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第3話:ボス戦

 グラッパの森を抜けるため、あたし達は歩き続けた。


 木々は相変わらず鬱蒼と生い茂り、空はほとんど見えない。

 けれど――。


「もうすぐ森を抜けるよ――」


 コモエディアが、軽い調子で言った。


 そのはずなのに。


 胸の奥に、嫌なざわめきが残った。


 風が止んでいる。


 鳥の声もない。


 静かすぎる。


「……ねえ」


 思わず声をかけた、その時だった。


 コモエディアが、不意に足を止める。


「――こいつは、丁度いい」


 森の奥を見つめ、口元を歪めた。


「どうしたの?」


 あたしの目には、何も見えない。


 けれど。


 空気が、重い。


「キミに試練を与える」


 振り返ったその目が――笑っていなかった。


「『ボス戦』だ」


「は……?」


 言葉を理解するより早く。


「――【チリアット】」


 黒い針が空間に現れ、森の奥へと撃ち込まれる。


 ――挑発。


 そう気づいた瞬間には、もう遅かった。


 ざわり、と。


 頭上の枝が揺れる。


「っ……!?」


 何かがいる。


 上だ。


 見上げた瞬間――


 糸が、垂れた。


 それは、風もないのに揺れている。


 いや――違う。


 “降りてきている”。


「――よっと。頑張って倒してね♪」


 気配が消えたと思ったら、コモエディアはすでに後方へ退いていた。


「はぁ!? ちょっと――!」


 抗議する暇はない。


 次の瞬間。


 それは、落ちてきた。


 ――ドンッ!!


 地面が揺れる。


 目の前に現れたのは――


「……っ」


 巨大な、蜘蛛。


 人の背丈を遥かに超える体躯。


 黒光りする外殻。


 無数の脚が、地面を軋ませる。


「脅威度10段階中9位――『大蜘蛛アリアドネ』」


 いつの間にか木の上にいるコモエディアが、楽しげに告げる。


「さあ、どうする?」


「……やるしか、ない……!」


 助けは来ない。


 最初から分かっている。


 あたしは息を整える。


 足を踏みしめる。


 ――【三戦サンチンの構え】。


 その瞬間。


「シューッ!!」


 来る――!


 反射的に構えを解き、跳ぶ。


 遅い。


 ――避けきれない。


「くっ――!」


 毒液が、右腕にかかった。


「っあああっ!?」


 焼ける。


 皮膚が、溶けるような感覚。


 神経を直接引き裂かれるような激痛が走る。


 指先の感覚が、消えた。


 ――動かない。


 まずい――


 腕が、使えない。


 ――でも。


 止まったら、死ぬ。


 地面を蹴る。


 次の瞬間には、アリアドネが突進していた。


 重い。


 速い。


 圧が違う。


「はぁっ……!」


 左腕で迎撃。


 全力で振り抜く。


 衝撃が骨まで響く。


 それでも――弾き飛ばした。


 だが。


「ギィィ……」


 すぐに体勢を立て直す。


 硬い。


 タフすぎる。


 口から滴る毒液が、地面を溶かしている。


 あれをもう一度受けたら――終わる。


「考えろ……」


 息が荒い。


 視界が揺れる。


 それでも、思考を止めない。


 体格差。


 リーチ差。


 ――正面からは無理。


 なら、懐に入るしかない。


 来る。


 突進。


 あたしは姿勢を落とす。


 脚を受け流し――


 潜る。


 背後へ。


 そして――しがみついた。


「ギッ!?」


「はっ……!」


 反動を使う。


 跳ぶ。


 回る。


 落下の勢いを乗せて――


 かかと落とし。


 その瞬間。


「シュッ!」


 糸が来た。


「くっ……!」


 避けきれない。


 左腕に絡む。


 引かれる。


 骨が軋む。


 折れる――!


「っ……!」


 なら。


 逆に使う。


 引かれる力を、回転に変える。


 加速。


 限界まで。


 足に魔力を集中する。


 ――ここで決める。


「回し――蹴りッ!!」


 引力と回転。


 全てを乗せた一撃。


 直撃。


 鈍い感触。


 アリアドネの顔面が、抉れた。


 巨体が崩れ落ちる。


 ――終わった。


「……っ……」


 その場に、崩れる。


 呼吸が乱れる。


 全身が震える。


「生きて……る……」


 遅れて、実感が押し寄せる。


 怖かった。


 怖くて、たまらなかった。


 死ぬかと思った。


 手が震える。


 吐き気がこみ上げる。


 でも。


 ――勝った。


 ……本当に?


 アリアドネの身体が、光となって消えていく。


 残ったのは、赤黒い核。


「いいねぇ……最高だよ」


「ちゃんと“殺せてる”」


 コモエディアの声。


 いつの間にか、すぐ近くに立っていた。


「……はぁ……っ」


 返事もできない。


 右腕が、焼けるように痛む。


 左腕も、まともに動かない。


「ほら、日が暮れるよ?」


「……見てるなら、手貸しなさいよ……」


 絞り出すように言う。


 だが。


「へぇ。悪魔と契約するんだ?」


「……しない!」


 即答だった。


 こんなやつに頼るもんか。


 あたしは、ふらつきながら立ち上がる。


 核を拾う。


「……森、抜ける……」


 足を引きずりながら、歩き出した。


 ――帰るために。


 *


 森を抜けた頃には、完全に夜になっていた。


 街道に、ぽつぽつと灯る明かり。


「ほら、あとちょっと!」


「……うるさい……」


 もう限界だった。


 それでも、歩く。


 ようやく見えた――村。


「着い……た……」


 宿屋らしき建物の扉に手をかける。


 ――その瞬間。


 力が抜けた。


 視界が暗くなる。


 床に倒れ込む。


 遠くで、誰かの声がした。


 そこで、意識は途切れた。


 *


 暖かい光。


 薬草の匂い。


「……ん……」


 ゆっくりと目を開ける。


 見知らぬ部屋。


 右腕には包帯。


 痛みは、少し引いている。


「あら、目が覚めたのね」


 振り向くと、金髪の女性が立っていた。


 湯気の立つカップを手にしている。


「エヴェリンよ。あなた……森の大蜘蛛と遭遇したのね?」


 呆れと驚きが混じった声。


 あたしはゆっくりと上体を起こす。


「危なかったわ。これに懲りたら、もう近づいちゃだめよ?」


 彼女の忠告に頷く。


「……大丈夫です。倒しましたから」


 ポケットを探る。


 あった。


 核を取り出す。


「――っ!?」


 彼女の表情が変わる。


「まさか……それ……!」


 慌てて部屋を飛び出す。


 すぐに戻ってきた。


 息を切らしながら。


「間違いない……“あの蜘蛛”よ……!」


 信じられない、という顔。


「その魔物、討伐依頼が出てるの。手慣れの冒険者でも苦戦する相手よ?」


「……そうなんですか」


 実感がない。


「偶然遭遇して……倒したの……?」


 信じられない、と呟く。


 やがて彼女は入口へ向かって声をかけた。


「カイル、来て!」


 入ってきたのは、鎧を着た黒髪の青年だった。


「彼はカイル。【帝都シンベリー】から討伐に来ていたの」


「初めまして。本当に……あなたが?」


 真剣な眼差し。


 あたしは頷き、核を見せる。


「魔法は……使ってません」


「では、武術だけで……!?」


 目を見開く。


「……詳しく、聞かせてください」


 強い意志を感じる声。


「あなたの力が本物なら――ぜひ協力してほしい」


 あたしは一瞬だけ迷い――


 頷いた。


 そして。


 昨日の戦いを、語り始めた。


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