第四十話 外伝・導師・ダビスの陰謀
チグサ 16歳 この世界に転移して来た普通の女子高生。
転移特典で得た「反射」の呪文を使う。
マイラ 16歳 ダルーガ教と対立する、フーラ教徒が住むヤルケノ村の少女。
ボルク 23歳 マイラの兄 ヤルケノ村・防備隊長
導師・ダビス 46歳 モブリン西教会・副聖導師。
ジャド 34歳 ダビス専属の料理長
モブリン西教会の副聖導師・ダビスはイラだっていた。
彼は元々東の教会の聖導師で、格から言えば現在の上司・ベルモザよりも上の存在だった。
教区の人間の信頼も厚く戒律に厳しい彼は、あと数年もすれば聖都・大教会の執行官になるであろう言われていたものだ。それが現在は彼が忌み嫌う世俗的な考えを持ったベルモザの下に置かれている。
これというのも遠征軍が、『恥乱の魔女』率いるヤルケノ軍に敗れたことで、講和条約の条件としてモブリンの東半分をフーラ教徒に引き渡すことになったからだった。
そういうわけでダビスはベルモザの下で教区の指導をまかされることになったのだ。
ベルモザは、ダビスの戒律を何よりも重んじる指導を煙たがっており、彼に回って来る仕事は殆どが雑用だった。
今日も昨晩亡くなった富豪の葬儀を執り行うように命じられた。
「おのれ、ベルモザめがワシのような高位の者に、こんな汚れ(けがれ)仕事をさせよって!」
ギリギリと歯噛みをしたが、内紛を招くわけにもいかず、大人しく従う以外になかった。
それにしても一度大敗したくらいで諦めるズバルト猊下も情けない。ワシであれば三度でも四度でも兵を送り、少しずつ切り崩して最後まで追い詰めてやるのだが……。
と、思ったがダビスの権限ではズバルトに意見することなどできるはずもなかった。
屋敷に着くと、列席者と共にダルーガ・スネッペンを十数回繰り返し、棺を開け、ボホーラの巻物を添える。
遺 体はブクブクと太っていた。死を看取った医師の話では食べ過ぎによる発作だという。
ダルーガ教ではボホーラ法で飽食は恥ずべき行為として厳しく禁じている。
ついこの間まで、ダルーガの遠征軍はフーラ教と激しい戦いをして天に召された者も大勢いる。そんな中、この男は屋敷で大食していたのだ。
まさに神の怒りに触れたに違いない。
そんな男は地獄に落ちるべきだ。そう思って祈りの言葉の中に、天に導く推奨の言葉ではなく地獄に落ちる烙印を混ぜておいた。
しかし、神はどうしてこのような者の葬儀を私にさせたのだろう……。
こんな男の葬儀はベルモザが相応しいものを……。
そう思いながら棺のふたを閉じた時、彼の脳裏に電撃が走った。
違う。神はワシに重要なヒントを教えられたのだ!
それは『恥乱の魔女』を倒すことができる唯一の方法だった。
「おお、神よ感謝いたします」
ダビスは泣きながら何度もダルーガ・スネッペンを唱えてゴロゴロ転がった。
亡くなった男の親族友人も、泣かないといけないのかと思って、無理やり泣きながらダルーガ・スネッペンを唱えた。
教会に戻ったダビスは、さっそく自分専属の料理番・ジャドを呼び出した。
「ジャドよ。お前はワシに何度も創作料理の許可を求めておったな」
「ハイ、でも御導師様は、創作は悪魔の入れ智恵だ。伝統ある料理を寡黙に作るのが料理人の務めであるとおっしゃいましたので、創作はあきらめておりました」
「そうであったな。じゃが今日、神がワシに重大な指導をなされた。お前はこれから言う務めを果たした後、その制約から解放される」
ジャドは一瞬、言葉を失った。
創作を禁じられてきた年月が脳裏をよぎり、胸の奥がざわつく。
「それは本当でございますか……?」
「うむ。しかもこれが終われば、故郷に戻って店を開くがよい」
「わ、私が店を……ありがとうございます。で、その勤めとは?」
ジャドは期待に目を輝かせていた。
ダビスはその様子に満足げにうなずき、声を潜めた。
「あの『恥乱の魔女』に料理を作ってやるのだ」
「……は?」
ジャドは一瞬、聞き間違いかと思った。
「それは、何故でございまか? 魔女は導師様が最も憎む者では……」
「シッ、声が高い。これは完全に極秘事項である。魔女は異界の者。噂では、この世界の食事が口に合わぬらしい。ならば故郷の料理を与えてやればよい。欲望のままに食らい続けさすのよ。さすれば肉体が破綻し……魔女は死ぬ!」
ダビスの目は狂気じみた光を帯びていた。
「お前は天才だ。ワシは知っておる。伝統料理に縛られずとも、本来ならばもっと多くの料理を生み出せる男よ」
「そ、それは……光栄ですが……」
「魔女の故郷は地獄だ。お前は地獄の料理を再現してやるが良い。辛味、苦味、毒々しい色彩……お前ならできる。魔女が喜んで食らう料理を作り、食わせて食わせて、食わせ続けるのだ」
ジャドは困惑した。
何と恐ろしいことを考える御方であろうか……。
それにしても地獄の料理とは、どのような物なのだろう。
灰を食べるというのか。生き血を飲むのか……。
だが、長い間その料理を食べていなかった魔女は喜んで食べ続けるだろう。
そうやって死に導けば、魔女の呪いは効かない。
その役目を私がするのか? 本当にそんな恐ろしい料理を?
だが、ダビスの目は本気だった。
「もし魔女が例え死に至らなくとも、ブクブクと太って美貌を無くし、見にくい正体をさらけ出せば、フーラの者共も目を覚ますかもしれん。悪魔も崇拝する者がいなくなれば、力を失うというではないか。魔女とて同じだろう」
ジャドはその壮絶な様子を想像して青くなった。
「大変な使命であることは承知しておる。だが、神の勤めを果たせば、お前は自由だ。店で創作料理を提供することも許す。地獄の料理を作るのも味わうのもボホーラ法に触れることもあろうが、ワシの名で免罪符を出してやる」
ジャドは深く息を吸い、ゆっくりと頭を下げた。
「……承知いたしました。私の腕が、御導師様のお役に立つのであれば……」
「うむ。期待しておるぞ、ジャド。それからこれはワシの為ではなく神の為の大事な仕事だ。恥じることなく誇りをもって遂行するように」
そう言ってダビスは満足げにうなずいた。
その胸には、久しく感じたことのない高揚が満ちていた。
――神は、ついに私に道を示されたのだ。
ジャドはヤルケノ村のチグサの料理人になることに成功します。




