バイト巫女と巫女系動画配信者③
放課後までしっかり授業を受けた私は、一度家に帰ってから校門前で啓太と落合い、自転車で役所まで行くことになった。
距離的に役所で待ち合わせてもよかったが、啓太と会う前に私が一人でキノちゃんと会うのは駄目だという意見に押された形だ。……でも学校近くで落合うと、また先輩から目をつけられそうなんだよねぇ。
啓太が悪いわけではないどころか、今回に関しては明らかに私が迷惑をかけている側。先輩に関してのことを伝えてさらなる迷惑をかけるわけにはいかないので……誰にも見られませんようにと祈るしかない。
「悪い。お待たせ」
先に着いて校門前でソワソワしていると、啓太も自転車を走らせてきた。すでにTシャツにジーンズとラフな格好になっている。
「あれ? 制服の方がよかったか?」
まだ制服姿だった私を見て啓太は困った顔をしたが、私は首を振った。
「大丈夫だよ。私は一応仕事のことで行くから制服なだけだし」
というか、どんな私服を着てくるべきなのか分からなくなったので、制服になったとも言える。
『突発的なデートのために、ちゃんと普段から可愛い服を買っておけばいいのに。お金がないわけじゃないんだし』
頭上で古雅がうるさいけれど、私は反応しないように気を付ける。
そもそもこれはデートじゃないし。
それに自転車で移動するのだから動きにくのも困るし、逆にラフすぎでも仕事場に行くのにどうかって思われそうだし。
心の中で制服を着るしかなかった理由を反論したけれど、結局は適切な服がないとも言える。
啓太と並んで、私は自転車をこぐ。
最近暑いので、風が気持ちい。確か来週から夏服への衣替え期間のようなことを聞いた気がする。
自転車を走らせれば、十五分ぐらいで役所に着いた。
「あちぃ」
啓太が持ってきていた水筒のお茶を飲むのを見て、私も飲む。確かに走っている時はよかったけれど、止まると暑い。啓太はTシャツで額から流れる汗を拭いている。その時にお腹がチラッと見えて、私は慌てて視線をそらした。
腹筋が割れているわけではないけれど、ぽよっともしていないお腹だ。啓太は恥ずかしがっていないけれどなんとなく、見てはいけない気がする。
「立花は大丈夫か? 制服だと暑くね? 顔が赤いぞ」
「あーうん。暑いし中に行こう。空調が効いているはずだから。キノちゃんとは新祓い課前で待ち合わせしているし」
顔が赤いのは果たして暑いからだろうか……。
そうは思っても、腹ちらで赤くなったかもとは言えるはずがなく、私は誤魔化すように建物内に進んだ。
学校の昼休みにキノちゃんから連絡が着ていたので、役所に着くだろう時刻を送れば、その時刻で待ち合わせになったのだ。
自動ドアが開くと、やっぱり建物内の方が涼しかった。
「新祓い課ってどっち?」
「二階の奥だよ」
役所なんてあまり来る機会がないのだろう。啓太は珍しそうにキョロキョロしていた。確かに私も、自分がここでバイトしていなかったら来る機会なんてないだろうなと思う。
「あっ、華那子ちゃん、こっち!」
名を呼ばれ、そちらを見れば、朝と同じ格好のキノちゃんが大きく手を振ってくれた。
「キノちゃん、来てくれてありがとうございます。あと、遅くなってしまい、すみません」
「全然大丈夫。そもそも待ち合わせ時間ピッタリだし。ところで、後ろの少年は知り合い?」
笑顔で気さくに話してくれていたキノちゃんが、少し真顔で私の肩あたりの方へ視線を向けた。
キノちゃんには、古雅は光っているぐらいにしか見えていないって言っていたから……。私が振り返ると、真後ろに啓太が立っていた。さっきまでにこやかだったのに、今は眼光が鋭い。まるで威嚇だ。
「あ、うん。クラスメイトで、私が盗撮されたことを話したら心配してついて来てくれたんです」
「どうも」
あれ? なんだか、学校にいる時より声が低い?
怒っている感じではないから……警戒しているのかな。
とりあえず、ほっといてもよかったのに、わざわざ役所まで来てくれたキノちゃんを怪しんでるなんて言えるはずもないので、私を心配してという部分を強調しておく。実際、その通りで、啓太もまた、わざわざ私に付き合う必要はないのだ。
「そっか。いい友達だね。なんか、華那子ちゃんと雰囲気がだいぶんと違うから、ちょっと心配しちゃった。ごめんね。私は木下好。よろしくね」
「鈴木啓太です……。ところで、木下好って本名ですか?」
「えっ? 啓太君?」
よろしくと言わず、本名かどうかと唐突に尋ねるって、失礼じゃない?
