第四十五話 外伝・白衣の天使は今日も働く
チグサ 16歳 この世界に転移して来た普通の女子高生。「白衣の天使」。
転移特典で得た「反射」の呪文を使う。
マイラ 16歳 ダルーガ教と対立する、フーラ教徒が住むヤルケノ村の少女。
ボルク 23歳 マイラの兄 ヤルケノ村・防備隊長。
ノーラ 13歳 ナラヤから逃げて来た少女。
昔、無人島に一つだけ持って行くとしたら、何を持って行く?
という質問を友人にしたら、100%スマホだった。
でもそれは、その無人島が圏内でインターネットが繋がり、しかも電池が切れる前に助けが来てくれるという条件付きのものだ。
異世界ではそのどちらもかなわない。
つまりスマホは選択肢に入らないのだ。
ママの時代には電子辞書があって、世界中の知識が詰まっていた。
しかもグリグリ回すと発電と充電ができるラジオ付きの懐中電灯まであって、これとセットで持っているとラジオは聞けないにしても、人類の二千年以上のあらゆる知恵が自分のものにできたはずだ。
ポンポラが引くロバ車に揺られながら、私はそれを考えていた。
ヤルケノ村からナラヤまで二時間。
客は口々に、日本料理店が良かったとか、ホットケーキが美味しかったとか話していたが、急に『白衣の天使』の話になったので私は耳を傾けた。
客は目の前の、ムームーを着て首から料金箱を下げているロバ車ガイドが、かの有名な『白衣の天使』だとは知らない。
だから平気で噂をする。
「それにしても、天使様も近くで見ると普通の姉ちゃんだったね」
「バカ、お前、天使様はあらゆる場所で聞いておられるのだぞ。そんなことを言ったらバチが当たるぞ!」
(そうだぞ~。聞いてるよ~)
「でもよ、このガイドさんにちょっと似てなかったか?」
(ギクッ)
「バカ、この人は旦那さんにこき使われてたじゃないか。ほれあの防備隊の隊長さん」
「確かにあの隊長さんが旦那さんかもな。この人を気遣ってもいたからな」
(なんでボルクが私の旦那になってんのよ。ちっとも気遣ってないし)
ボルクはとにかく私を休ませてくれない。
次から次へと仕事を言いつけるのだ。
だからといって私が腹を立てるとボルクに呪術がかかってしまう。
戦時ならともかく平時に呪術は使いたくないので、私は黙って命令を聞いているのだ。
それをいいことにあいつ……。
その時、私の脳裏にラノベのお約束が浮かんだ。
最後はそんな二人、この場合はボルクと私が結婚するという、あれだ。
とんでもない!
私はそんな酷い妄想を打ち払った。
でもこのまま、ずっとここで暮らすのだとしたら……。
優しい王子様は現れるだろうか?
ダルーガ程でないにしても、この世界の男たちはみな男尊女卑なのだ。
「オ~イ、姉ちゃん」
客が私に呼び掛けていた。
「ハイハイ、何でしょうか?」
「あんた、舞台で歌ってただろ? ここでもう一曲歌ってけろや」
そうなのだ。私は朝から日本料理店で仕込みをして、
送迎ロバ車でガイドとして働き、
『白衣の天使』になってベランダに立ち、
それが終わると村のステージでフーラのムームーに着替えて、歌を歌わされていたのだった。マイラもノーラも音痴だからね。
(って、絶対にこき使われとるわ!)
ボルクに対する怒りが沸々と湧いてきたが、ここは客商売。
笑顔に戻って私は答えた。
「ハイ、ではリクエストに応じまして、お歌を唄わせて頂きます」
と言ってもマイクは無いので、そのまま歌う。
「菜のは~な 畠~に 入~り~日薄れ~ 見渡~す 山の端
(このあとなんだっけ)ら~ら~ら、ららら。(え~いこうなったら)
ヤルケノ岳 そびえ~る ふもと~の道を~
ポンポ~ラ引いて~く 送迎~ロバ車~」
客はみな涙を流して喜んでくれた。
生きていけるかもしれない……。この世界で。
私は改めてそう感じた。




