表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/16

第16話:覚醒

 ついに――イブリスと、相対した。


 けれど。


 その背後に立つ“それ”を見た瞬間、思い知らされる。


 ――勝てない。


 悪魔、アテルラナ。


 ただそこにいるだけで、空気が、重く歪む。


 次の瞬間には、もう遅かった。


 三人まとめて叩き伏せられ、あたしたちは地面に転がっていた。


 身体が、動かない。


 指一本すら、言うことをきかない。


「殺せ――アテルラナ」


 淡々とした声。


 たった一言で、すべてが終わる。


 悪魔が腕を振る。


 空間ごと削り取るような、鎌状の斬撃。


 逃げ場なんて、どこにもない。


 ――動け。


 ――動け、動け、動け……!


 頭の中で叫ぶのに、身体はぴくりとも動かない。


 迫る刃。


 首筋に触れる、死の気配。


 ――間に合わない。


 そう思った、その時だった。


 ドクン――


 心臓が、跳ねた。


「……おきろ……」


 誰かの声が、聞こえた気がした。


 次の瞬間。


 あたしの身体は、弾かれたように跳ね起きていた。


 考えるより先に、手が動く。


 振り下ろされた斬撃を――


 素手で、受け止めていた。


 ギギギ……と、空気が軋む。


 ありえない。

 それでも――止まっている。


 あの一撃が。


 斬撃は、砕け散った。


「……は?」


 イブリスの声が、遠くに聞こえた。


 どうでもいい。


 今はただ――はっきりと分かる。


 身体の奥で、何かが噴き出している。


 熱でも、光でもない。


 もっと、生々しい“力”。


 ゆっくりと、息を吸う。


 自然と、足が開く。


 腰が落ちる。


 両の拳が、正中に収まる。


 【三戦サンチンの構え】。


 構えた瞬間、世界の音が遠のいた。


 ――静かだ。


 いや、違う。


 あたし以外が、遅い。


 アテルラナが動く。


 一瞬で距離を詰めてくる。


 けれど――


 遅い。


「――はっ」


 拳を突き出す。


「グッ……!?」


 巨体が、宙を舞った。


 何十メートルも先へと吹き飛び、地面を抉りながら転がる。


 ――すべて、見えている。


 魔力の流れも。


 力の起点も。


 どこに触れれば崩れるのかも。


「……面白いね」


 背後で、コモエディアの声がした。


 やけに、冷たい。


 あたしはゆっくりと顔を上げる。


 イブリスを見る。


 その表情に――初めて、戸惑いが浮かんでいた。


「何が起きてるか……分からないわよね?」


 自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。


「……死にたくないって、思った」


 それだけ。


 ただ、それだけのはずなのに――


 辿り着いていた。


 この領域に。


 身体の奥で渦巻く力が、答える。


 ――限界を越えろ、と。


「この力……そうね」


 小さく息を吐く。


「“ゾーン”って呼ぶことにするわ」


 地面を蹴る。


 景色が弾ける。


 一瞬で間合いを詰める。


「あんた達から見れば、人間なんてちっぽけかもしれない」


 迎え撃つアテルラナの拳。


 魔力で強化された一撃。


 けれど。


 わずかに身体をずらすだけで、軌道は逸れる。


「それでも」


 踏み込む。


 腰を回す。


 全身を連動させて、拳を突き出す。


「それでも、人間は――生きてるの!」


 衝撃。


 拳が、めり込む。


 止まらない。


 そのまま、奥へ。


 さらに奥へ。


「人の心の強さを――なめるなッ!!」


 全てを乗せた一撃。


 骨を砕き、肉を貫き――


 あたしの拳は、悪魔の胸を突き破った。


 沈黙。


 そして。


 巨体が、崩れ落ちる。


 遅れて、呼吸が戻ってくる。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


 終わった――そう思った。


 ゆっくりと腕を引き抜く。


 悪魔の身体が、砂のように崩れていく。


 手の中に残ったのは、小さな核。


「……生きてる」


 実感が、遅れて押し寄せる。


 ――勝った。


 そう思った、次の瞬間。


 視界が、揺れた。


 膝が、崩れる。


 ――まずい。


 力が、急速に抜けていく。


「……嘘だろ」


 イブリスの声。


 さっきまでの余裕はない。


「アテルラナが……やられた?」


 けれど、その目がすぐに変わる。


「――危険だ」


 拳に、炎が宿る。


「ここで潰す!」


 踏み込まれる。


 速い――見えない。


 避けられない。


「――ッ!」


 直撃。


 身体が宙を舞い、地面を何度も転がる。


 息が、詰まる。


 動けない。


 立たなきゃ。


 立たなきゃ――


「今度こそ終わりだ」


 イブリスが迫る。


 それでも。


 あたしは、歯を食いしばる。


「……戦う……」


 震える脚で、立ち上がる。


「……あたし一人でも……!」


 踏み込む。


 残った力を、全部込める。


 拳を――


 叩き込む。


 ――はずだった。


 止まった。


 目の前で。


 見えない何かに、阻まれている。


「……効かねえよ」


 イブリスが、静かに言った。


「オレは元天使だ」


 拳が、届いているはずなのに。


 何も壊せない。


「【神偽の境界】――人間ごときじゃ、触れることすらできねえ領域だ」


 終わった。


 そう思った瞬間。


 腕を、掴まれる。


「逃がさねえ」


 振り上げられる、灼熱の手。


 終わる。


 今度こそ。


 目を、閉じた。


 ――その時。


「――チリアット」


 小さな声。


 一瞬だけ、目を開く。


 視線が、合った。


 コモエディアと。


 次の瞬間。


 衝撃。


 胸に、激痛。


「……え?」


 視界が、揺れる。


 血が、溢れる。


 身体が、吹き飛ばされる。


「コモ……エディア……?」


 そんなはず、ない。


 さっきまで、隣にいたはずの仲間。


 その目は。


 冷たく、凍りついていた。


「動きを止めてくれて助かったよ」


 淡々とした声。


「借りは返さないとね」


 何が起きたのか、頭が拒絶する。


 視界の端で、二人が去っていく。


「こいつは?」


「そのうち死ぬ。核をやってる」


 遠ざかっていく声。


 コモエディアが、ほんの一瞬だけ振り返る。


 その時。


 笑みが、消えた。


 口が、わずかに動く。


 ――ごめん。


 音にならない。


「……ふざけ……ないで……」


 もう、声も出ない。


 意識が、沈んでいく。


 暗く。


 冷たい底へ。


 ――そこで、すべてが途切れた。



「――ねえ! あそこ、人が倒れてる!」


 少年の声。


 ブレーキ音。


 スクーターが急停止する。


「本当だ……急ぐよ!」


 白衣の女性が飛び降りる。


 駆け寄り、状態を確認する。


「ひどい……全身損傷、出血多量……この子は――」


 ミストの胸を見る。


「……貫通してる。まだ息はある、急いで!」


「はい!」


「出血多い! 圧迫続けて!」


 手際よく止血処置が始まる。


「脈、弱いです!」


「落とすな! 気道確保、輸液準備!」


 女性はミストの手を握る。


 その指先が、かすかに震えているのを感じた。


「……この子、まだ戦うつもりだ」


 小さく、呟く。


「なら――」


 顔を上げる。


「絶対に死なせない!」


 医療テントが展開される。


「準備完了!」


「……始めるよ」


 それは――


 命を繋ぐための、もう一つの戦いだった。


第一章 悪魔との出会い 完

――第二章へ続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