第四十四話 外伝・女講談師ルリア 後編
ルリア 21歳 タウリンの講談師の屋敷で掃除女として雇われていた。
自身も講談をやりたくなり、直訴したが激怒され、追い出された。
ガルビエス 37歳 ズバルト直属の矯正官補佐。呪術を使う。
『冷徹な死刑執行人』の異名を持つ。
バシュラム 41歳 東方辺境部連隊長。ズバルトを恐れる野心家。
ガルビエスには対抗心を持つ。
ダルーガ教徒の老人 72歳 交易所からルリアを拾って嫁にしようとする。
ルリアが創作講談・『白衣の天使』をこの場所で演じるのはこれで四度目になる。
回を増すごとに完成度が上がり、今回の出来は最高だった。
観客の反応も最高で、登場人物の女性がダルーガの宗教警察に咎められ、懲戒棒の制裁を受けそうになる所では、悲鳴と怒号が上がった。
それは全て彼女の講談に対する反応だと思っていた。
ルリアは完全に演技に没頭し、もう周囲の様子さえ見えなくなっていた。
「……と、その時……、空の上から七色に輝く光が差し込んだ!」
彼女はここですばやく宗教警察を模した黒衣の袴を脱いで大受けするはずの、『白衣の天使』姿に早変わりした。だが、観客の歓声が今回は帰ってこない。
「我は『白衣の天使』。女性を不幸にするダルーガの悪魔教徒どもめが。お前たちにお仕置きを……」
そこまで演じたところでルリアはさすがに周囲に漂う空気が違うことに気づいた。
いつの間にかいつものフーラ教徒の観衆は姿を消しており、彼女の周りを取り囲んでいるのは、聖都のダルーガ精鋭部隊と、似合わない行商人の恰好をした不気味なガルビエス。そして鬼のような面をしたバシュラムだった。
「どうした? 話を続けよ」
と、痩せた長身の行商人が言った。
明らかにダルーガの軍人たちを前にして、そんなことは出来ようはずもない。
「いえ、今日はもう店じまいでして……」
ここは、どうにか逃げよう。懲戒棒で足腰が立たないほど叩かれるかもしれないが、愛嬌をふりまけば、低俗な女講談師を処刑することもないだろう。
彼女はそう考えて、まるでコメディのようにビクビクしながら小道具を片付け、わざと上目遣いで肩をすくめて見せた。
だが、この相手は、彼女が今まで出会ってきた、粗暴で権威を振りかざすだけの男ではなかった。
彼はルリアの目前に迫り、その青白い顔をゆがませ、「女、俺の顔を見ろ」と言ったのだ。
男はまるで蛇が顎を外して獲物を飲み込むように大きく口を開けていた。
その口の中は光も通さない漆黒の闇が広がっており、そこから黒い霧がゆっくりと漂ってきた。
「ヒイイイイィ……」
ルリアは震え上がった。
しだいに体は硬直し、頭の中が禍々しい力でかき回されていく。
彼女の体から光が舞うように噴出し始め、それが男の口に吸い込まれていく。
雑巾がけをしながら、師匠が弟子たちに稽古を付けている様子を眺めていた場面。
始めて掃除・雑用女として奉公に上がった7年前の場面。
母に手を引かれ貧民街の孤児に連れて行かれた、幼少期の場面。
それらがまるで講談を逆回しするかの様にルリアの脳裏に浮かび、消えていった。
人形の様に動けなくなった彼女はダルーガ兵に乱暴に抱えられ、交易所の太い柱の前に縛られて、捨て置かれた。
その後、何人もの男たちが抑えきれぬ欲望を彼女に発散していった。
ほんの半時前まで、ルリアの芸に惜しみない拍手を送っていた者まで、その中に加わっていた。
夜が更けた頃、一人の老人が現れ、彼女の前にポンポラ(巨大なロバ)を座らせると、縄を解き、ロバの背に乗せて連れ帰った。
老人は井戸の水で何度も何度も彼女を洗い、ボロボロになって汚れた衣装を捨てると粗末な家の中に彼女を運んだ。
介抱してオークの衣を被せ、動けるようになれば家政婦兼嫁にするために。
ルリアがチグサの命によって真に開放され、ヤルケノに臨時設営された病院で介抱されるのは、それから二月ほど経ってからのことである。
この後も外伝は続く予定です。




