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創部宣言

近松を毎朝起こしに来ている幼馴染の間近乙女まじかおとめは、この日は朝から近松の行動を自分への好意をむけた勘違いしてしまう。

怒った間近は近松をおいて先に学校へと向かっていた。

私は恵一を待たずに登校したから、今日は少し早く学校に着いた。

靴箱で上履きに履き替えてると、後ろから珍しい人に声をかけられた。


「おはよう、間近さん。今日は早いんだね」


私に声をかけてきたのは、同じクラスの北王子公康だった。

北王子は背が高くてかっこ良くて、スポーツ万能な上、家が大企業というモテる男のテンプレートみたいなやつだ。


朝から北王子に絡まれるなんて、やっぱり今日はついてないみたい。

北王子と一緒にいると、他の女子から反感を買うから、あとあと面倒なの。

しかもこいつ、決定的に面白くない。

中身がいたって平凡だからつまんないの。

私は当たり障りの無い返事だけすることにした。


「おはよう。北王子君はいつも早いのね」


すると、すこし不快に感じる距離に詰めて来た。


「間近さん、せっかく同じクラスなんだし、公康って呼んでよ?」


実に受け入れ難い提案である。


「僕も乙女ちゃんって呼んでいい?」


受け入れ難さが増した。ゆえに丁重にお断りすることにした。


「間近さんでお願いしますね、北王子君」


私は彼にそう告げると、そそくさと教室に入ることにした。

私の学校は三階建てで、一階にある校舎の入り口に下駄箱があり、そこから階段で各階に上がるの。

校舎の形は上から見ると長細いロの字型になってて、中庭が設けられていた。

一階に一年生、二階に二年生、そして三階に三年生の教室がある。

学年が上がると階も上がるの。


私は三階まで足早に上がると四組を目指した。

四組は入り口に向かって右手奥の教室だから、ちょっと遠い。

よく教室が遠いって言う子がいるけど、教室につくまでに去年まで同じクラスだった、沢山の友達の顔を見れるから、私は気に入ってるの。


私が教室に着くと、見慣れた顔から挨拶される。

みんな一様に「今日は早いね」「彼氏は休みなの?」って言ってくる。

いつもなら笑って「まだ彼氏じゃ無いんだけどね」なんて答えるんだけど、今日はつい「あんなやつ知らない」って答えた。


私は自分の席に着くと、途中のコンビニで買っておいた紙パックのコーヒー牛乳をのむ。


べ、別に、コンビニで時間潰してたらあいつが追いついてくるかもとか思ってないし!


久しぶりにゆっくりと、朝の教室を満喫する。

多少荒れ気味な心を落ち着かせよ。

そうこうしているうちに、先程振り切った北王子公康が教室に入ってきた。

彼もまた、友人と挨拶を交わしていた。


そこには多数の取り巻きが含まれているのが、私には滑稽に映った。

北王子が滑稽というわけじゃなくて、むしろ取り巻きの女子が滑稽だった。

だって、いくら金持ちのボンボンで、ルックスもピカイチでもたかが高校生に取り巻き作ってどうするのかしら?

概ね相手にされていないことに気づかないものなのかしら?


第一、私は一緒にいて面白くないやつなんかと付き合うのは真っ平ごめんなのよ!

いくら金持ってたって、ルックス良くたって、面白くなければアウト・オブ・眼中よ!

そんなの、ラグジュアリーに着飾ったBMだのベンツだのに乗るようなもんじゃない!

私は運転してて楽しくない車には乗りたくないの!


私は生涯GTRなのよ!

