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第15話:享楽の悪魔 アテルラナ

 あたしは、動けなかった。

 目の前の存在に、身体が拒絶している。


 ——本能が告げていた。

 出会ってはいけない、と。


 イブリス――魔王軍幹部。

 理解より先に、恐怖だけが身体に来た。


「……人間を連れているとはな」


 イブリスが、こちらを見る。


 対等じゃない。

 ——あたしを“下”として見ている。


 (……無理だ)


 ――背を向けた瞬間、殺される。


「――や、やだなあ。そんなの決まっているじゃないか!」


 コモエディアが、笑った。


 わざとらしいほど、明るく。


「ボクの楽しみのためさ」


 軽い口調。


 けれど――


 背中越しに見える首筋には、汗が浮かんでいた。


「ボクの“餌”だよ。ちゃんと育ててから食べる主義なんだ」


 噛まずに、途切れずに、言葉が流れ続ける。


 コモエディアの言葉が、止まらない。


 ――止まったら、終わる。


 沈黙が落ちた。

 音は消え、代わりに心臓の鼓動だけがやけにうるさい。


「――なるほどな」


 イブリスが、笑った。


 張り詰めていた圧が、わずかに引いた。


(助かった……?)

 ——いや、まだだ。


「実はオレもな――育ててるんだよ」


 隣の悪魔を、顎で示す。


「“享楽の悪魔アテルラナ”をな」


 視線が合った。


 ――その瞬間。


 暗い闇の中に落とされた気がした。


 生き物としての格が、違う。


「お前も“悪魔らしい”ことを考えるじゃねえか」


 イブリスは笑う。


「そ……そういう訳でさ! ボクはこれからこいつらを強くして――」


「――待て」


 遮られた。


 イブリスが、口角を吊り上げる。


「面白えこと考えた」


 胸の奥が、ざわついた。

 ——碌でもないことになる。


「オレの“悪魔”と、お前の“人間”」


 ゆっくりとこちらを見た。


「――ここで戦わせようぜ」


 何も考えられない。


(は……?)


