表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

幼馴染の登場

目覚まし時計の乾いた音が鳴り響く。

一日の内で一番辛い時間はいつか? という質問に私が答えるには、二秒を要しない、朝だ。


言うまでもない事だが、朝というのは世間一般でいうところの朝である。

いわゆる午前7時前後であり、私はとにかく朝が嫌いだ。


なぜか?


それはこの上なく眠いからだ。

私がどれほど眠いか分からないと思うので、夜の0時に寝る人は一度、午前3時に目覚ましをセットして寝てみて欲しい。

貴方が真夜中に目覚ましを止めた時、その眠さが概ね私が毎朝相手にしている眠さである。


なにを言っているのか分からない人もいるだろう。

つまり、私は夜中の4時に床につくのだ。

そして学校に通うため午前7時には起きなければならない。

毎日の睡眠時間は僅かに3時間である。

これでザックリと、私が毎朝どれほど眠いか分かってもらえたかと思う。


さて、この話をすると多くの場合、早く寝ればいいのではないか? などと、まるで全てを見透かしたかのように、勝ち誇った顔をする人がいるが、私から言わせればそのような事を言うような者は愚の骨頂と言えよう。

なぜなら、午前0時から4時までが人生にとって一番有意義な時間であるからだ。


この時間帯、我らが日本国のテレビ放送では、最先端の英知を凝縮した番組が新聞のテレビ欄にひしめき合い、数少ない視聴者を奪い合っている。


深夜アニメ、これを見ずに人生を送る事は義務教育を受けずに生涯を終えるに等しい。

昨夜も、私は夜中の3時まで最先端の英知を我がものにしようとひた向きに深夜アニメ鑑賞にいそしんだ後、いつもならゲームやネットに当てる時間を利用して、諸君としばらくお話して寝たわけであるが、もう朝だ。

本当に嫌になる。


私は、枕もとの目覚まし時計を止めた。


「おはよう」


隣で微笑む乙女さんに目覚めのキスを忘れない、これが一日の始まりなのである。

私はしばらく惰眠をむさぼることにした。

これも日課なのである。


学校に遅れないかって?

