第四十一話 外伝・創作料理人ジャド
チグサ 16歳 この世界に転移して来た普通の女子高生。
転移特典で得た「反射」の呪文を使う。
マイラ 16歳 ダルーガ教と対立する、フーラ教徒が住むヤルケノ村の少女。
ボルク 23歳 マイラの兄 ヤルケノ村・防備隊長
導師・ダビス 46歳 モブリン西教会・副聖導師。
ジャド 34歳 ダビス専属の料理長
ジャドを送り出して十日後、ダビスの元に皮紙を丸めた書状が届いた。
『ダビス様、私は「モブリンの料理研究家で、天使様の(魔女のことをフーラでは天使と呼んでいます)故郷の料理を再現するために参りました」とヤルケノの村長に直訴したところ、意外にもあっけなく採用されました。どうやら村では、新しい名物を欲しているようです。
現在、私は天使様付きの料理人として、日本料理の再現を命じられております。
さて、少し料理について聞き取りを致しましたが、私も背筋が寒くなる話が幾つもございました。まず、ワサビという香辛料についてお話します。
これは口にすると、鼻へ鉄釘を打ち込まれたような刺激が走るとのことです。
魔女は笑顔で「寿司には絶対必要」と申しておりました。寿司がどんな食べ物かは知りませんが、こんな恐ろしい香辛料を使う料理があるとは、私には理解できません。
次にミソ。これは大豆を長期間寝かせ、発酵――いえ、率直に言えば腐らせて塩を混ぜた食品とのこと。このようなものはギガド・バルゴンでも食べないでしょう。
更にナットウという料理は、大豆を藁に包み、糸を引くまで放置するそうです。
匂いも強烈らしく、説明を聞くだけで顔をしかめてしまいました。
ダビス様が地獄の料理と言われたわけがよく分りました。
私も覚悟を決めて研究を進めてまいります』
ダビスは書状を読み終えると、しばし呆然とした。
ワサビ、ミソ、ナットウ――、
どれも聞いたことのない名だが、説明を読む限り、確かに地獄の食材としか思えない。
「鉄釘を鼻に打ち込むような刺激……、腐らせた豆……、糸を引く大豆……だと?」
彼は震える手で書状を持ち直し、思わず天を仰いだ。
「なんと恐ろしい……。魔女はこのような物を、笑顔で食らうというのか……」
ダビスの背筋に寒気が走った。だが同時に、胸の奥で確信が燃え上がる。
「やはり……やはり魔女は地獄の眷属・悪魔の使いよ。ジャドは良い仕事をしておるようだ。魔女が好むこれらの食材を食わせ続ければ、必ずや肉体は激変し、正体を現すことだろう……!」
ダビスは懐からラチェットを取り出し、ガラガラと鳴らした。
その音は、祈りというより勝利の鐘のようだった。
二日後、次の書状が届いた。
『ダビス様、私はどうやら魔女と、その参謀のマイラという女から信用を得ることができたようです。
この前お話した食材の内、すぐにでもできるナットウを作ることに成功したのです。
魔女の言うとおりに藁を熱湯で煮て、その中に茹でた大豆を入れて暖炉の側に一晩置くと、いくつか作ったウチの一つがナットウになったのです。
私にはどれも腐敗臭がしているようで、匂うだけで吐き気を催しましたが、魔女はその中の一つがナットウだと言って、これを食べたのです!
そして私やマイラにも勧めてきました。マイラは逃げましたが、私は彼女の信頼を得るためにそれを食べました。私はそれを食べたのです!』
ダビスは書状を読み終えると、震える手で口元を押さえた。
「食べた……? 地獄の腐敗豆を、ジャドが……?」
次の瞬間、彼はラチェットを取り出し、ガラガラと鳴らしながら床に転がった。
「ジャドよ……。なんと尊い犠牲を……! お前こそ神の戦士だ! 地獄の料理を食らい、魔女の信頼を勝ち取るとは!」
ダビスが涙流しながら転がり続けているのを心配した侍者が駆け付けて問うと、
「ワシの料理番をしていたジャドが、あのジャドが、魔女の信頼を得るためにナットウを食らったというのだ。地獄の食材をな……。腐敗して糸を引く地獄の食材をな……」
「なんと、あの小心者のジャドが……」
「そうだ。神への献身の為、一命をなげうつ覚悟でナットウを食べたのだ」
ダビスは涙を拭い、書状を胸に抱きしめた。
「ジャドよ……その勇気、必ずや神は見ておられる……。この調子で地獄の料理を作り、魔女に食わせ続けるのだぞ……!」
二日後、さらに驚くべき書状が届いた。
『ダビス様、魔女めが言っておりましたワサビの正体が分りました。
魔女がワサビの絵を描いたのです。
ある植物の根に当たる部分ですが、これは……、私が軍務に就いていた時、コルネア地方で当地の憲兵隊が工作員と思しき人間を拷問する道具に使っていた物に酷似しておりました。
これを少量、対象者の鼻に入れると、涙を流してもがき苦しみ、もう一度入れるそぶりをするだけで、知っていることを全部吐きました。
そういう恐ろしい薬草だったのです。このことを魔女に恐る恐る話すと、彼女は「それはワサビだ!」と言って大喜びし、さっそくコルネアから取り寄せると言い出したのです。
そして、そして、届き次第、私に寿司を作ってご馳走するといったのです。
ダビス様、その時が私の最後かもしれません』
ダビスは書状を読み終えた瞬間、手から落としそうになった。
「……拷問具だと? ワサビとは罪人を拷問するものだったのか……?」
彼の顔から血の気が引き、次の瞬間、逆に紅潮した。
「それを喜んで食べるというのか……、なんと恐ろしい!」
震える手でラチェットを取り出し、ガラガラと鳴らしながら床に転がった。
「やはり魔女は人ではなかったのだ。ああ、そんな化け物の城にワシはジャドを送り込んでしまった」
ダビスは書状を胸に抱きしめ、涙を流しながら叫んだ。
「ジャドよ……お前は誠、神の戦士だ……! その身を賭して地獄の料理を研究し、魔女に近づいておる! 神よどうかジャドの身をお守りください」
ジャドはついにワサビを食べるのか?
寿司はどうなる?
次号ご期待を!




