第22話:調査(ケビン視点)
愛車のスクーターにまたがる。
――こいつは、12歳の誕生日にママが買ってくれたものだ。
あれからもう、二年が経つ。
「行ってきます」
振り返ってそう告げると、モニカ院長は優しく手を振ってくれた。
エンジンを鳴らし、僕は街へと飛び出す。
――昨日の現場。
焼け焦げた建物。崩れた屋根。
けれど、その中でも人々は前を向いていた。
瓦礫を運び、声を掛け合い、復興へと歩みを進めている。
その横を、僕は通り過ぎた。
(ドライブじゃない)
目的はただ一つ――情報収集。
ハンドルを切り、ある場所へ向かう。
古来より、人が集まる場所に情報は集まる。
つまり――
チリン、と鈴の音が鳴った。
酒場の扉を押し開ける。
「らっしゃい。坊や」
「――ミルク、お願いします」
カウンターに腰を下ろすと、店主は背を向けてポットを手に取った。
昔助けた店主だ。
――信用できる。
僕は小さく息を吐き、切り出す。
「……昨日の事件は?」
「聞いてるぜ。坊やも一枚噛んだんだってな」
ミルクがコップに注がれる。
「その“魔法の虫眼鏡”で、とっくに犯人は見えてんじゃねえのか?」
「ええ……まだ推測ですが」
「言ってみろ」
一呼吸おいて呟いた。
「――ダイアモンズ」
店主の手が、わずかに止まった。
「……あいつらか。サラマンダー商会の用心棒って話だな」
コトン、と目の前にミルクが置かれる。
「シナモンは?」
「お願いします」
ふわりと甘い香りが立ち上る。
「やめとけ。商会を敵に回せば、この街にはいられなくなるぞ」
「――もう“探偵ごっこ”じゃありません」
僕はコップを握りしめた。
「立派な、副業です」
この力は――誰かを助けるためにある。
院長の助手と、探偵。
二足の草鞋でも、どちらも手放すつもりはない。
「戦力は?」
問われて、僕はミルクを一気に飲み干した。
「孤児の少年。盗みは一流、格闘技は修行中」
「……他には?」
一瞬だけ迷う。
けれど、迷いはすぐに消えた。
「冒険者のお姉さん。魔力はありません」
「無謀だな。死ぬぞ?」
「――でも、“別の力”があります」
僕は店主を見据える。
「錬金空手。……当然、情報は掴んでますよね?」
店主は鼻で笑った。
「可能性に賭けるってか。惚れたか?」
「ご冗談を」
席を立つ。
「もう一度、証拠を集めます」
カウンターへ硬貨を置く。
「……会計」
「いらねえよ。奢りだ」
店主はコップに魔法をかけながら、ぽつりと言った。
「セーラが、ここ最近姿を見せてねえ」
僕の足が止まる。
ダイアモンズのセーラ。
暗殺術を得意とするエージェント――。
「……いつからです?」
「連続失踪者が出始めてからだ。間違いねえ」
「――ありがとうございます」
店を出る。
日が傾き始めていた。
「……動くなら、夜か」
スクーターにまたがり、次の目的地へ。
*
薄暗い路地裏。
鉄のような臭いが、まだ残っている。
「……まだ消えてない」
壁にこびりついた血。
僕は小瓶を取り出した。
「少し、もらいますよ」
昨日の魔物の血が入った瓶に、一滴。
そして――
「【検証】」
淡い光が瓶の中を満たす。
――反応あり。
混ざり合った血は、拒絶せず一致した。
「【検視】」
さらに魔法で分析する。
「……ビンゴだ」
血液から犠牲者の情報が浮かび上がって来た。
――間違いない。同一人物だ。
連続失踪事件と魔物出現は、繋がっている。
その瞬間だった。
「なっ――!?」
首元に、冷たい刃。
――いつの間に。
呼吸が止まる。
心臓の音だけが、やけに大きい。
「声を出すな。命が惜しければ」
女の声。
――やはり。
「お前は、監視されている」
小瓶が奪われ、地面に叩きつけられる。
ガラスが砕け散った。
「……いいな?」
僕は、黙って頷く。
気配が消えた。
まるで、最初からいなかったかのように――
「はぁ……っ、はぁっ……」
膝から崩れ落ちる。
全身から汗が噴き出していた。
(……黙るしかない)
真実に近づきすぎた。
*
「よお、セーラ」
別の路地裏。
表通りには、豪奢な商館。
――サラマンダー商会。
この街で知らぬ者はいない。
「……バッシュ」
黒装束の女――セーラが振り向く。
鎧の男が、壁にもたれていた。
「落ち着きねえな」
「……ガキに気づかれた」
セーラの声には、わずかな苛立ちが混じっていた。
「始末は?」
「確証までは至っていない。口止めだけだ」
「ぬるいな」
バッシュは嗤う。
「俺なら殺してる」
「事を荒立てるなと言われただろう」
セーラは冷たく返す。
「“例の物”には気づかれていない」
「ケッ……好きにしろ」
背を向けるバッシュを、セーラが呼び止めた。
「待て。いい知らせだ」
「……なんだ」
「“適合者”が現れた。夫婦だ」
バッシュの目が見開かれる。
「自我を保っている。使える」
「ハッ……ようやくか!」
気配は、闇に溶けた。
*
自室。
僕は机に広げた資料に目を落とす。
「――あった」
兵士から写させてもらった捜査資料。
「魔力の源……“ミュータ・クリスタル”」
物質を、別の物質へ変異させる――魔石。
――魔王領ゼノ・グラドに存在するとされる。
「ミストさんの錬金釜……あれにも……」
嫌な予感が、胸をよぎる。
「人に使えば……どうなる?」
記述はない。
いや、“書けない”のだろう。
けれど――
「現場の血と、魔物の血」
僕は目を閉じる。
「あの魔力反応……似ていた」
ミストさんの錬金空手に。
だが。
「……まだ足りない」
証拠にはならない。
推測の域を出ない。
それに――
あの時のセーラ。
下手に動けば、次は確実に殺される。
実際にミュータ・クリスタルを手に入れれば、あるいは――。
「……まだ黙っているしかないか」
けれど、それは現実的じゃない。
高位の魔物――。
そう簡単に出会えるはずがない。
「……今日はここまでか」
ベッドに倒れ込む。
思考を手放し、意識が沈んでいく。
――だが。
この時の僕は、まだ知らない。
すぐ近くに“それ”があったことを。
ミュータ・クリスタルの秘密を知る存在。
そして――
それに繋がる“人物”がいることを。