(ん……? 私は何を言っているんだろ? 免許持ってないんだけど……)


北王子が自分の席に向かっているらしい。

らしいっていうのは、北王子じゃなくて取り巻きが移動してて、彼を直接見ることは出来ないから。

だいたい、このクラス以外の女子が多すぎるのよ。

スカーフの色が違う子までいるじゃん。

あ、私たちの高校は学年ごとにスカーフの色が違うから、スカーフで学年がわかるの。

男子はネクタイの色が違うの。


ちなみに、迷惑なことに北王子の席は私の二つ前だから、静かな朝の時間はあっという間に奪い去られた。


「北王子君!北王子君の家の車ってどんな車なの?」


取り巻きの一人が甲高い声で聞いている。

どうせベンツよ、金持ちはベンツってのがお決まりなのよ。


「日産のGTRだよ」


……ボ、ボンボンもやるわね。


「間近~、今日は機嫌悪いのかぁ?」


ドキッとした。

つい北王子に気を取られ、全く気づかなかったが、私の横に恵一がいた。

なにやら、私の機嫌を伺うようにじっと見ている。流石にヘコんだのかしら?


「間近~?」


でもここですぐに許したら、またいつも通りになっちゃうから、もう少し懲らしめるために、無視しよ。


「なぁ、無視するなよ。どうしたんだよ?」


と言うか、なんでこいつ、ずっと顔見てくんのよ。

恥ずかしくなるじゃない。私は横からの視線に耐えながら、ひたすら黙りを決める。


「あのさぁ、間近。怒ってるなら怒ってるで、理由を話してよ。無視されるのが一番辛いんだよね」


私は、恵一の言葉にはっとさせられた。

そうだった、無視されるのが一番辛いって事は、私が一番分かってるつもりだったのに。

あの時、クラスのみんなから相手にされなかった私を、ずっと支えてくれたのは他でもない恵一だったのに。

私は、あの時、私をいじめてた奴らと同じ事をしてる。


「ご、ごめん。無視は良くないよね」


私は素直に恵一に謝った。

なんだろ、すごく淋しくて、でもほっとする気持ちがこみ上げてくる。

小学生の頃、帰りに恵一を待ってた時と同じ気持ち。

私、友達が出来て、あの頃の気持ちを忘れてたみたい。


「よかった。今日はどうしたの?なに?あの日?」


やっぱり無視すれば良かった!


「なっ、バカ!そういうデリカシーの無いとこに怒ってんのよ!」


私が怒鳴ると、いつも通りの平謝りしてきた。

ただ、多分こいつは自分が謝ってる理由を理解出来てないから、結局改善はされないんだけどね。


「すまん、お詫びに今日は間近の好きなプリン買ってきたから、許してよ」


そう言うと恵一は私の机に抹茶プリンを置いた。

ちょっと嬉しかった。ただ一つ言える事は、このプリンは取り立てて私が好きな物じゃないんだけど。まぁ、恵一が一生懸命考えて、選んでくれたのかなと思うと、その気持ちが嬉しかった。


「今回だけよ」


私はそう言って抹茶プリンを食べることにした。

恵一はプリンを食べる私の顔を、じっと見ていた。


……まだ見てる。話しかけるでもなく、ただじっと。


今日はなんでじっと見つめてくるんだろ。

これだけ見られたら、食べにくいんだけど。


「ねぇ、なんでじっと見てんの? 味見したい?」


私は沈黙に耐え兼ねて、しぜんとスプーンを恵一の口に突きつけていた。

そう、俗に言う「はい、あ~ん❤」をしてしまったわけ。

つい、恵一の部屋にいる時の癖が出てしまった!

周りの女子が指差して見てるし!


「いや間近、プリンはいいから、その蓋をくれ」


はい? 蓋なんかどうするつもりなんだろ?


まったく意味が分からないまま、ずっと「あ~ん」の態勢の私が持っているプリンの容器から、フィルムのフタを剥がしてニヤニヤしている。


「フタなんて、どうするのよ?」


私が聞くと、恵一はカバンの中から何かの応募券とハサミを取り出した。


「このフタについてるポイントを応募すると、エバァの綾波フィギュアが当たるんだよ」


「それが目的かよ!」


バカみたい。

私の好きなデザートはどれかって、恵一が選んでくれたと思って嬉しかったのに。

結局は自分が応募したいオタク懸賞のためじゃない!

ほんと、最低な男!


「ちょっとあんた! 何でそうなの! いつも、いつも!」


いつも、いつも……私の気持ちを裏切るようなことばっかり。

恵一って、本当に私の事どうでもいいのかなぁ。

昔から、いじめられてた私に優しくしてくれてたのに、気にならない子にも優しくするのかな?

でも、恵一が私以外の女の子と仲良くしてるとこなんか全く見かけないし。

もう、何なのよ!考えても分かんないよ!


「間近……なに怒ってんだ?」


「もう知らない!どうせあんたなんか、私以外の女の子にモテないくせに!」


私は大声でそう叫んでから後悔した。

あまりにも大声だったから、クラスのほとんどに気付かれてしまった。

もっと言うなら、北大路の取り巻きも、驚きのあまりこちらを見ている。

つまり、私達の痴話喧嘩はクラスにとどまらず、校内の噂になる。


「はは、はっはっはっは!」


大声で恥ずかしい事を叫んでしまった私に、恵一はこれまた大きな笑いで返してきた。もう、後には引けない。


「誰が、モテないだって? まさか、この私のことか?」


そのまさかよ!頼むから静かにしてちょうだいよ!

恥ずかしい。


「お前は知らんかもしれんが、俺は恋愛のスペシャリストなんだぞ!」


ダメだ、変なスイッチが入っちゃってる。

いや、変なスイッチを入れちゃった。


「みんな聞いてくれ!」


恵一がひときわ大きな声で、教室にいる生徒に語りかける。

たっぷりと間をとり、全員の注目を集めると静かに教卓へと歩いていき、まるで演説でもするように教室を見渡した。


「私、近松恵一は……」


長い沈黙。

皆の視線が恵一に集まっている。

いったい何を言うつもりなの?


「彼女をつくることを、ここに宣言する!」


え? 何の宣言よ、それ!

すると、女子の誰かが恵一に向けて問いかけた。


「近松君。それって、いよいよ間近さんと付き合うってこと?」


な、なに聞いてくれてんのよ!


「貴君、その答えは……」


貴君ってなんだ!

と言うか、あっさり皆の前で答えるつもり?

本人の許可なく皆に交際を宣言するなんて、それって私の気持ちとか心の準備とか無視されてない?

いや、そもそも本当に私と付き合うってことなの?

もし、これでふられたら私、明日から学校に来れないわよ。



恵一、お願いだから私と付き合うって言って!



「間近と付き合う……」


緊張のあまり、どっと顔から血の気が引いて行くのが分かる。

鼻がスッと通り、頭をピリピリと電気が流れ、鼓動が大きくなった。


「……訳ではない」


ふられた。

あっさりと。


一度や二度じゃなかったから恵一から肩すかし食らうのには慣れてるけど、今回ばかりは流石に傷ついた。

皆の前で、大々的にふられるなんて。


先ほど、恵一に私と付き合うのかと聞いた子が、私の方を見て申し訳なさそうにしている。

まさか、私以外の女と付き合う気でいるなんて想像もしていなかったのだろう。

取り返しのつかない事をしてしまったという顔を向けてくる。

まぁ、怒っても仕方のないことだけど、頼むから今はそっとしていてほしかった。


すると、他の男子が私の傷口を何の悪気もなくえぐってくる。


「近松、なんで間近さんじゃダメなんだよ? お前には正直もったいないよ」


当の本人は、私へのフォローのつもりなのかもしれないが、私にとっては少しでも早く、この話題を終わらせたい。

そんなうつむきっ放しの私の気持ちをよそに、恵一の口からとんでもない言葉が飛び出した。


「間近なぁ。申し分ないよ」


え? 申し分ないって恵一、それ私のこと好きってことじゃないの?


「じゃあ、なんで間近さんと付き合わないんだよ?」


「それはねぇ、貴君に説明して、果たして理解できるか不安なんだがね」


あんたの考えてることなんて、一般人に理解出来るわけないでしょ。

もういいわよ!

