第八話 ダルーガ教・聖都ゴンゴザ
チグサ 16歳 この世界に転移して来た普通の女子高生。
転移特典で得た「反射」の呪文を使う。
マイラ 16歳 ダルーガ教と対立する、フーラ教徒が住むヤルケノ村の少女。
ボルク 23歳 マイラの兄 ヤルケノ村・防備隊長
ズバルト 56歳 聖都ゴンゴザ大教会の特別矯正官。最高指導者。
ガルビエス 37歳 ズバルト直属の矯正官補佐。呪術を使う。
『冷徹な死刑執行人』の異名を持つ。
バシュラム 41歳 東方辺境部連隊長。ズバルトを恐れる野心家。
ガルビエスには対抗心を持つ。
ダルーガ教・聖都ゴンゴザの大教会。
中央聖堂の奥には、特別矯正官と呼ばれる最高指導者の住居兼執務室があって、ダルーガ教が支配する領域内の重要議題を審議し、対策を講じる場所になっている。
この日はここに救済隊というダルーガの軍事部門トップたちが集められ、特別矯正官・ズバルトを前にして、先日辺境の地・ナラヤで起きた、重大事件についての会議がされていた。
執務室には黒大理石の円卓が備え付けられ、入口から一番奥にズバルトが座り、周りを将軍らが囲んでいるのだが、その場の空気は、まるで凍てついた刃のようだった。
ズバルトは、背もたれの高い漆黒の椅子に深く腰を下ろしたまま、ゆっくりと居並ぶ救済隊の幹部たちを見下ろした。
黒を基調とした厳かなガウンが、彼の細身の体をより冷たく見せている。
五十代半ば、銀の髪を後ろに撫でつけた顔は、感情をほとんど表さない。だがその瞳の奥には、灼熱の怒りが静かに渦巻いていた。
「ナラヤは、人口三万人に満たぬ辺境の地方都市に過ぎん」
声は穏やかだった。しかしその低さゆえに、かえって全員の背筋を凍らせた。
「だが、そこはダルーガの威光を辺境に示す重要な要衝だ。その地を守る精鋭が、たった一夜で、百人にも満たない兵力しか持たぬ異教徒の村に大敗を喫したという事実は、決して看過できるものではない」
そこまで言うと、ズバルトはテーブルの上のキノコ茶を一口飲んだ。
誰一人として、咳払いすらできなかった。
円卓に並ぶ十二名の軍高官たちは、視線を落としたまま肩を固くしている。
ズバルトは指先で円卓を軽く叩いた。
コツ、コツ、という小さな音が、異様なまでに大きく響く。
「バシュラム」
指名された男が、ビクリと肩を跳ねさせた。
歴戦の勇を物語る顔の刀傷が、松明の炎に照らされて赤黒く光る。
体躯の良い男が、今は母ブタから引きはがされた子ブタのように小さくなっていた。
「君は東方辺境部を指導する役割を持つ連隊長。つまり今回の大敗の責任者なわけだが、この不名誉な出来事を説明してもらえるか?」
「面目ありません……」
バシュラムは絞り出すような声で言った。
額に油汗が浮かんでいる。
ズバルトはわずかに目を細めた。
「そうだな。確かに面目は無いだろう。だが、君は長年救済隊の情報部を率いてきた人間だ。当然、何らかの事情は既に掴んでいるのだろう?」
沈黙が数秒続いた。やがてバシュラムが、意を決したように顔を上げた。
「報告によれば、異邦人の魔女が関与しているらしいと……」
その瞬間、教会内にざわめきが広がった。
「魔女だと!?」「まさか……フーラの穢れた魔術か」
幹部たちの声が重なった。ズバルトは片手を上げて静かに制した。
ざわめきが、潮が引くように消える。
「詳細を述べてくれるか」
「はっ。ナラヤの宗教警察の間では『恥乱の魔女』と呼ばれております。相手の攻撃を自らに向けさせる……鏡のような性質の呪術とか」
バシュラムが続けるにつれ、幹部たちの表情が徐々に変わっていく。
最初は嘲笑に似た軽蔑があった。次に戸惑いが広がり、そして最後に明確な恐怖がこの場を包む。
「鏡の呪詛を使う『恥乱の魔女』だと……? それが本当ならば自分を悪魔の生贄に捧げた、いや異教徒の術師によって、生贄にされた哀れな女の成れの果てかもしれん」
ズバルトは眉間にしわを寄せた。
「つまり、そのような魔女が出現してナラヤの救済隊を全滅させたというのだな。たった一人で……。にわかには信じられん話だが……」
彼はゆっくりと立ち上がる。ガウンの裾が床を擦る音が、やけに大きく聞こえた。
「捨ておけんな……」
しばらくの沈黙の後、ズバルトは決断した。
「あいわかった。これは一刻の猶予もならぬ。時を違えれば、ダルーガ神民の動揺は広がり、逆に異教徒どもは勢いづくだろう」
彼の声に、鋼のような響きが戻っていた。
「ではどのような対策をとられますか?」
将官の一人が意向を尋ねた。
「即刻、この魔女を捕らえる特別部隊を編成する!」
ズバルトは居並ぶ将官たちを見渡して宣言した。
「その名も『鏡砕隊』。隊長には我が直属の矯正官補佐、ガルビエスを任命する」