大丈夫、確実に起こされる。

それは毎朝、窓からやってくる。


寝ているのか起きているのか、そのはざまをふわふわと漂っていると例のごとく窓が開く音がした。

その直後、窓に隣接した私のベッドにいつもの人物が着陸する。


「恵一、起きろ!」


そう、彼女こそ全自動目覚まし時計こと、間近乙女である。

彼女は、私の幼馴染で、同じ高校に通っている。


去年までは同じクラスになったことが無かったが、三年になった今年、初めて同じクラスになった。

ところで彼女とは家が隣で、しかもお互いの窓が突き合わせになっているため、容易に窓伝いに侵入してくるのである。


鍵を掛けておけばいいのではないかって?そのとおりである。

私とて、プライベートを尊重する。

そうやすやすと部屋に入ってこられては、おちおちパソコンでゲームもできない。

さすがに私も大切な彼女との一時を邪魔されることは許しがたいので、あくまで寝る前に鍵を開けておくのだ。

そうすれば、ギリギリまで寝ていられる。


そして、今日も間近は私を起こすために、窓伝いに入ってきたのだ。

私の寝ているベッドは、六畳の部屋の一つの角に置かれており、頭側と左側が壁に接している。

そして、間近が出入りする窓は、私が寝ると左側に位置するベッドと接した壁にあり、必然的に彼女は私のベッドに着陸する事になる。


日頃、私はある切実な事情から彼女に私をまたいで入って来いと言っているのだ。

ちょっと待て、朝から幼馴染のスカートの中を拝見したいからなどと、諸君が想像しているような卑猥な理由ではない、断じて。

もし、彼女が寝ている私をまたがず、私と壁の間に着陸すると、もっと重大かつ深刻な問題が発生するのだ。


そして、間近はその掟を破ったのだ。私は一気に眠気が冷めた。


「恵一、起きないと遅刻するよ!」


悪びれる事もなく、なんなら世話を焼いてやっているとでも言わんばかりの間近の足元を確認する。


「間近! 俺をまたいで入って来いって言ってるだろ!」


やはり、最悪の事態が起こっていた。


「何朝から怒鳴ってんのよ?」


いまだに自分の犯している罪を理解していない間近に、私は心底腹が立った。


「踏んでるんだよ! 俺の彼女を!」


そこまで言って初めて自分が大変なものを踏んでいる事に気づいたらしい。


「彼女って、あぁ、この気持ち悪い抱き枕のこと?」


私は、堪忍袋の緒が切れる音を初めて聞いた。

ちなみに、私が怒っているのは、乙女さんを踏まれたためであるが、彼女のことを抱き枕などの下等な物と一緒にされたことも、私は頭に来たのである。


「いいから、足をどけろ!」


私は彼女を踏んでいる間近の足を掴んで、力一杯ひっこ抜いてやった。

刹那、体制を崩した間近が私のベッドに倒れ込む。

気が付けば、間近は隣で私に腕枕をされた状態になっていた。


「な、なにすんのよ」


間近は避難の声をあげるも、声に力がない。

そればかりか、みるみる顔が赤くなって行く。

間近と私の顔が10センチと、実に近い。

幼馴染の私も、流石にこの距離で間近の顔を見た事は無かった。

いい機会だから、少し観察しようと思う。


間近は、綺麗な黒髮を肩に少しかかるぐらいの長さに切り揃えており、転んだ拍子に髪がいくらか頬にまとわり付いていた。

これでは顔が見にくいので、頬にかかった髪を優しく整えてやる。

私の指が間近の髪に触れたとき、どこからかシャンプーの香りが漂ってきた。

頬に指が触れる、色白の頬は想像以上にやわらかく、熱ぽかった。


「ちょっ」


間近から声にならないような息が漏れた。こいつ、体調が悪いのであろうか。


「お前、体調悪いのか?」


「べ、別に・・・普通よ!」


しかし、そう言う彼女の声には気迫がない上に、頬も火照っている。

クリッと丸い大きな瞳も、どこか虚ろである。

学校なんか行ける体調では無いかもしれない。


「なぁ、今日は学校いかなくても良くないか?寝とかないか?」


「な、何で私があんたと。なに考えてるのよ!」


間近は胸の前で腕をたたみ、ギュッと身を強張らせ、小刻みに震えはじめた。

間近の鼓動が激しくなったことがベッド伝いに感じられる。

間違いない、間近は病気だ。


間近の顔をじっと見ていると、その長いまつ毛にゴミが付いている事に気付いた。

私は紳士ゆえ取ってやることにした。


「間近、目つぶれ」


「え……」


少し驚いた顔をした後、間近はゆっくり目を閉じた。

長いまつ毛がより一層長く感じられる。


依然、間近は小刻みに震えているので、このままでは誤って目を突きかねない。

いた仕方なく、私は間近の肩をそっと抱き留めた。


間近はゴミが取りやすいようにするためか、少し顔を上げる。


私は、人のまつ毛に着いたゴミを取るのが、こんなにも緊張するとは思わなかった。

間違っても、間近の目を突くわけにはいかない。

そう思うと私の鼓動も高くなり、それを感じたのか間近はゴミを取りやすいよう、さらに顔を近づけてきた。


間近の吐くか細い息が、私の顔に感じられる。間近の息が止まった。

間近……


私は意を決し、そっとまつ毛のゴミをとってやった。

うまくいった。

朝から良いことをすると、気分がいいものだ。


さて、そろそろ学校へ行く支度をしないと本当に遅刻してしまう。

間近はじっと目を閉じたままだ。

よっぽど体調が悪いのだろう、そのまま寝てしまったらしい。


私はいつまでもベッドで目を閉じている間近にそっと布団を掛けてやり、急いで制服に着替え始めた。

私が寝巻きのズボンを下ろした時、間近が突然目を開けた。


「え?」


ぽかんと口を開け、何がなんだか分からないと言う顔の間近から、これまた間抜けな声が漏れる。


「って、何してんのよ!変態!」


次の瞬間、間近は私の枕を投げつけてきた。

枕は思いのほか速い速度で飛んできたため、私は避けることが叶わず顔面で受け止めるに甘んじた。

ただ、心配には至らない、私の枕は低反発である。

元来、ロケットの加速から宇宙飛行士を守る目的で開発された素材である。

女子高生の投てき速度ぐらいでは凶器と化さないのである。


「もう知らない!」


しかし理解できないのは、なぜか間近は理不尽に怒りながらベッドから飛び降り、二階にある私の部屋からリビングへ降りて行った。

まったく分からない。

まさか、女の子特有の、あの日で機嫌が悪かったのだろうか?

まぁ、ひとまずこの件に関しては学校で聞いてみるとして、着替えを急いだ。




私が学校へ行く準備を終えてリビングへ降りると、母親がえらく心配した顔を向けてきた。


「恵一、何かあったの?」


何も無い。

強いて言うなら間近のまつ毛に着いていたゴミを取ってやったぐらいだ。

「何で?いつもと変わらんが。なんかあった?」


「だって、今日は乙女ちゃんが一人で先に学校行くって」


そう言うと、やけに真剣な顔つきになった。

毎朝、間近は私を起こしたあと窓から自分の部屋に帰らず、そのまま我が家のリビングへ降りて私の家族に挨拶してから私と一緒に登校している。


当然、私が準備している間、間近はリビングで待っているわけで、私が降りた時には優雅にコーヒーを召し上がっているのが平日の朝の光景なのだ。

それが、今日は先に行ってしまったと、母は心配しているのである。


「ケンカでもしたの?」


まったく、母親というのはいつまでたっても子離れできないものだ。

これは私の母に限ったことなのだろうか、もう高校生にもなった青年への扱いは小学生の頃から変わらない。


「いや、なんでもないよ。いそいでんじゃない?」


私がそう言うと、母はまだ疑いの目を向けていた。

どうも納得がいかないらしい。

そんな母を尻目に、私は一口サイズのアンパンをコーヒーで口に流し込むと急いで家を出た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