ここまで来たら私があんたの彼女になれない理由、聞かせてもらおうじゃない!


「突然だが、我が人生の経典とでも言うべきゲームがある。何か分かるかな?」


なんちゃらきっす、とか言うゲームでしょ。分かる自分が悲しいわ。


「つよきっすだ。このゲームは非常に良作で……」


恵一は、「つよきっす」がいかに良作であるかを、うんぬんかんぬん語り始めた。


「で、そのメインヒロインの名前が黒鐘乙女と言う。分かっただろ? だから私は間近と付き合えないのだ」


いや、全然分からない!

こんな分からない理由で、ここまで大々的にふられちゃ、納得がいかない。

私は、ついに大きな声で恵一を問いただしてしまった。


「全然わからないわよ! ちゃんと説明しなさいよ!」


「間近、お前の名前は何だ?」


仕方ないと短いため息の後、理由を説明し始めた。


「乙女よ」


「そうだ、間近乙女。黒鐘乙女と名前が同じだ。これが絶望を生むのだ」


「どういうことよ?」


「もし、俺がお前と付き合って結婚したとするだろ? そしたら子供ができる」


恵一の口から出た結婚という言葉に、ドキッとする。

しかも、私と恵一の子供かぁ、可愛いんだろうなぁ。

おとこの子かなぁ、おんなの子かなぁ。


「俺は、子供に英才教育の一環として、当然つよきっすをプレイさせる」


 いや、私は絶対プレイさせないけどね。


「そしたら、我が子にとってヒロインの名前はどうなる! オカンと同じ名前だぞ! エロゲーのヒロインがオカンの名前と同じというのは、我々が一番恐れる事なのだ! だから、俺は間近と付き合えない。名前以外は完璧なんだがな。次回、再挑戦してくれ」



はぁ?どんな理由よ!

なに?子供にゲームをプレイさせる時に、ヒロインの名前が母親と同じになってしまうから付き合えません?

納得いくか! しかも再挑戦ってどうやってやるのよ! 名前変えて来いってこと? アホくさ!


「そういう訳で、間近しか親しい女子がいない私が彼女を作るには、それなりの活動が必要なわけだ。そこで、メイク・カップル部を発足する」


恵一いわくメイク・カップル部とは、自称恋愛のスペシャリストである恵一が数々の作戦を立て、それを実行することで意中の異性と確実にカップルになる活動をする部らしい。

実にバカらしいクラブだ。

もう、いちいち突っ込むのはよそう。そんな訳のわからないクラブが認められるわけないし。


「では、今から俺と一緒に彼女、もしくは彼氏を作りたい人を募集するので、入部希望者は挙手すること」


クラス全体に向けて、恵一が入部希望者を募った。

うちの学校では少なくとも四人の部員が確保できていないとクラブとして認めてもらえない。

だから恵一がいくらクラブを作ろうと思っても、他に入部してくれる人が少なくとも三人はいないと創部願いすら出せないわけで、そもそもそんな部に青春をつぎ込むアホな人間なんているはずもない。

したがって、いたって当たり前の結果として、クラスのだれも手を上げることは無かった。


静まり返った教室のカーテンが大きく揺れる。恵一は小さくため息を吐いた。


「そうかぁ。入部希望者は間近だけか」


なんで私は入ることになってんのよ!


「俺も入るよ」


驚いた事に、手を上げたのは北王子公康だった。

女なんて、よいどりみどりの北王子がなんで?

やっぱりボンボンの考えは理解できないわ。


「北王子君か。よし、これで決まりだ。創部届は部長である俺が提出しとくから入部届けを書いておいてくれ」


そう言うと、恵一は自分の席に戻った。


「ちょっと! 私は入るなんて言ってないわよ! それにまだ一人足りないでしょ」


「あぁ、大丈夫。優秀な奴が一人いるんだよ」


恵一がそう言い終わると同時に、チャイムが鳴り担任がホームルームにやって来た。


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