第10話:港町マリッツァ
翌朝――
目を覚ましたあたし達は、簡単に朝食を済ませると、焚き火の片づけに取りかかった。
まだ空気はひんやりしていて、眠気が少しだけ残っている。
「やっほー、今日こそマリッツァに着けるといいね」
軽い声。
振り向くと、コモエディアがいつの間にか戻ってきていた。
「……おはよ」
短く返す。
――やっぱり。
風に乗って、微かに血の匂いがした。
何も言わない。
――言っても、意味がない。
「よし。準備できたし、行くわよ」
あたしはそれだけ言って、歩き出した。
誰も、それ以上は触れなかった。
*
街道を進み、しばらく経つと。
視界の先に、異様な影が現れる。
「……来たわ」
巨大な鹿の魔物。
黒く歪んだ角を揺らしながら、こちらへ突進してくる。
「打ち合わせ通りいくわよ!」
「はーい♪」
ナキリが一歩前に出る。
「【ぴえん・デビル召喚】」
ぱっと空間が歪み、ピンク色の小悪魔達が溢れ出した。
ふわふわと飛び回りながら、鹿の体にまとわりつく。
「ブルルッ……!?」
動きが、目に見えて鈍る。
「今!」
あたしは地面を蹴った。
「トウマ!」
「あいよ――【高揚のグルーヴ】!」
ギターが鳴る。
空気が震え、音が体に染み込む。
――力が湧く。
血が熱くなる。
魔力が、一気に増幅するのが分かった。
「ふふっ……逃がさないわよ?」
ナキリが指を弾く。
「【ラブ♡バインド】」
黒いリボンが地面から這い出し、鹿の脚に絡みつく。
バランスを崩し――転倒。
「決める!」
踏み込む。
掌を構える。
「【浸透発勁】――!」
触れた瞬間、
増幅された魔力を、内部へ。
――叩き込む!
ドンッ――!!
反動で、骨が軋む。
内側に叩き込んだ衝撃が――
遅れて、爆ぜた。
一瞬の静止。
そして――
鹿の身体が、内側から崩れた。
核が砕け、光の粒となって消えていく。
「……よし」
息を吐く。
「お見事」
後ろから、ぱちぱちと拍手。
「連携も悪くない。いい成長だね」
コモエディアが満足そうに笑っていた。
「でしょ?」
あたしは肩で息をしながら笑う。
「仲間がいると、楽ね」
――そして。
「着いた……!」
昼過ぎ。
ついに、港町マリッツァへと辿り着いた。
「すご……」
ナキリが目を輝かせる。
街の中を水路が走り、小舟が行き交っている。
潮を含んだ風が頬を撫で、遠くには船が並ぶ港が見えた。
「で、ここで何すんだ?」
トウマが気だるそうに言う。
「船よ。大陸に渡る」
あたしはコモエディアへと振り返る。
――しかし、いない。
(いるよ。キミの隣)
声が聞こえた。
姿は見えなくとも、そこにいる。
(いきなり魔王軍幹部が町中に現れちゃ大混乱だ)
「そ……そうよね。で、どれくらいかかるの?」
(魔王領までなら半月くらいかな。ここ【ヴェルデシア】から【ゼノ・グラド】まではね)
「長いわね……」
(ただ【ヴェストニア】なら一週間。交易都市【カーヒル】や……“あの男”がいる【シンベリー】もある)
――カイルさん。
「……決めた」
あたしは振り返る。
「シンベリーに行く」
「理由は?」
「恩人に会うため。ちゃんとお礼、言いたいの」
「いいんじゃね?」
トウマはあっさり頷いた。
「こいつを弾ける場所があるならどこでもいい」
「私もトウマと一緒ならどこでもいい!」
ナキリも即答。
……ブレないなこの子。
「ありがと。じゃ、まず宿ね」
中心街へ向かい、宿を探す。
途中、屋台で軽く食べ歩き。
「船乗りの町なんですね」
店主に町について聞く。
「ここのところ油を売ってばかりだけどね」
店主が答えた。
確かに、働きもせず無気力に過ごしている水夫もちらほらみられる。
「――着いた。ここね」
仕入れた情報を元に、大通りの一角へと訪れた。
たどり着いたのは、大きな建物。
「『ホテル・エレガンテ』」
中に入ると、落ち着いた空気が広がっていた。
フロントに向かう。
「冒険者の方ですね?」
「三人部屋をお願いします」
贅沢は言ってられない。
人数が増えた分、出費も抑えないと。
「かしこまりました。ご案内します」
支払いを済ませ、部屋の前へ案内される。
「それでは、ごゆっくり」
部屋に入る。
簡素な大部屋。
「……何もねえな」
「文句言うな。あたしが払ってる」
「むっ……違ぇよ」
トウマがちらっとナキリを見る。
「明らかに“ねえ”だろ」
――ブチッ。
「はぁ!?」
即反応。
「キモ! 死ね!」
ああもう最悪!!