私は慌てて、啓太の服の袖を引っ張った。
「鋭いね。確かに本名ではないよ。近い名前ではあるけれどね」
「えっ?」
「ごめんね。私、自分の本名が嫌でさ。でも苗字は本当だし、名前もほぼほぼ同じだよ」
キノちゃんはどうやら通り名を使っていたようだ。でも役場には確実に本名が登録してあるはずだし、本人が名乗りたくないなら別に問題ないはずだ。
「それで、本名は?」
「あ、大丈夫です。言わなくて。ちょっと、啓太君」
なおも聞こうとする啓太の袖をさっきより強めに引いて、私は止めた。私のことを心配してやってくれているのだろうけれど、キノちゃんはそもそも名乗る必要も私を助ける必要もないのだ。そんな人に対して嫌がっていることを暴くようなことをするべきではない。
「それより、早く報告を終わらしちゃいましょう」
私はぐいぐいと啓太を引っ張り、窓口へ行く。
とにかくさっさと報告を済ませれば終わってしまう話なのだ。
私が進めば、キノちゃんも一緒に進んだ。
「すみません。高野さんをお願いできますか?」
「あ、一緒に、今井さんもよろしくおねがいします」
今の私の担当である高野さんを呼べば、奥の方で話していた女性が出て来た。
こちらに向かって来た高野さんの顔がこわばっているように見える。
キノちゃんが呼んだ今井さんは、キノちゃんの担当だろうか? 高野さんと一緒に出て来たのは五十代ぐらいのおじさんだった。
「こんにちは。華那子さん。今日は……どうしたのかな?」
「あー……えっと」
どう話をもっていけば、無難に終われるだろう。
下手に盗撮話をここですると、母にまで連絡が行ってしまうのでは? その場合、やっぱり高校、もしくは大学生まではバイトは止めた方がいいと言われる可能性も……。
できるだけ大したことはないというように言わないと——。
「どうしたもこうしたも、彼女、巫女の仕事中に盗撮されていたんですけど?」
「き、キノちゃん⁈」
私が考えていると、横からするっと本題を言ってしまった。
「しかも何度か盗撮されていると聞きました。これって、未成年巫女の保護が不十分ってことですよね? しかも彼女は、私と違って芸能活動をしているわけでもない。この場合対策を取らないのはどうかと思います」
「えっ? 何度か盗撮⁈」
「あ、その。古雅がいつも盗撮魔を追い払ってくれているので、特に実害はなかったというか……」
盗撮魔を追い払ったというか、殴り倒して煩悩を追い払ったというか……。駅員さんに引き渡した後は、どういう対処がされているか知らないけれど、盗撮された写真は、すべてデータも破壊される。機械と心霊の相性が悪いことを利用して、古雅が上手くカメラやスマホをクラッシュさせてくれているのだ。
「そう。実害はないのね」
「はい」
「実害がなければいいって問題じゃないと思いますけど? 今井さん、どう思います?」
高野さんがホッとしたような顔をしたところでキノちゃんは、彼女が呼び刺した今井さんに話を振った。
「そうだね。何度も被害があるならば、配置換えや警察との連絡など、対策をとらなければならないね」
「何度もじゃなくてもだと思うんですけどー」
「いや、うん。その通りだ」
今井さんは年齢が上だし、もしかしたら高野さんより立場が上なのかもしれない。
「高野さんは今までに何か対策したのかい?」
「あの、華那子さんの通学を考慮すると、場所も時間帯も変更しない方がいいという結論だと前任者から引き継いでいまして……」
高野さんが担当になったのは去年の四月からだ。最初に盗撮されたのは前任者の時で、その時はまだ小学生だったのもあり時間帯や場所の移動を希望しなかった。なので私は基本駅構内でのお祓いをし、別件で要望が入った場合は、私の都合と合う時のみ派遣される形での勤務をしている。
「なあ、盗撮するのって毎回違う人物なんだよな?」
「うん。そうだよ。古雅に殴られた人は煩悩が飛んじゃうからか、また撮ろうとしてくる人はいなかったから」
部外者として啓太は後ろで私達の話を聞いていただけだが、唐突に質問をしてきた。
「ならさ、もしかして何かサイトとかに立花の情報とか出回ってない?」
「えっ?」
「だってよくあるなら、たまたま目についたからじゃなくて、あらかじめ居るって分かってるからだろ?
裏サイトでそういう情報が出回ってるって噂聞いたことあるけど……」
う、裏サイト?
まさか、そんな。
そんなわけないよね? と思い大人たちを見た瞬間、顔を青ざめさせているのを見て、その可能性はあることが分かった。
えっ。裏サイトとかに情報がのってて大丈夫なものなの?
「私もそういうのがあるって噂は聞くし、今は盗撮だけだけど、そのうち人攫いとか、もっと危険なことが起こる可能性もあると思うんですけど」
今まで古雅に何とかしてきてもらったので実感がなかったけれど、実は結構ヤバイ的な?
キノちゃんの言葉に慌て出した大人を見ると不安になる。
ひとまず役所の方から警察に連絡をすることと、今週は朝の駅でのお祓いは別の方と交代し、代わりに夕方に職員が送迎をして付き添う形で駅でお祓いを行うことが決まったのだった。




