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第九話 ホットケーキが作りたい!

チグサ 16歳 この世界に転移して来た普通の女子高生。

       転移特典で得た「反射」の呪文を使う。

マイラ 16歳 ダルーガ教と対立する、フーラ教徒が住むヤルケノ村の少女。

ボルク 23歳 マイラの兄 ヤルケノ村・防備隊長


ズバルト 56歳 聖都ゴンゴザ大教会の特別矯正官。最高指導者。

ガルビエス 37歳 ズバルト直属の矯正官補佐。呪術を使う。

         『冷徹な死刑執行人』の異名を持つ。

バシュラム 41歳 東方辺境部連隊長。ズバルトを恐れる野心家。

         ガルビエスには対抗心を持つ。

「ハァ~クション」

 私はなぜかクシャミが止まらなかった。


 マイラにホットケーキを作ってあげると言ってしまったので、この村に有り合わせの材料で料理しているのだが、小麦粉が鼻に入ったかもしれない。


 いや、もしかしたらこの前手痛い敗戦をしたダルーガ教徒たちが、『ヤルケノに守護天使が舞い降りた』などと噂しているからかも……。とりあえずマイラに約束したからには、それらしきものをと奮闘しているのだが、集まった材料は小麦と卵、塩と蜂蜜くらいのもの。


 牛乳、牛乳は? 無い!


 というかこの世界では牛が家畜になってないじゃん。


 ミルクらしきものはないかと探したら、食料棚の隅に瓶があって、そこに白いものが入っていた。匂いはちょっと変だが、それはまさしくミルク。後で聞いたところでは、この前家畜小屋で見た、でっかいタヌキのミルク、『ギガド・バルゴン乳』だった。


 ベーキングパウダーもないようなので、木の器に卵の白身だけを分離して、人肌で温め、フォークでメチャクチャかき混ぜる。


 これは単純だが、けっこう大変な作業だ。腕だって痛くなる。


 私は鼻歌でも歌って気を紛らわすことにした。


「まぜて ふわふわ ホ~ットケーキ

 やいて ふわふわ ホ~ットケーキ ♪」


 とりあえず、ある程度泡立ってきた。


 バニラエッセンス……これも、あるわけがない。


 あきらめてそのまま焼こうかと思ったら、そもそもフライパンがないことに気づいた。


 そればかりか平底の鍋もない。


 だからと言って、こんな村、嫌だ~とはならないが。


 仕方がないからナンを焼く要領で素焼きの食器でもないかと探していたら、マイラがやって来て「わあ~。これがホットケーキの作り方なのね」と言って、何を勘違いしたのか、


「私の好きなパルポも入れてね」


 と言ってヌタウナギのぶつ切りを生地に投入した。


「ギャア~ッ」と悲鳴を上げたが、マイラはポカンとしている。


 もう仕方がないからこのまま焼くことにした。


「きつねいろまで あとすこし~

 おいしくなあれ ホットケ~キ ♫」

「なあにそれ。ホットケーキって呪文を使うのね」


 マイラが感心したように言った。


「ううん、違うわよ。これはただの歌」


「歌って?」


 その言葉を聞いて私はハッとした。


 そういえば、この世界で誰かが歌うのを一度も聞いたことがない。


 もしかして歌が禁じられているのかしら?


 ホットケーキ(?)から、新鮮な海産物の匂いが漂ってくる。(泣)


 ポッコリと膨らみ出したそれは、水族館でみた海洋生物・ホヤみたい……。


 マイラは「出来てきたね。美味しそう」とはしゃぐが、私は複雑な思いだ。


「これがホットケーキなのね?」と言われても、そう呼ぶには抵抗があった。


 なので私は――、


「う~ん、これはね。ホヤ焼き」と答えた。



 翌朝、窓の外から聞こえてくる怒号に近い騒ぎで目が覚めた。


 村の広場が異様な熱気に包まれている。


 私の部屋に息を切らして飛び込んできたマイラの話によれば、どうやら原因は昨日解放したダルーガの捕虜にあるらしい。


 彼らを無傷で送り返した謝礼として、村に銀貨二千枚という、破格の報奨金が支払われたのだ。


「銀貨二千枚……。村の収入、まるまる三年分よ!」


 マイラは興奮気味にそう言ったが、その割には不機嫌そうだった。


 詳しく聞くと、その大金の「分配」をめぐって、広場では男たちが朝から怒鳴り合いを続けているのだという。


「長老たちは、槍を持って戦った戦闘員には、非戦闘員の倍の額を支払うって決めたの。でも、基準を六枚にするか七枚にするかで、朝からずっと揉めてるの。


 私も足し算くらいできるから会議に混ぜてよって言ったのに――、ボルク兄さんが『女は引っ込んでろ』なんて言って追い出されたのよ!」


 彼女は頬を膨らませて、悔しそうに床を蹴った。


「足し算?」私は思わず聞き返した。割り算ではなく?


 どうやらこの村の計算方式は一人ひとりに配る枚数を、一から順に足し合わせていく、途方もなく非効率なものらしい。


 二千枚という数字を前に、彼らの算術は完全に限界を迎えているようだった。


「マイラ、村の人数を教えて。戦えないお年寄りや、地下に隠れていた人は何人? それから、戦った人は?」


「ええと……村長みたいな年寄りや子供を合わせると百十五人。ボルク兄さんたち防備隊二十五人と臨時の戦闘員七十三名の総数は九十八人。あ、チグサも臨時戦闘員の扱いよ」


 私は頭の中で式を組み立てる。


 戦闘員の一人あたり配分を 2y、非戦闘員を 1yと置けば、総額は以下の式で表せる。


 98 ×2y + 115×1y = 311yつまり、2000を311で割ればいいだけの話だ。


 ポケットの中のスマホを弄れば一瞬で答えは出るが……、


 あいにく貴重なバッテリーをこんなことに使うわけにはいかない。


 私は傍らにあった手近な紙片に、羽ペンを走らせて筆算を始めた。


「六枚なら合計千八百六十六枚。七枚にすると二千百七十七枚。足りなくなるわね」


 私が淡々と告げると、マイラは目を丸くした。


「そんなにすぐわかるの? 魔法みたい!」


 彼女はそのメモをひったくると、一筋の光を見たような顔をして広場へ駆け出していった。


 しばらくして、広場の喧騒はピタリと止み、代わりに驚嘆の声が上がった。


 その後、わざわざ部屋までやってきた村長からは、深々と頭を下げて感謝された。


 一方で、ボルクは相変わらずの調子で私を眺め、顎をさすりながら言った。


「白衣の露出癖のある魔女様は、難しい計算までこなすのか。……いや、感服したよ」


 私としては「露出癖」という余計な一言に抗議したかったが、彼が私の服装を不本意ながらも受け入れ、『節操の無い恥知らずな』とか、小うるさく言わなくなったことだけは、唯一の収穫だと思えた。



次回、十話はまたダルーガ側からお届けします。

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