第四十六話 外伝・ヤルケノ村病院、ルリア編
チグサ 16歳 この世界に転移して来た普通の女子高生。
転移特典で得た「反射」の呪文を使う。
マイラ 16歳 ダルーガ教と対立する、フーラ教徒が住むヤルケノ村の少女。
ルリア 21歳 タウリンの講談師の屋敷で掃除女として雇われていた。
自身も講談をやりたくなり、直訴したが激怒され、追い出された。
私が作ったヤルケノ村の病院は、ダルーガから受け取った多額の賠償金を元に作られている。
最新式の治療……と言いたいところだけど、元々女子高生の私が知っている知識なんて基礎の基礎の栄養学とか、基礎の基礎の家庭の医学とかだ。
こんな場合はすぐに救急車を呼んで病院にという知識があったとしても、その病院が伝承医学や迷信に基づく治療法しか持っていないのであれば、あまり役に立たない。
ただ、私が仮に医科大学の研修医だったとしても、それほど変わらないだろうと思うのは、この世界に、そもそも彼らが使っている薬が存在しないので、怪我の縫合とかトリアージができても、どれだけ治療ができるかは怪しいものだ。
それだったらまだ薬草の知識のある漢方医の方がずっと役立っただろう。
それでも私・『白衣の天使』は時々、ヤルケノ村の医者(?)にまじって、なんちゃって医師をやっている。
(医師法なんてこの世界にはないからね)
患者の病気が糖尿病みたいとか、妊娠してんじゃないかとか、食あたりじゃないかとか、寄生虫が原因じゃないかとかの推測が付くからだ。
さらにガルビエスの記憶にあった古代の書物から、薬草に関する知識も少し頭に入っていたので、それも役に立つ。
その上、ナラヤの町から来たダルーガの女の人は、今まで女子の医者がいなかったため、診察が受けられず、病気になっても放っておかれたからだ。
私が女医なので彼女たちは人生で初めて病院に来ることができたのだ。
だが、明らかに乳巖末期だと分かっても、私にはこの世界の痛み止めをいっぱい渡すくらいしかできないのだ。
ただ古代の医学書の知識が少し頭にあるので、そのうち本当に簡単な除去手術であれば、やってみることもできるかもしれない。
(ただし、そんな怖いことは、私にはできないので誰かが代わりにやってほしい)
聖都ゴンゴザにある禁書の図書館から本を持ち出せればいいのだが、これはまたダルーガが何らかの交渉をしてきた時に、こちらの条件として出してみたらどうかと思っている。
この病院の7号棟は、私が特に頼んで作ってもらったもので、『ガルビエス禍病棟』という。
その名の通りガルビエスによって身も心も、特に記憶を奪われるという残酷な被害を受けた女性が、発見され次第、ここに連れてきてもらって私自身が治療しているのだ。
なぜなら彼女たちの記憶の断片を持っているのが、ガルビエスの記憶を反射呪文で奪った私だからだ。
ここに最近、ベティカというピエストルで保護された、元盗賊の女と、モブリンで保護されたルリアという元・女講談師が入院してきた。
他にも数人、それらしい患者がいるのだが、この二人は、遠征軍がヤルケノ村を襲ったあの戦争、つまりまだ数か月ほどしか経っていない犠牲者で、しかもガルビエスが鮮明に記憶に留めていたため、私にとっても希望が持てる患者だった。
私はまず、ルリアに「あなたは自分の名前を覚えている?」と尋ねてみた。
すると彼女は「私、私はピノ」と答えた。
彼女を発見し、連れて来たフーラの警察官によると、彼女はモブリンでガルビエスによって生気を抜かれた後、ある老人が自宅に連れて帰り、
「お前はピノと言って私の妻でありメイドだ」
と教え込んでいたためだった。
「それは、あだ名みたいなもの。あなたの本当の名前を知りたくない?」
そう聞くと彼女は頷いた。
