強くなるんだから」


 コモエディアは、わずかに目を細めた。



 日が傾き始めた頃。


 グラッパの森を抜け、マリッツァ峠へ差しかかる。


「……誰か倒れてる!?」


 開けた場所に、二人の人影。


 駆け寄る。


「……トウマぁ~、守れなくてごめんね……」


「……メシ……食いてぇ……」


 黒とピンクのミニワンピースの少女と、ギターケースを抱えた男。


 少女は男の服の袖を掴んで倒れている。


 どちらも限界だった。


「どうしたの!? 大丈夫!?」


 返事の代わりに――腹の音。


「――ほら、これ!」


 背負っていた袋を降ろす。


 中を探り、即席のサンドイッチを差し出す。


「おお……うめぇぇぇ……!」


「美味しい……助かった……」


 一瞬で食べ終える二人。


「突然黒い穴に飲み込まれて、気付いたらここに――」


「同じ転移者みたいね」


 コモエディアの仕業――?


 彼を見る。

 しかし覚えが無いらしい。


「あたしはミスト。同じ転移者よ。あっちは悪魔のコモエディア」


「私は黒瀬万亀。ナキリって呼んで」


 にこりと笑う。

 目だけが、笑っていなかった。


「こっちは――私の推し! 矢野斗真ことトウマよ!」


 たちまち豹変。

 乙女の表情でトウマを見つめる。


 その視線は、どこか危うかった。


「……っす」


 ぶっきらぼうな返事。


「それが恩人に対する態度?」


「なら、一曲弾いてやる」


 トウマはギターを取り出した。


 ――ギュイィン。


 空気が震える。


 音に、魔力が乗っている。


 共振――


 あたしの体内魔力が一瞬活気づいた。


「魔法楽器だね」


 コモエディアが呟く。


「……どうも」


 演奏を終えると、すぐに寝転がるトウマ。


「やる気なさすぎでしょ……」


「まあまあ」


 ナキリが笑ってなだめる。


 ……ダメだ、この二人。


「とにかく! 一緒に行動しない?」


「一緒に……?」


「その方が生き延びられるわよ。食料も分けるし」


「マジ!? 神じゃん!」


 トウマが急に元気になり、肩に手を回してくる。


 距離が近い。


 手が、胸に伸びる――


 ……は?


 一瞬、理解が遅れる。


「触んな」


 低く呟いた。

 毅然とした態度。


 反射的にナイフを抜く。


 喉元へ突きつける。


「わ……悪ぃ」


 手は引っ込み、謝罪。


 空気が凍る。


 ナキリの視線が痛いくらい突き刺さる。


 その瞬間――


「トウマに触るなぁっ!!」


 ナキリの叫び。


 彼女の豹変に、一瞬怯む。


 同時に、ピンク色の小悪魔が無数に現れる。


「っ……!?」


 触れた瞬間。


 身体から力が抜ける。


 呼吸が重い。


「……なに、これ……」


 立てない。


 このままじゃ、心ごと潰される。


「……っ」


 咄嗟にナイフを手放す。


 敵意が消えた瞬間、小悪魔たちは霧のように消えた。


「はぁ……はぁ……」


 息を整える。


「召喚系の能力、だね」


 コモエディアが興味深そうに言う。


「ごめん……やりすぎた」


「……いいわよ」


 深く息を吐く。


「よろしくね」


 再び、あの柔らかな笑顔。

 その笑顔に、さっきの気配は――欠片も残っていなかった。


「んじゃ頼むわ」


 トウマは面倒そうに立ち上がる。


 こうしてあたしの旅に、新たな二人が加わった。


 騒がしくて、危なっかしくて。


 でも、一人でいるより、ずっとマシだ。


 マリッツァ峠を下りながら、あたしは小さく息を吐く。


 たぶん、この先はもっと面倒になる。


 でも――きっと、面白くなる。


 そんな予感がした。


 ――この旅は、きっと普通じゃ終わらない。

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