第24話:開幕
再び――地下空間。
湿った空気と、薬品の匂い。
「おお……これは……!」
バッシュが、思わず声を漏らした。
視線の先。
そこには――巨大な試験管が並んでいた。
内部を満たすのは、青白い培養液。
そして。
チューブに繋がれ、浮かぶ“二体の魔物”。
「グ……オ……」
静寂の中、その肉体だけが痙攣するように脈打っていた。
「この二体を基に――わしの研究は、ついに最終段階じゃ」
ドクトル・ヴィーアは、恍惚とした表情で見上げる。
「あんたにとっちゃ、最高の案件だな」
バッシュが肩をすくめる。
「……で?」
セーラが一歩前に出た。
「いつ試すの?」
短く、鋭く。
ドクトルはにやりと笑った。
「明日じゃ。“カーヒル・ムジカ・フェス”――あれが舞台として相応しかろう」
「フェス、ね……」
セーラが小さく呟く。
「わしの“演奏”は――観客すら巻き込む“叫喚”になる」
くつくつと笑いが漏れる。
やがて――
耐えきれず、ドクトルは高らかに笑い出した。
「クハハハハッ!」
「……ご機嫌だな」
バッシュが呆れたように言った、その時。
「――楽しそうだね」
静かな声。
三人は同時に振り返る。
「会長!」
扉の前に立っていたのは――
サラマンダー商会の会長だった。
全員が姿勢を正す。
「見事だ。期待以上の成果だよ」
「はっ! 恐悦至極に存じます」
三人は揃って頭を下げる。
「報酬も上乗せしておこう」
「ありがとうございます」
会長は眼鏡を押し上げた。
レンズが白く光り、表情は読み取れない。
「この二体を基にした“魔の軍団”――」
ゆっくりと口元が歪む。
「それは我が商会の“警備”であり、“商品”だ」
――異常な発想。
だが。
「需要も供給も、我が商会だけで回せる」
会長は恍惚と笑う。
「金は流れ続ける。止まることなく、な」
くつくつ、と喉の奥で笑う。
魔物を売る。
誰にも真似できない独占市場。
「このミュータ・クリスタルを提供してくれた“魔王軍幹部”には、感謝しかない」
三人の背後。
巨大な装置に嵌め込まれた、ひときわ大きな結晶。
――ミュータ・クリスタル。
そこから抽出された魔力が、無数のチューブを通り――
別室へと流れていく。
「明日をもって――我が商会は新たな段階へ進む!」
会長は高笑いとともに去っていった。
三人は、その背中を見送り――
ゆっくりと笑みを浮かべる。
「テ……オ……」
試験管の中――
その“魔物”が、かすれた声で名を呼んだ。
*
――ムジカ・フェス当日。
「おはよう! 姐さん!」
「おはようございます」
部屋を出ると、すでにテオとケビンが待っていた。
「おはよっ。行きましょうか」
今日は――トウマの晴れ舞台だ。
カーヒル・ムジカ・フェス。
この日のために、更にギターの腕を磨いただろう。
「ミストちゃん!」
外に出ると、ナキリが駆け寄ってくる。
「ナキリもおはよう。トウマは?」
「もう会場よ。私にできることは全部やったわ!」
そう言って取り出したのは――手作りのうちわ。
「今日は推しの輝く日! 全力で応援するわよっ!」
「う、うん……」
圧に押されながら頷く。
――その横で。
「…………」
ケビンだけが、浮かない顔をしていた。
「……どうしたの?」
「いえ……なんでも」
無理に笑う。
違和感が、胸に引っかかった。
*
中央広場。
特設ステージを埋め尽くす人、人、人――
「お待たせしました!」
司会の声が響く。
「年に一度の祭典――カーヒル・ムジカ・フェス、開幕です!」
歓声が爆発した。
「あっ! トウマ!」
ナキリが叫ぶ。
ステージ上――
オープニング出演者の中に、トウマの姿。
「頑張れー!」
思わず声を上げる。
演奏が進み――
ついに。
「次の出場者! バンド名は――“シアン・バムス”!」
「キャーッ! トウマぁー!!」
ナキリの声援が飛ぶ。
両手のうちわも高く掲げた。
トウマが前に出る。
堂々とした立ち姿。
「えー、今回初参加です。シアン・バムスのトウマ――」
観客を見渡し、笑う。
活き活きとしている。旅の時とは大違いだ。
「魂に刻み込んでやる。聴け――」
一瞬の静寂。
その瞬間。
――ドォン!!
爆音。
地面が揺れた。
「きゃああああっ!?」
悲鳴が広がる。
「……魔物!?」
現れたのは――
無数の腕を持つ、異形の人型。
「逃げろ!!」
一気にパニックへと変わる会場。
「テオ! ケビン! ナキリ!」
「ここです!」
全員が合流する。
人混みを掻き分け、トウマとも合流する。
「何が起きてんだよ!?」
「……ダイアモンズです」
ケビンが絞り出す。
「どう言う事……!?」
「……脅されていました。でも掴んだんです」
路地裏での出来事を思い出し、震える。
喉元に突きつけられた刃の感触が、まだ消えていない。
だけど伝えた。この事件の核心――
「魔物の正体は――失踪者です」
「……なにそれ」
人間が魔物に――
市場での戦いを思い出し、怒りが込み上げてきた。
「現場と魔物――双方の血の型が一致しました」
つまり――
「この街のどこかで……人が魔物に変えられています」
拳を握る。
「でもまずは……あれを止める」
視線の先。
魔物の無数の腕に捕らえられた人々。
「死にたくない!!」
全員が恐怖に包まれていた。
「ちっ……【絶叫のパワーコード】!」
トウマが奏でる。
発生した衝撃波――
魔物はよろめき、人々は解放された。
「ここは任せろ!」
「次は私よ!」
ナキリも続く。
「【ラブ♡バインド】!」
ナキリのリボンが絡みつく。
しかし、魔物の無数の手足全ては封じられない。
「グオオッ!」
力づくで振りほどかれた。
「【縫合・外科縫い《ノット》】!」
放たれた針と糸が、リボンを編み込むように縫い上げていく。
改めて拘束――何とか縛り上げられた。
「モニカさん!」
彼女は更にリボンを操り、魔物を押し倒した。
「こっちは任せな!」
「お願いします!」
3人の思いにも答えたい。
拳をギュッと握りしめた。
「行くよ!」
「サラマンダー商会です!」
ケビンが先導する。
「なるほど……黒幕ってわけね」
「……はい」
ケビンは言葉を続ける。
「彼らはダイアモンズという用心棒を雇っています」
「関係ない。絶対助ける!」
テオが短剣を叩く。
瞳に宿る覚悟。
「父ちゃんも、母ちゃんも……!」
全員で走り出す。
目指すは――
サラマンダー商会。
すべての元凶へ――!
迷いは、もうなかった。