「あなたの本当の名前はルリアよ。ルリア。さあ、この名前を20回言ってみて」
「ルリア、ルリア、ルチア、ルメア……」
「じゃなくて、ルリアよ。はい最初からやり直し!」
後ろで聞いていた看護師役のマイラが、
「チグサ、厳しすぎるよ。ルチア、泣いてるよ」
「ルリアだってば、ルリア! もうマイラまで間違って」
マイラは私を無視してルリアの背中をさすり、
「先生、厳しいわね。ゆっくりでいいのよ」と点数稼ぎをした。
(これだと、私が酷い医者みたいじゃの)
それでもルリアは自分の胸に手を当て、ちょっとだけ明るい声で言った。
「ルリア……。私の名前はルリア。この名前……知ってる気がする……」
その言葉を聞いた瞬間、私は胸の奥がじんと熱くなった。
ガルビエスの記憶の中で、彼女は確かにルリアだったのだ。
講談師として舞台に立ち、声を張り上げ、観客を笑わせ、泣かせていた。
そしてあの日、モブリンでガルビエスによって生気を奪われた。
その時、同時に奪われた彼女自身の記憶。それを何としてでも返してあげたい。
とはいえ、私には精神医学や心理学の知識もない。
ならばこんなのはどうだろう?
本当の記憶を取り戻すには、偽の記憶を上書きするのと同じ方法が使えるかもしれない。刑事ドラマでよくある、刷り込みというやつだ。
もちろん私が植え付けるのは、彼女自身の記憶だけど。
私はベッドのそばにしゃがみ込み、彼女の目線に合わせた。
「いい? あなたは講談師だったのよ。講談をする人、わかる?」
「コーダンシャ?」
「ちょっと違う。怒られるわ」
「怒られるの?」
とマイラが聞いた。
「こっちの話。でもね。すぐに思い出さなくてもいいの。ただ講談師って単語を覚えて欲しいの」
だが……、ルリアと言う名前、講談師、ということの結びつきは出来たものの、一週間たってもそれ以上の進展は無かった。
やはり記憶の刷り込みでは本当の記憶とかみ合わなかったのだろう。
何か良い方法は無いかと模索していたところ、マイラが、
「ナラヤの町に講談師が来てるよ」
と、情報を持ってきてくれた。
ナラヤは先の自由選挙でフーラ側の政党が圧勝したことで、それまで禁じられていた芸能が解禁され、タウリンから講談師が来ていたのだ。
村長がヤルケノ村の観光客の余興になると言って、その講談師を呼んだというので、特設ステージが良く見える席にルリアを座らせた。
ステージの灯りが彼女の横顔を照らし、その瞳がかすかに揺れているのが分る。
講談師はまだ若手で、師匠の十八番の演目『ポンペア奇談』を舞台で演じた。
「遠い昔、霧の中から大勢の人々の人々が現れた。
誰もが灰にまみれ、酷いやけどを負っている者もいる。
男は背中に家財を抱え……、」
すると、それを聞いていたルリアの手がプルプルと震え出した。
その直後、彼女は「……女はその手に既に亡くなっている赤子を抱いていた……」
と呟き始めたのだった。
『おおユピテルよユピテルよ。ここが我らに与えられし約束の地でしょうか?』
舞台の上の講談師とルリアが同時に演じた。
明らかにルリアの方がうまい。
若手講談師は「お客さん、興奮しないで聞いてくださいね」と言って笑いを誘い、演目を続けていたが、私はルリアを連れて病院に戻った。
「あの人を知ってる?」
と、私が聞くと、ルリアは頷き、
「私が師匠の家で掃除女をやっていた時、あの人が叱られていたので、どこが悪いか分るよと言ったら『俺をバカにするのか!』と殴って来た人」
と答えてくれた。
こういう強い記憶は、心の奥底でちゃんと記録されて残っていたのだ。
ルリアはこれを足掛かりにして、少しずつ記憶を取り戻してきている。
遠からず、ヤルケノ村観光の目玉になってくれることだろう。
つづく




