第四十三話 外伝・女講談師ルリア 前編
ルリア 21歳 タウリンの講談師の屋敷で掃除女として雇われていた。
自身も講談をやりたくなり、直訴したが激怒され、追い出された。
最初、彼女は『白衣の天使』をどんな姿で描けばいいのかと迷った。
ルリアはその姿を人々の噂でしか聞いたことがなく、フーラの人とダルーガの人の話では、その印象がまるで違ったからだ。
フーラの人の噂で想像されるのは天界の衣を着た美しい女性だ。
ダルーガの人たちの噂では、彼女は悪魔の使いで、男性をたぶらかすために裸に近い格好をしているという。
共通しているのは手足を殆どさらけ出した白い服を着ているというだけのことだ。
なるほど。服装は白に違いない。ではどんな服装なのか?
フーラの側に立ったわけだからフーラ伝統のムームーのようなものかもしれない。
ただ、このムームーは白ではあるが足をすっぽりと覆う長さがある。
これの裾を極限まで短くして、手も男の夏服の様に半そで風にするというのはどうだろう?
天使をイメージして白い鳥の羽をムームー全体に縫い込むのだ。
そうだ。この衣装で講談をしよう。
ルリアはそう決めた。
タウリンにある講談家の師匠宅を追い出されて半年になる。
「女が講談を演じるだと? お前はこの芸をなめているのか!」
ルリアは子供の頃から屋敷の掃除女として雇われ、練習用の舞台や弟子たちの部屋を毎日雑巾がけをしてきた。
自然に弟子たちの練習風景を見ることになる。
ルリアは最年長の弟子より長く師匠の講談を聞き続けていて、師匠が弟子に対して、「間合いが悪い」「この場面での情感が表現できていない」という指摘する意味もよく分っていた。
一度、師匠に「お前は才能がない」と言われて泣いている若い弟子に、「なぜ、そう言われたのか、私は分るよ」と言って悪形になっている所作を指摘したところ、その弟子は急に怒り出し、「掃除女が俺を馬鹿にするのか!」と言って彼女に殴り掛かった。
怪我をしたが、そのことで師匠から怒鳴られたのはルリアの方だった。
若い弟子はその後、ルリアの指摘した箇所を修正して演じ、師匠から「良くなった」と褒められていたが、ルリアに謝ることは無かった。
春も秋もルリアは師匠の声を聴き、演目をそらんじられる程になっていたが、余興で演じることさえ許されていなかった。
そんなある時、屋敷の料理長に命じられ、タウリンの中央市場に食材の買い出しをしていたところ、面白い看板が目に入った。
『踊り子酒場・余興には女芸人の話術や手品もご覧いただけます』
と、あった。
ルリアはその看板を見て後先も考えず、事務所に飛び込んでしっまった。
「看板を読んで来たのですが、私にも講談を演じさせてもらえませんか?」
盛り場の支配人は女がその看板を読んだことにまず驚いたようだった。
中では女芸人たちが露出度の高い衣装で、コミカルな会話のキャッチボールを練習していたが、完全な素人芸で、踊り子のダンスを準備する間の時間稼ぎをするためのものだった。
「何ができるんだ? ここでやってみな」
支配人が許可してくれたので、いつも掃除の最中にブツブツと演じていた『ポンペア奇談』という演目を演じた。
これは師匠の十八番で、大昔、異界から灰まみれの人々がやって来て、この地に彫刻や絵画、そしてガルムを伝えたという話だった。
彫刻や絵画はダルーガ教が禁止したので今はそれがどんなものかはわからないが、液体調味料のガルムは今もポンペア地方の特産になっている。
「遠い昔、霧の中から大勢の人々が現れた。誰もが灰にまみれ、酷いやけどを負っている者もいる。男は背中に家財を抱え、女は震える手で既に亡くなっている赤子をしっかりと抱いていた。『おおユピテルよユピテルよ。ここが我らに与えられし約束の地でしょうか?』そんな彼らを待ち受けていたのは蛮族のゲルーダ一族。いきなり彼らに向けて槍が飛んで来た……」
ルリアの講談は圧巻だった。
支配人は息をのみ、近くで見ていた女芸人たちは、『ポンペア奇談』という悲劇に皆涙を流した。
ルリアは、師匠の屋敷で一日の仕事を終えると、踊り子酒場に出かけ『ポンペア奇談』を演じた。ここで着る異界から来た古代ポンペイ人の衣装は彼女の手縫いだった。
講談は大人気を博し、彼女が登場すると踊り子のダンスよりも大きな拍手が送られた。
だが、ルリアの幸せな時間は長く続かなかった。
踊り子酒場で講談を演じる女芸人の噂が師匠の耳に届いたのだった。
師匠は激怒し、ルリアを懲戒棒で激しく叩いて屋敷を出禁にした。
その上、タウリンの顔役・ゴルビスに頼んで、この町で一切,彼女が講談を演じられないようにしてしまった。
失意の彼女は講談を諦め、職を求めて交易都市・モブリンに移り、職を求めた。
ところが、このモブリンは大混乱をきたしていた。
門をくぐると、怒鳴り声が聞こえ、あちこちでケンカが起きている。
この町の治安を守っているはずのダルーガの宗教警察がいないのだ。
「……何が起きているのだろう」
そう思った矢先、耳に飛び込んできたのが――
ナラヤで地方で精強さを誇っていたダルーガ軍・救済隊が、人口わずか二百人という、ヤルケノの防備隊に大敗を喫したという話だった。
しかもその原因が異界より現れた『恥乱れの魔女』、フーラに言わせれば『白衣の天使』の活躍によるものだというではないか。
その結果、モブリンでもフーラ教徒が反乱を起こし、町の東半分を占拠し、自治をし始めたのだ。
(『白衣の天使』の出現、これは講談のネタになる!)
そう考えたルリアはさっそく聞いた話を面白おかしく脚色した講談を作り、衣装を縫い上げ、フーラ側が支配する地域で木箱を舞台に講談を始めた。
「さあさあ、聞いておくれよ! あの恐ろしいナラヤの救済隊が――、たった一夜で、白衣の天使にコテンパン! これはそんな痛快無比のお話だよ――」
彼女の講談はダルーガの支配を苦々しく思っていたフーラ教徒に大うけで、連日大盛況となった。
そう、あの日、目の前にガルビエスが現れるまでは……。




