第5話:クロンド洞窟
ピチャン――ピチャン。
洞窟の天井から滴る水音が、静寂を際立たせていた。
足裏にまとわりつく冷たい泥。
視界の奥は、深い闇に沈んでいる。
――クロンド洞窟。
セルビー近辺を荒らす魔物の巣だ。
「いよいよ実戦ですね」
隣で、カイルが穏やかに言う。
「私と……それに、その悪魔から学んだこと。きっと役に立つはずです」
「はいっ……!」
胸の前で拳を握る。
緊張はある。でも――それ以上に。
(やれる。今のあたしなら……!)
「ボクは見てるだけだけどね」
後ろから、軽い声。
「この程度の依頼、今のキミなら朝飯前でしょ?」
「……言い方がムカつくのよ」
振り返ると、コモエディアは肩をすくめるだけだった。
「事実を言ってるだけさ」
――ほんと、可愛げがない。
「……来ます!」
カイルの声が鋭くなる。
次の瞬間。
闇の奥から――無数の羽音。
「ドレイクコウモリだ!」
「いきなり!?」
「ほら、試してみなよ」
コモエディアが面白がるように言う。
「言われなくても――!」
踏み込む。
足に魔力を集中。
「【魔風・連脚】ッ!」
蹴りを放つ。
空気が裂ける。
圧縮された風圧が刃となり、群れへと突き刺さった。
――バシュッ!!
コウモリの半数が、一瞬で切り裂かれる。
「いいね。その調子」
「まだ終わってません!」
残りが襲いかかる――その瞬間。
「――【ホーリー・スラッシュ】!」
閃光。
カイルの剣が空を裂き、光の斬撃が走る。
遅れて、コウモリたちが両断され、光に溶けた。
「すご……!」
「問題ありません」
剣を収めながら、カイルが微笑む。
「必ずあなたを守ります」
その言葉に――胸が、わずかに跳ねた。
(……ずるいでしょ、それ)
「はいはい、イチャつくのは後でね」
冷めた声。
「ボス、逃げちゃうよ?」
「……行くわよ!」
気持ちを切り替え、奥へ進む。
やがて辿り着いたのは――広い空洞。
そこに、いた。
二足で立つトカゲ。
青白い屍。
異形の群れ。
そして、その中心。
「あれが……ボス」
巨大な魚人――サハギン。
濁った瞳が、こちらを捉える。
「行きます!」
「ええ!」
同時に踏み込む。
「【魔拳・正拳突き】!」
「【騎士流正拳突き】!」
――ドンッ!!
衝撃が炸裂し、最前列の魔物がまとめて吹き飛ぶ。
続けざまに。
「【魔風・連脚】!」
風刃が群れを裂き、
「【クロス・セイバー】!」
十字の斬撃が残りを一掃する。
――数分後。
地面には、無数の残骸。
残るは――一体。
「キシャアアアッ!」
サハギンが咆哮し、突撃してくる。
「ミストさん!」
「任せて!」
踏み込む。
「【硬化の身】!」
全身に魔力を巡らせる。
――ガキィン!!
腕で槍を弾く。
連続の突き。
すべてをいなす――はずだった。
(まずい――!)
槍が、軌道を変えた。
斬撃ではない――柄打ちだ。
「ミストさんっ……!?」
胸に直撃。
吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
肋骨の奥で、鈍い音がした。
息が、うまく吸えない。
そして槍を構え直し、接近――
近接戦。
「させ――ないっ!」
頭を傾ける。
突き出した槍先をかわした。
「はっ!」
【手刀】を叩き込む。
「ギッ!?」
怯む。
さらに――【回し蹴り】。
逆にサハギンの体が壁へ叩きつけられる。
「やるじゃん」
後ろからコモエディア。
「近接は空手、中距離は魔力格闘、範囲は魔術――使い分けてるね」
「当然でしょ!」
胸を張る。
「これがあたしの戦い方よ!」
――だが。
「……来る!」
カイルの声。
次の瞬間。
轟音。
――水が、来た。
「【バリア】!」
展開された防壁に、津波が激突する。
「サハギンの……水魔術か!」
何度も、押し寄せる濁流。
「くっ……持たない……!」
――砕けた。
「きゃっ――!?」
濁流に飲まれる。
視界が回る。上下の感覚が消える。息が奪われる。
(脱出――しないと!)
腕に魔力を纏わせる。
拳を振るう――。
水の壁を穿ち抜いた。
(抜けろ――!)
こじ開けた、わずかな突破口。
水の檻を破った。
「げほっ……げほっ……っ!」
水が引き、地面に叩きつけられた。
「……無事ですか!?」
カイルも脱出に成功したようだ。
「っ――なんとか……!」
立ち上がる。
息を整える。
視線の先。
サハギンは距離を取り、構えている。
「近づかせる気はないってわけね……」
「この距離では攻撃が届きません」
――なら。
「……あたしが行く」
足に魔力を込める。
「【瞬身】!」
爆発的な加速。
一瞬で距離を詰める。
「ギシャッ!」
再び津波。
――でも。
「読めてる!」
身体をひねる。
「【魔風・渦巻き】!」
回転蹴り。
風が渦を巻き、水を切り裂く。
生まれた空洞を――突き抜ける!
「捉えた――!」
だが。
槍が飛ぶ。
「やばっ――」
「――【ガーディアン・リープ】!」
割り込む影。
カイルさんだ。
――ドスッ。
「カイルさん!?」
腕に、槍が突き刺さる。
「……行け!」
その一言。
迷いは消えた。
肩を踏み台に――跳ぶ。
「ギッ……!?」
懐に入る。
掌を突き出す。
「終わりよ――!」
魔力を一点に圧縮。
「【浸透発勁】ッ!!」
――ドンッ。
衝撃は、外ではなく。
内側へ。
サハギンの体が、内側から弾けた。
――遅れて。
巨体が、崩れ落ちる。




