第四十二話 外伝・ジャドの覚醒
チグサ 16歳 この世界に転移して来た普通の女子高生。
転移特典で得た「反射」の呪文を使う。
マイラ 16歳 ダルーガ教と対立する、フーラ教徒が住むヤルケノ村の少女。
ノーラ 13歳 ナラヤから逃げて来た少女。
導師・ダビス 46歳 モブリン西教会・副聖導師。
ジャド 34歳 ダビス専属の料理長
それから四日の後、ジャドからまた書状が届いた。
『ダビス様、私はついに寿司を食べました。
これは小麦ではなくタウリン近郊で栽培される大粒の米と言う穀物を使うようです。
それを粉にせず、そのまま炊き上げ、ヤルケノに自生する、刺激が強い果実・トパの実を絞ってかき混ぜます。トパを入れすぎると食べられません。
その上に清流で捕れるチャナという魚を焼かずに肉を切り取り、米を丸めた物の上にトッピングして、それを手で握ります。
これが寿司だそうですが、本当においしくするには、ワサビや醤油を使うのだそうです。
醤油とは液体の調味料だそうで、本来はミソから作るそうですが、そのミソが無いので、各地に似たようなものは無いかと私に聞いてきました。
私は北部のポンペアという村でガルムというものがあると教えると、ぜひそれも取り寄せて欲しいと言い出しました。
作る時は地獄の臭い、食べる時は最高の味と言われるもので、高価ではありますが、これならナラヤにもあるというと、マイラに頼んで買ってきてもらい、先ほどの寿司につけて食べたのでした。寿司、美味しかったです』
「地獄の匂いがするガルムで味付けをした生の魚を使った寿司を口にして美味しかっただと? いかん、ジャドよ魔女に取り込まれるでないぞ。ダルーガ・スネッペン、ダルーガ・スネッペン」
ダビスは慌てて床に転がり、ラチェットをガラガラと鳴らしながら祈り始めた。
その姿は、もはや祈りというより発作に近かった。
周囲にいた待者たちガ、オロオロしながら駆け寄って来て――、
「ダビス様、どうかお気をしっかりとなさいませ!」
と、心配げに言った。
「これが落ち着いていられるか! 寿司とは、米を刺激のある果汁で混ぜて生の魚を乗せ、地獄の臭いのガルムで味付けする料理だぞ! そんなものを美味しいと言い出すとは……、ジャドよ。魔女の呪いが……魔女の呪いが……!」
だが、とダビスは考えた。
これはジャドが完全に魔女の信頼を勝ち得た証拠ではないか?
確かに彼はこれで人間を辞める事になるかもしれぬ。だが死んでも地獄に落ちることはないだろう。なぜなら、これは神のための仕事だからだ。
ダビスは涙を流しながら天を仰いだ。
「ジャドよ……お前は神の戦士。たとえその実が朽ちたとしても、最後までその仕事を全うし魔女に地獄の料理を食わせ続けるのだぞ」
ダビスの目は、完全に狂気の光を宿していた。
数日後にまた、ジャドから書状が届いた。
『ダビス様、今日は肉ジャガという食べ物を再現いたしました。
これはとても美味しかったです。
また昨日は、おでんという食べ物を再現いたしました。これも美味しかった。
また、先日作ったうどんも美味でした。
私の厨房には魔女の他、マイラとノーラという、二人の少女が手伝いに来ます。
しかしマイラは何でもかんでもパルポを放り込む癖があるので創作料理中は台所を出禁にしました(笑)。
一方、ノーラは素直で物覚えも良くヤルケノの学校で習いたての文字を使ってレシピを記録してくれるので助かります』
ここまで読んでダビスは苛立ちを覚えた。
ジャドよ。楽しくやっているようだな。
お前が懸命に魔女に取り入ろうとしているのは分る。
身を挺して地獄の食材を食べているのも立派だ。
しかし、よもや使命を忘れたわけではあるまいな……。
お前の使命とは、魔女に毎日地獄の料理を食らわせ、ブクブクと太らせて正体を現すように仕向けること。
そしてあわよくば魔女を地獄の食材の取り過ぎによって死に至らしめることだ。
こちらから、連絡をしてお前が神のために働いていることが魔女に知られるといけないので書状を送ることはできず、ダルーガ・スネッペンと祈ることしかできないが、くれぐれも自分を見失わないでくれ。
お前を信じているぞ……。
ダビスはそう言って、念入りに数時間も祈り続けた。
だが、その数日後に届いた書状を読んでダビスは落胆した。
『ダビス様、ついにコルネアから、あのワサビが届きました。
天使様も大喜びで、さっそく寿司を作って食べました。
私は恐る恐る食べたのですが、これがもう最高でした。
天使様は最近は日本食のせいで色つやも良くなられ、本人も、
「あんまり美味しいから食べ過ぎにはきをつけなきゃね」と言っておられます』
表記が魔女から天使様に変わっている。
その上、この文面からは本来の目的を忘れ、魔女の健康への気遣い迄みえるのだ。
「ジャド……、ダークサイドに転落したか……」
ダビスはがっくりと肩を落として、待者を呼びつけると、
「今後はジャドからの書状は届けるに能わず。また密使を送り『二度と私の元に帰って来るな』と言っておけ。
ダルーガ・スネッペン、ダルーガ・スネッペン、魔女もジャドも地獄に落ちよ!」
そう言って不機嫌そうに自室に入って行った。
そんなジャドから一月後に最後の書状がダビスの元に届いた。
『ダビス様、目的が果たせず申し訳ありませんでした。
私は天使様より日本料理人の認証を頂き、念願かなってヤルケノに店を出すことができました。
もしおよろしければ食べに……』
ダビスはいまいましそうに書状を破り捨て、ゴミ箱に投げ入れた。
外伝はまだまだ続ける予定です。