「おお、ガルビエス殿を……」
執務室にどよめきが広がった。
「それほど猊下は今回の事件を重要視されていると言うことか……」
ズバルトの指名に答えて、円卓の端に控えていた長身の男が立ち上がった。
青白い顔、細身ながらも異様な存在感。瞳は深く落ちくぼみ、唇は血の気がない。
何より特徴的なのは一人だけ髭を剃っていることだった。
これはダルーガ教徒の成人男性では珍しいことなのだが、彼が使う呪術に関係していた。
ガルビエス——『冷徹な死刑執行人』の異名を持つ男は、深く頭を垂れただけで何も言わなかった。
「副官には今回の当事者でもあるバシュラムを充てる。目的はただ一つ。『恥乱の魔女』の生け捕りだ。殺してはならん。生きたまま我らの元で魔女裁判を開き、神の名のもとに裁きを下す!」
「なんと生け捕りに……」
「魔女が生まれた背景を探られるのであろう。そうでないと、同じような魔女がまた作り出される危険性もあるということか」
「さすがはズバルト猊下」
将官たちの間に感嘆の声が漏れた。
「ガルビエス。生け捕りにする理由は分かっているな?」
「もちろんです、猊下」
青白い男は優雅に微笑んだ。
「彼女の力……生気、記憶、魂の輝き……すべてを、私がいただくために」
その言葉に、教会の空気がわずかに歪んだ。
何人かの将官が、思わずガルビエスから目を逸らした。
ズバルトはふっと笑った。
「まあよい。捕縛できればそれで良い」
ズバルトはさらに続けた。
「魔女の呪術は『鏡』に似ているという。ゆえに、隊員は全員、額に鏡を付けて行動せよ。跳ね返してきた攻撃を、再び魔女に返すのだ。さらに、魔女の姿を確認した者は即座に目を逸らせ。常に背中合わせで動け」
「なるほど。さすが特別矯正官……!」
「これで異教の小娘など、造作もない」
「八百名の第一陣を、即刻出立させよ。ナラヤまでは十日。道中、フーラの鼠どもが蠢いているようだが目に入り次第、踏み潰せ。それとな……、あまり愉しみすぎるな。任務が第一だ」
ガルビエスに言い聞かせるようにズバルトは最後の言葉を付け加えた。
「御意に!」
ガルビエスは心臓に手を当て、直立不動のままで「ダルーガ・スネッペン」を唱え、踵を返して教会を出た。
その姿を見送るとズバルトは静かに目を細めた。
(ふん。所詮は異教の小娘か。神の正義の前に、ひざまずかせるまでだ)
その夜、鏡砕隊の第一陣、八百名が聖都・ゴンゴザから辺境の地ナラヤに向けて出立した。
ズバルトが急がせたため、朝を待たず夜のうちのの出立となった。
彼らは全員、額に小さな鏡を付けていた。
鏡が不揃いなのは急遽集めた為に、同じものが八百枚も揃わなかったからだ。
ナラヤは遠いが東に向かって直進すれば、十日もあれば鏡砕隊が到達する。
異教徒の反乱など虫けらのように踏みつぶしてくれるだろう。
ゴンゴザのダルーガ教徒たちは、誰一人としてそれを疑わず、「ダルーガ・スネッペン」と歓声を上げゴロゴロと転がりながら鏡砕隊の出立を祝った。
一辺が人の背丈ほどもある巨大なダルーガ聖旗の後から、小太鼓と角笛、ドラで編成された鼓笛隊が総勢三十名で勇猛な音を奏で、その後ろを煌びやかな軍服を着たガルビエスが体重が1トンほどもある巨大なロバにまたがって進む。
それを追って同じく巨大なロバに乗ったバシュラム。
そして二十人の士官と七百五十人の兵士が隊列を組んで行進して行く。
さらに最後尾にはひときわ体躯の良い四人の兵が、罪人を入れる檻を担いでいた。
実に勇壮な行進だが、この時、事件が起きた。
広場に差し掛かった時、士官の一人が大声で「ダルーガ・バッガス!」と叫んだのだ。
これはマオリ族のハカのように戦意を高揚させる儀式のようなものなのだが、ダルーガ教徒の場合、「我、喜んで殉教す」という意味が加わる。
そのため防具から、遠山の金さんのように肩を出すと、腰に下げた懲戒棒で自分自身をバシバシと叩きだした。
続いて二人一組でお互いをバシバシと叩き合う。
一気に士気を挙げる儀式だが、今回はまだ見ぬ『恥乱の魔女』と戦うという、恐怖を打ち消す必要が有ったのだろう。
通常より激しいダルーガ・バッカスを行ってしまい、中には我を失って本気で叩き合う者までいて、広場が血で染まるは凄惨な光景になった。
結果、五十名ほどの戦士が大怪我をして行軍不能になってしまった。
「こんなことを、通過する町々でやっていては、ナラヤに到達するころには十人程になっておるわ!」
ズバルトが怒ってダルーガ・バッカスの儀式を禁じたのも当然のことだった。
次回はまたヤルケノ村に戻りまして、緊張感のないチグサとマイラのコンビがゆる~くお届けします。