「ミストちゃん……」
ナキリが止めようとするが――
「……なんで、そんな余裕なのよ」
半泣きで荷物を掴む。
「ちょっと外出る!」
そのまま部屋を飛び出した。
*
(機嫌直しなよ)
背後からコモエディアの声。
「いいってば」
(面白い話でも――)
「いらない」
無視して歩く。
その時。
遠くで、ざわめきが広がる。
――ドォンッ!!
爆発音。
黒煙が上がる。
(お祭りごとかな?)
コモエディアは呑気に答えた。
……違う。
決して、祭りじゃない。
「――事件ね」
人々が逃げ惑う。
その中を――
統率の取れた動きで、集団が走り抜けた。
「……あいつら」
あたしは目を細める。
「コモエディア、追って」
「へえ?」
コモエディアが姿を現し、口角を吊り上げる。
――わざとらしく。
「どうしよっかなぁ~」
「面白いことになるかもよ」
殺し文句で誘導する。
「期待していい? 無駄足なら代償を払うことになる」
「あの男達――全員あたしに跪かせる」
言い切る。
「つまらないやり方なら、同じ目にあわすよ?」
コモエディアは肩をすくめて再び消えた。
――よし。
あたしは煙の上がる方へ走り出す。
*
港湾労働者組合。
現場は混乱していた。
魔術で放水し、火を消している。
「あの、すみません!」
近くの男に声をかける。
「冒険者です。さっき逃げた集団を見ました」
「……やはりか」
男は顔をしかめた。
「過激なストライキ派だ」
「ストライキ……?」
事情を聞く。
「風が吹かねえんだよ……」
男は吐き捨てる。
「航路はめちゃくちゃだ。このままじゃ、皆飢える」
ため息も漏れる。
不満は溜まる一方だった。
そこに現れた扇動者――
「ベケット……知ってるか?」
首を横に振る。
「元冒険者だ。強かった。……だから皆ついていった」
そのカリスマに引き寄せられ、過激派は勢力を増していった。
「今回の爆発も、おそらく奴の仕業だろう」
「なるほどね」
船出前にトラブル発生。
人の弱みに付け込む悪漢。
心底嫌になる。
――でも、利用しない手はない。
不謹慎? 綺麗ごとだけじゃ駄目だとあいつに教わった。
でもあたし単独でやれる? いや――
「……今人手が足りないんですよね?」
「――ああ」
「――そいつ倒したら、船出してくれる?」
男は少し驚き――
「……本気か?」
「本気よ」
「……分かった」
やがて頷いた。
「約束しよう」
「交渉成立ね」
にやっと笑う。
「ちょうど仲間が追ってるの。すぐ終わらせるわ」
――タダで船。
悪くない。
あたしは踵を返す。
ついでに――
悪だくみは、砕く。
この拳で。




