第12話:吸血鬼モレラ(コモエディア視点)
ミストの成長を見届けたボクは、彼女達と別れ、夜のマリッツァを歩いていた。
「た……助けて――」
ふと路地裏を覗くと、若い女性が組合員の2人組に詰め寄られていた。
「イイじゃねえか。こんな短いスカート履いて、誘ってんだろ?」
「ちょいと一杯付き合ってもらうだけじゃねえか。ほら、遠慮せず――」
明らかに嫌がっているのに、赤ら顔をした男達は引こうとしない。
ちょうどいい。――今夜捧げる“分”は、まだ足りていない。
「イ……イヤ――」
「やれやれ――【チリアット】……!」
黒い針が、空間から滲み出る。
酔っ払った男の一人を、胸ごと串刺しにする。
「キ――キャアアアア……!?」
「兄弟!? テメエ! 弟をよくも……!?」
助けた女性は悲鳴とともにその場でへたり込む。
弟を殺された酔っ払いの男は、頭に血が上り向かってくる。
「へぇ――【カニャッツォ】……!」
逃げる機会を捨てたその選択を――ボクは嗤う。
巨大な犬の顎が、空間を裂いて現れる。
「ガァッ!?」
迫る男を――牙が、噛み砕いた。
「これで2人――」
温かい血を浴びる。またシャツを洗わないといけなくなった。
これで“分”は満たした。
足元の死体を見下ろす。
「あ……あり――」
女性は怯えながらもボクに礼を言おうとする。
――その顔。
恐怖と安堵が混ざった表情。
「……キミを助けたわけじゃない」
低く、感情を押し殺すように呟いた。
ふと、人間時代の記憶が脳裏に一瞬浮かんだ。
ボクに向かって笑みを向ける両親の顔――。
目の前で礼を言おうとする女性と重なった。
「……違う、ボクは――」
遅れて、風が裂けた。
その瞬間には、もう遅い。
「――見つけた♪」
言い終える前に、彼女の頭は宙を舞った。
――遅れて、血が噴き出す。
「アハッ☆」
血でできた大鎌を軽々と振るった彼女は、両断された女性の頭を手で掴む。
月明りの下で、その瞳だけが異様に濁って見えた。
尖った耳にボブカットの黒髪、そして場違いなほど整った顔立ち。
ボクと同じ魔王軍幹部――モレラの姿がそこにはあった。
「やっほ~☆コモくん♪」
彼女は女性の頭を投げ捨てた。
最後の瞬間――女性の表情は絶望に染まっていた。
その表情だけは、見たくなかった。
「ん〜、美味しっ☆」
血で染まった手を顔に近づけ、小さく赤い舌で舐め取る。
「モレラ……」
ボクはゆっくり後ずさりした。
小さな翼を生やしたミニワンピースは、飛び散った血で染まっている。
「奇遇だね〜、同じ町で獲物を探していたなんて♪」
「…………」
一方的に話しかけてくるモレラを無視する。
殺した男達を両手で掴むと、そのまま魔王城へ移動しようとした。
「前は1人だけだったしぃ~、イブくんも喜ぶね」
その一言に、歩みを止める。
「……あいつのために殺している訳じゃない」
ボクが反論すると、モレラはボクの元へと歩み寄る。
そして首を傾けて不思議そうに、ボクの顔を覗き込んできた。
「違わないよ? ウチらにとって、にんげんさんが死ぬのが一番楽しいんだから」
顔が近い。
その黒く澱んだ瞳から、目を逸らせない。
「コモくんの殺人は、イブくんの喜びなんだよ?」
「……ボクは、ボクのために人を殺している」
引き下がろうとしないモレラへと、つい反論を重ねてしまった。
「そうだね。まあどっちにしてもイブくんは喜ぶと思うなぁ~」
ボクから離れたモレラは、静かな口調で呟いた。
「流石に“人間時代”の記憶も薄れてきたでしょ? だってどうでもいいもんね♪」
どうでもいい。その一言に怒りがこみ上げる。
「にんげんさんに戻ったら、この美味しい血だって味わえなくなっちゃうし」
モレラはボクが殺した男の死体を踏みつける。
笑っている。滲み出した血を見て、一瞬目の色を輝かせた。
「アハッ! グチャグチャ〜♡」
何度も踏みつける。
理解できない。――いや、理解したくない。
死体の内側が、弾けた。
血が降りかかり、顔が一瞬で赤に染まる。
「いいよね~。にんげんさん達はみんな、死ぬときウチ好みの表情で逝ってくれる……“一人”を除いて」
無邪気に笑っている。罪悪感など、欠片もない。
……こいつは、“あれ”よりも――危険だ。
「それにほら! こっちは肝臓でぇ〜、これは腸!」
さらにモレラは死体をあさる。
おもちゃ箱からお宝を見つけ出した時のように、臓物を引きちぎって取り出す。
死体で遊んでいる。
しかし――臓物を弄ぶ手が、ふと止まる。
「――でも、いくら探っても“心”なんて見つからない……」
その笑みが、ふっと消えた。
空っぽになった死体から、手を離した。
「それとも、無いのかな? 最初から――」
遠くを見る。
その方角――かつて“戦い”があった場所を向いていた。
「ねえ、もっとおしゃべりしたいなぁ〜、あっ! コモくんにもこの血、啜らせてあげるよ☆」
「――お断りだ」
血まみれになった手を、ボクに舐めさせようとしてきた。
「ちぇ、釣れないのー、でも勝手に餌付けしたら、イブくんが嫉妬しちゃうかぁ」
そしてモレラはボクから離れ、背を向けて立ち去ろうとする。
「そー言う訳だから、これからもドンドンにんげんさんを殺していこー☆じゃあねコモくん!」
そして数歩歩いたのち、指を額に当てたモレラは再びボクへと振り返る。
「そうそう、イブくんが探してたってこと、伝えとくね。それじゃ!」
今度こそ彼女は、ボクの前から姿を消した。
「……くっ!」
男の死体を蹴飛ばし、怒りをぶつける。
「……悪魔め」
爪が掌に食い込む。
奥歯が軋む。
「受け入れたくない……あんなおぞましいもの」
あの笑みが――未来の自分に見えた。
いや、ならない。
そう言い聞かせるように、胸の奥で繰り返す。
両親を殺され、悪魔として生きる日々――
ミストさえ育てば、“やり直し”ができるはずだ。
――まだ、戻れる。
……そう信じたい。
殺した男達の死体を掴むと、足元に広がる血だまりを一瞥する。
路地の闇に溶けるように、それは黒く沈んでいた。
「……戻れるのかな。――人間に」
血だまりを踏みしめ、路地裏から立ち去った。




