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第10話:港町マリッツァ

 翌朝――


 目を覚ましたあたし達は、簡単に朝食を済ませると、焚き火の片づけに取りかかった。


 まだ空気はひんやりしていて、眠気が少しだけ残っている。


「やっほー、今日こそマリッツァに着けるといいね」


 軽い声。


 振り向くと、コモエディアがいつの間にか戻ってきていた。


「……おはよ」


 短く返す。


 ――やっぱり。


 風に乗って、微かに血の匂いがした。


 何も言わない。


 ――言っても、意味がない。


「よし。準備できたし、行くわよ」


 あたしはそれだけ言って、歩き出した。


 誰も、それ以上は触れなかった。



 街道を進み、しばらく経つと。


 視界の先に、異様な影が現れる。


「……来たわ」


 巨大な鹿の魔物。


 黒く歪んだ角を揺らしながら、こちらへ突進してくる。


「打ち合わせ通りいくわよ!」


「はーい♪」


 ナキリが一歩前に出る。


「【ぴえん・デビル召喚】」


 ぱっと空間が歪み、ピンク色の小悪魔達が溢れ出した。


 ふわふわと飛び回りながら、鹿の体にまとわりつく。


「ブルルッ……!?」


 動きが、目に見えて鈍る。


「今!」


 あたしは地面を蹴った。


「トウマ!」


「あいよ――【高揚のグルーヴ】!」


 ギターが鳴る。


 空気が震え、音が体に染み込む。


 ――力が湧く。


 血が熱くなる。


 魔力が、一気に増幅するのが分かった。


「ふふっ……逃がさないわよ?」


 ナキリが指を弾く。


「【ラブ♡バインド】」


 黒いリボンが地面から這い出し、鹿の脚に絡みつく。


 バランスを崩し――転倒。


「決める!」


 踏み込む。


 掌を構える。


「【浸透発勁しんとうはっけい】――!」


 触れた瞬間、


 増幅された魔力を、内部へ。


 ――叩き込む!


 ドンッ――!!


 反動で、骨が軋む。


 内側に叩き込んだ衝撃が――


 遅れて、爆ぜた。


 一瞬の静止。


 そして――


 鹿の身体が、内側から崩れた。


 核が砕け、光の粒となって消えていく。


「……よし」


 息を吐く。


「お見事」


 後ろから、ぱちぱちと拍手。


「連携も悪くない。いい成長だね」


 コモエディアが満足そうに笑っていた。


「でしょ?」


 あたしは肩で息をしながら笑う。


「仲間がいると、楽ね」


 ――そして。


「着いた……!」


 昼過ぎ。


 ついに、港町マリッツァへと辿り着いた。


「すご……」


 ナキリが目を輝かせる。


 街の中を水路が走り、小舟が行き交っている。


 潮を含んだ風が頬を撫で、遠くには船が並ぶ港が見えた。


「で、ここで何すんだ?」


 トウマが気だるそうに言う。


「船よ。大陸に渡る」


 あたしはコモエディアへと振り返る。


 ――しかし、いない。


(いるよ。キミの隣)


 声が聞こえた。


 姿は見えなくとも、そこにいる。


(いきなり魔王軍幹部が町中に現れちゃ大混乱だ)


「そ……そうよね。で、どれくらいかかるの?」


(魔王領までなら半月くらいかな。ここ【ヴェルデシア】から【ゼノ・グラド】まではね)


「長いわね……」


(ただ【ヴェストニア】なら一週間。交易都市【カーヒル】や……“あの男”がいる【シンベリー】もある)


