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第四話 ヤルケノのお風呂と家畜小屋

チグサ 16歳 この世界に転移して来た普通の女子高生。

       転移特典で得た「反射」の呪文を使う。

マイラ 16歳 ダルーガ教と対立する、フーラ教徒が住むヤルケノ村の少女。

ボルク 23歳 マイラの兄 ヤルケノ村・防備隊長 

 私が不用意な一言を放ったために、マイラはきつく唇を噛んで黙り込んだ。


 気まずくなって、私も胸が苦しくなった。


 けれど、彼女の感情の切り替えは驚くほど早かった。


「ごめんね。チグサは何にも悪くないのに不快な思いをさせちゃって……」


 すぐにいつもの笑顔を取り戻すと、私の手を引いた。


「チグサ、今日は色々あって疲れたでしょ。お風呂、行こっか!」


「えっ、この世界にもお風呂があるの?」


「あるよ! ヤルケノ村の共同浴場は、ちょっとした自慢の施設なんだから」


 彼女の明るい声に、私は少しだけホッとした。


 実は異世界に来てから、トイレとお風呂のことがずっと気になっていたのだ。


 この村にもトイレがあることは、来た直後に利用したから分かっていた。


 それは、だだっ広い空間に深い穴が掘られているだけの簡単なものだった。


 恐る恐る覗き込んだ穴の深さと、ピチャピチャという謎の音に、思わず一歩後ずさった記憶が蘇る。


 マイラの話では各家庭のトイレもだいたい同じらしい。


(落ちたら人生が終わるから、気を付けて利用しよう)


 今日は汗もたくさんかいたし、何より下水を通ったせいで、汚水がまだ体についている気がしてならない。


 小川と村の入り口の水場で泥こそ落としたものの、すっきりとは言えなかった。


 お風呂があるなら、ありがたいと私は思った。


(ヤルケノ村自慢の入浴施設って、一体どんなところだろう?)


 不安と期待を胸にマイラの後をついていくと、想像以上に立派な丸太小屋が見えてきた。


 そこからホカホカと気持ちよさそうに湯気を立てた村人が出てくるのを見て、私もいそいそとドアを開けようとした瞬間――、背後からマイラに強烈な羽交い締めにされた。


「チグサ、そっちは男風呂!!」


(あやうく私の異名に『痴女』の二文字が加わるところだった)


「女風呂はこっちだよ」


 手違いを免れて案内された女風呂は、先ほどの立派な丸太小屋とは打って変わり、今にも崩れそうな小さな掘っ立て小屋だった。隙間から頼りなく湯気が漏れ出している。


(たぶんこの世界では男女平等なんて考え方は通用しないんだろうね)


 中に入ると他にも利用者が数人がいて、焼かれた石の上に柄杓で水をかけていた。


 するとそこからジュワァッと蒸気が立ち上る。


「ゲホ、ゲホッ」


 私は思わずむせた。


「これ……サウナじゃん?」


 マイラはすでに腰巻一枚になっている。


(その腰巻は支給されてないんですけど……)


「チグサ、ここに座って。熱いけど気持ちいいよ」


 ちょっと恥ずかしいけど、私は服を脱ぎ、恐る恐る腰を下ろした。


 途端――、


「熱っ!」と跳ね上がった。


 石造りの長椅子は、誰も座っていない箇所が熱を帯びてかなりの温度になっていた。


 マイラは腰巻をして座るからいいけど、私は直だから熱いに決まっている。


「そういう時は、水をかけて冷ましてから座るんだよ」


(って、先に言いなさいよ)


「いや、これって修行かなにかなの……?」


 そう言うと、マイラは笑い転げた。


 ヤルケノ村のお風呂は、私が想像していた日本式のお風呂とはだいぶ違った。


 先客の女性たちが、ちらちらと私の方を見て、ひそひそと何か話していた。


「汗が出たら、この香草で体をこするの。ギューギューこすると泡が出て気持ちいいのよ」


「石鹸……みたいなものかな?」


「セッケンって?」


「ああ、いいの。こっちの話……」


「匂いもいいでしょ? 虫よけにもなるんだよ」


(確かに、香草からは森の香りがして悪くない。って、虫よけ? 私、蚊とか苦手なんだけど。この世界に殺虫剤はあるんだろうか)


 ともあれ、私は草で腕をこすりながら、日本の温泉を思い出していた。


(大浴場とまではいわないけれど、お湯をためられる小さなバスタブでもあればなあ……)


 異世界転生もののラノベのヒロインの定番みたいに、日本式のお風呂をいつか広めたい。


(よし、いつか絶対、この村に日本式の大浴場を作ってやろう)


 私には一つ目標ができた。


 でも……、蒸気に包まれていると、だんだん体が軽くなっていく気がした。これはこれでいいかもしれない。


「チグサ、顔がとろけてるよ」


「気持ちいい……」


「でしょう?」


マイラが嬉しそうに笑った。


(ヤルケノ村も住んでみたら、結構いいかも……)


 蒸し小屋を出ると、風がひんやりして気持ちよかった。


「チグサ、黒髪がきれいだね。光ってる」


「え、ほんと?」


「うん。フーラの女の子みたいだよ」


 その言葉がなんだかうれしかった。


 翌日はマイラに連れられて村の中を色々案内してもらった。


 城壁の中は意外と広く、門の前には広場があり、


 大通りに沿って、村長の大きな家の他、村人の住居である丸太小屋が立ち並び、

 そこから小道に沿って、少し小さな丸太小屋が整然と並んでいた。


 この村でも富裕層とそうでない人たちもいるのかもしれない。


 道端には 飼育されていると思われる鶏みたいなのがいた。私が知っている普通の鶏よりだいぶ小さくて、大きめのウズラという感じだった。


 鳥の名前はポポポというそうだ。


 家畜小屋もあって、そこには牛ほどある巨大なロバが飼われていた。


「馬じゃなくてロバ? しかもすっごく大きい!」


 と驚くとマイラは、『何を驚いてんの? 普通じゃん』という顔をして、


「ボンボラ。見たことないの? 乗れるんだよ。女は禁止されてるけど」


 と言った。色々女性に対する差別がキツイ。


 他には、丸々と太った巨大なタヌキのような生き物もいた。


「これはなんていう動物なの?」


 と聞くとマイラは「ギガド・バルゴン」と答えた。


(ポポポとかポンポラとかいう名前から、この世界の動物には、かわいい名前ばっかり付けられていると思ってたのにこいつだけ凄い名前なんですけど!)


「これもしかして食用?」


 尋ねると、マイラは少し悲しそうに視線を落とした。


「ミルクが出なくなったらね……」


 どうやら貴重な乳用家畜らしい。


 この世界にいる動物たちは、どれも私の前世の記憶とは微妙に異なっている。


 もしかすると人間も別の進化をたどってきたのかとも考えたが、人間は同じに見える。


 家畜は異なる品種改良がされたんだろう。


「明日、チグサのために村長が歓迎晩さん会を開いてくれるんだって。ご馳走がいっぱいでるよ!」

 と、マイラがうれしそうに言った。


 そういえば、これまで食事は小麦を焼いた固いパンと卵サラダみたいなものばかりだった。


 この世界のご馳走ってどんなものなんだろう。楽しみになってきた。


チグサのために村長が用意してくれた晩餐会。

一体どんな料理が出てくるんでしょうか?

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