 理解が追いつかない。


「……それは」


 コモエディアの声が、わずかに揺れる。


「イイじゃねえか。どうせ死ぬなら、楽しませろよ」


 笑っている。


 心底、楽しそうに。


「それとも――お前の“餌”、その程度で死ぬのか?」


 逃げ場がない。


 コモエディアが、黙る。


 ほんの一瞬。


 それから。


「……じゃあ、試合形式でどうかな?」


 笑った。


 無理やり、取り繕うように。


「ボクの餌三匹とアテルラナでさ。お互い手出しなしの殺し合いを観戦しようよ」


 反論できない。

 だからこそ、気味が悪かった。

 選べる余地なんて、残っていない。


「いいぜ」


 即答だった。


「せいぜい見せてみろ。どこまで持つかをな」


 足が、動かない。

 逃げ道なんて、最初からなかった。


「じゃあ……五分だけ話し合いの時間をあげてほしい」


 コモエディアが言う。


「人生で一番無駄な五分間をさ」


「構わねえ」


 イブリスが頷いた瞬間――


 身体を押し潰していた圧が、消えた。


「はっ……!」


 空気が、戻る。


 膝が、震える。


 息が、荒い。


 肺が焼けるように痛い。


「ミスト……!」


 ナキリの声。


 震えている。


「どうするの……!?」


「戦うしかねえだろ!」


 トウマが叫ぶ。


 声は強い。


 でも、手は震えていた。


「やらなきゃ……死ぬ」


 あたしは言った。


 言い聞かせるように。


「勝つしかない――それしか、生き残る道がない」


 時間がない。


「ナキリ、拘束できる?」


「……やるしかないわね」


「トウマは支援。頼むわよ」


「任せろ」


 呼吸を整える。


 震えは止まらない。

 ——それでも、やるしかない。


「……時間だ」


 イブリスの声。


 もう、時間は残っていなかった。


「始めようか」


 コモエディアが前に出る。


 こちらを見ない。


「あんた――」


「――逃げたら殺す」


 振り向かないまま、言った。


 冷たい声。


 それ以上、何も言えなかった。


 距離を取る。


 アテルラナと、向かい合う。


 心臓の音だけが、やけに近い。


 手汗が止まらない。


「それじゃあ――」


 コモエディアが腕を上げる。


 ゆっくりと。


「試合――」


 一瞬の静寂。


「――開始っ!」


 瞬間。


「【ぴえん・デビル召喚】!」


 ナキリが動いた。


 無数の小悪魔が、アテルラナへ群がる。


「グォ……?」


 わずかな動揺。


 踏み込む。

 ——今だ。


「行くぞ!」


「ええ!」


 地面を蹴る。


「【すきピ♡アテンション】!」


 ナキリがうちわを振る。


  その瞬間、アテルラナの視線が――トウマへ固定された。


「【高揚のグルーヴ】!」


 ギターが鳴る。


 音が、身体に流れ込む。


 魔力が増幅する。


(いける――!)


 一気に踏み込む。


 その瞬間。


 アテルラナが腕を振った。


「【リディクルム】か……」


 イブリスが、面白そうに呟いた。


 空気が裂けた。

 遅れて、三つの黒い斬撃が見えた。


(来る――!)


「任せろ! 【反響のハウリング】!」


 不協和音。


 空間が歪む。


 斬撃が逸れる――いける!


 跳ね返る。

 ——当たる。


 ……消えた。


 腕一振りで、何もかも。


 それでも、前に出る。


「今よ!」


 全力で――叩き込む。


「【浸透発勁しんとうはっけい】!!」


 内部へ撃ち込んだ。


 巨体が沈む。


「……効いた、のか……?」


 トウマの声。


 けれど。


「グオオオオオッ!!」


 咆哮。


 空気が震える。


(嘘……でしょ……)


 再び立ち上がる。


 まるで効いてない。


 むしろ――怒っている。


「グルルル……」


「っ!?」


 腕を掴まれた。


 軽々と持ち上げられる。


 次の瞬間。


 地面に叩きつけられた。


「がっ……!!」


 【硬化の身】で受けた。

 それでも、あまりの力に呼吸が潰れる。


 肺が、動かない。


 視界が白く弾ける。


 世界から音が消えた。

 自分の鼓動だけが、やけに大きく響く。


(立て……!)


 命令する。


 でも、身体が、動かない。


「ミスト!」


 トウマの声。


 次の瞬間。


 彼も殴り飛ばされた。


「がはっ……!」


 地面に叩きつけられる音。


「【ラブ♡バインド】!」


 ナキリの拘束。


 リボンが締め上げる。


 だが、次の瞬間、腕が膨れ上がった。


 肉に食い込む。


 血が滲む。


 ――リボンが、引きちぎられた。


 一瞬で距離を詰められる。


 拳は吸い込まれるように腹へ。


「――ぁ……」


 そのまま殴り飛ばされる。


 トウマは、動かない。


 ナキリも――反応がない。


「終わりだな」


 イブリスが嗤った。


 アテルラナはゆっくりと近づいてくる。


 一歩、また一歩と近づいてくる。

 逃げ場を潰すように。


(……まだ……)


 終われない。


 終わりたくない。


 アテルラナが腕を振るう。


 黒い斬撃――【リディクルム】だ。


 一直線に迫る。


 ――もう、避けられない。


(動け――!!)


 動かない。


 時間だけが、やけにゆっくり流れる。


 ――終わる。


 死が、迫る。


 その時――


 空気が、軋んだ。


 内側から、何かが押し上げてくる。

 骨の内側が、軋む。


 ——違う。

 これ、あたしの力じゃない。


 抑えていた“何か”が、内側から殻を破る。

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