 ――カイルさん。


「……決めた」


 あたしは振り返る。


「シンベリーに行く」


「理由は?」


「恩人に会うため。ちゃんとお礼、言いたいの」


「いいんじゃね?」


 トウマはあっさり頷いた。


「こいつを弾ける場所があるならどこでもいい」


「私もトウマと一緒ならどこでもいい!」


 ナキリも即答。


 ……ブレないなこの子。


「ありがと。じゃ、まず宿ね」


 中心街へ向かい、宿を探す。


 途中、屋台で軽く食べ歩き。


「船乗りの町なんですね」


 店主に町について聞く。


「ここのところ油を売ってばかりだけどね」


 店主が答えた。

 確かに、働きもせず無気力に過ごしている水夫もちらほらみられる。


「――着いた。ここね」


 仕入れた情報を元に、大通りの一角へと訪れた。


 たどり着いたのは、大きな建物。


「『ホテル・エレガンテ』」


 中に入ると、落ち着いた空気が広がっていた。


 フロントに向かう。


「冒険者の方ですね?」


「三人部屋をお願いします」


 贅沢は言ってられない。


 人数が増えた分、出費も抑えないと。


「かしこまりました。ご案内します」


 支払いを済ませ、部屋の前へ案内される。


「それでは、ごゆっくり」


 部屋に入る。


 簡素な大部屋。


「……何もねえな」


「文句言うな。あたしが払ってる」


「むっ……違ぇよ」


 トウマがちらっとナキリを見る。


「明らかに“ねえ”だろ」


 ――ブチッ。


「はぁ!?」


 即反応。


「キモ! 死ね!」


 ああもう最悪!!


「ミストちゃん……」


 ナキリが止めようとするが――


「……なんで、そんな余裕なのよ」


 半泣きで荷物を掴む。


「ちょっと外出る!」


 そのまま部屋を飛び出した。


 *


(機嫌直しなよ)


 背後からコモエディアの声。


「いいってば」


(面白い話でも――)


「いらない」


 無視して歩く。


 その時。


 遠くで、ざわめきが広がる。


 ――ドォンッ!!


 爆発音。


 黒煙が上がる。


(お祭りごとかな?)


 コモエディアは呑気に答えた。


 ……違う。

 決して、祭りじゃない。


「――事件ね」


 人々が逃げ惑う。


 その中を――


 統率の取れた動きで、集団が走り抜けた。


「……あいつら」


 あたしは目を細める。


「コモエディア、追って」


「へえ?」


 コモエディアが姿を現し、口角を吊り上げる。


 ――わざとらしく。


「どうしよっかなぁ~」


「面白いことになるかもよ」


 殺し文句で誘導する。


「期待していい? 無駄足なら代償を払うことになる」


「あの男達――全員あたしに跪かせる」


 言い切る。


「つまらないやり方なら、同じ目にあわすよ?」


 コモエディアは肩をすくめて再び消えた。


 ――よし。


 あたしは煙の上がる方へ走り出す。



 港湾労働者組合。


 現場は混乱していた。


 魔術で放水し、火を消している。


「あの、すみません!」


 近くの男に声をかける。


「冒険者です。さっき逃げた集団を見ました」


「……やはりか」


 男は顔をしかめた。


「過激なストライキ派だ」


「ストライキ……?」


 事情を聞く。


「風が吹かねえんだよ……」


 男は吐き捨てる。


「航路はめちゃくちゃだ。このままじゃ、皆飢える」


 ため息も漏れる。

 不満は溜まる一方だった。


 そこに現れた扇動者――


「ベケット……知ってるか?」


 首を横に振る。


「元冒険者だ。強かった。……だから皆ついていった」


 そのカリスマに引き寄せられ、過激派は勢力を増していった。


「今回の爆発も、おそらく奴の仕業だろう」


「なるほどね」


 船出前にトラブル発生。


 人の弱みに付け込む悪漢。

 心底嫌になる。


 ――でも、利用しない手はない。


 不謹慎? 綺麗ごとだけじゃ駄目だとあいつに教わった。


 でもあたし単独でやれる? いや――


「……今人手が足りないんですよね?」


「――ああ」


「――そいつ倒したら、船出してくれる?」


 男は少し驚き――


「……本気か?」


「本気よ」


「……分かった」


 やがて頷いた。


「約束しよう」


「交渉成立ね」


 にやっと笑う。


「ちょうど仲間が追ってるの。すぐ終わらせるわ」


 ――タダで船。


 悪くない。


 あたしは踵を返す。


 ついでに――


 悪だくみは、砕く。


 この拳で。


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