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≪第七部≫ウンディーネは深更に満ちる ーカラマーゾフ編ー  作者: 咲佐きさ


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第七話

 午後2時くらいに僕らは台本をもってロレンツォ君の部屋を訪ね、ぴょんぴょん跳ねるみたいに燥ぐ彼に客間に通され、そこで読み合わせを行った。

 長椅子に掛けたセデュの隣にぴったり陣取ったロレンツォ君が台本じゃなくてセデュの顔ばかりうっとり眺めているのも、向かい合った僕に一瞥もくれないのも、わかっちゃいたけど、やっぱり彼の恋心が露骨すぎて、なんだか、居心地が悪い…。セデュはなんでもないふうに振舞っているけど、女優さんを相手にしているときみたいな、一定の距離をとるようなこともなくて、なんか、無防備だ。男の子が相手だから油断してるのか、それとも、…こういう子も、セデュの好みのタイプだったり、するのかな。だから、しなだれかかるみたいにされても、悪い気がしないとか? …。

「セデュイール様、ここの発音なんですけどお…」

 舌っ足らずな声で甘えかかる美少年に鷹揚に応えているセデュは淡々としていて、べつにそんな、オスの顔をしてないことがせめてもの救いだ。…嫌だな、なんだか僕だけひとりで悶々として、全然集中できない。

「ルーシュお兄様の番ですよお、今どこ読んでるかわかります?」

「え、わ、ごめん、ちょっとまってね…」

「135ページだ、ルー、頭から」

 わたわたとページを繰って該当の箇所を見つけ、ぼそぼそと呟く僕にロレンツォ君が困惑したような目を向ける。うう、僕がド素人の大根だってことはよくわかってるから、その可哀想なものを見るみたいな目はやめてほしい…。

「ルーシュお兄様、もっと自信もって声張らないと、音声さんが泣きますよお。大きい声出せば大体なんとかなりますから!」

 不甲斐ない僕に励ましの言葉までかけてくれる。うん、いい子だな…。この子を疑いの目で見たりして、僕は自分が情けないや…。

 部屋のチャイムが鳴って、ぱたぱたと応対に出たロレンツォ君はすぐに引き返してきて、セデュのマネージャーのバロットが来ていると告げた。何か打ち合わせがあるのだろう、一旦席を外すことになったセデュはロレンツォ君と僕に丁重に断りを述べてから部屋を出て行った。残された僕は台本に目を落とし、続きからまた本読みを開始して、――ちっとも応答しないロレンツォ君を見上げた。

 ばっちり目が合う。黒い瞳は好奇心にきらきらして、僕をじっと見てる。なんだろう、さっきまでとはまた雰囲気が、変わったような…?

「ルーシュお兄様はア、セデュイール様とはどういったご関係なんですかあ?」

「ど、どう…?」

「ご友人だって伺いましたけど。ホントにそれだけですかあ? 飛行機も一緒で、お昼も一緒で、オフの日も一緒にいて…」

「友人、だよ。セデュとは、子供のときからの付き合いで…」

「そうなんですか!? ワアすごいなあ、羨ましいや」

「そ、それほどでも…? 君こそ、セデュとは長い付き合いなんだろう? 共演もしたことあるみたいだし…」

「これで2回目ですよー。ボク、子役のときからこの業界にいるんで。セデュイール様より芸歴長いんですよ、実は。へへ」

「そうなんだ。すごいねえ、若いのに…」

「そうなんですう。だから今回も、グルーシェニカ役、狙ってたんですよお。セデュイール様とのラブシーンなんて、他の映画じゃ絶対演じられないですし」

「…君はその、男の人が好きな子、なのかな…? こんなこと聞いて、気を悪くしたらごめんだけど…」

「セデュイール様はボクの初恋の人ですから! 女の人も好きですけどお、あれだけの美貌なら男も女も関係ないって言うかア…」

「…君の気持ちはよくわかるけどね…」

「だから気になってたんですよねえ。ルーシュお兄様はア、ゼン監督に取り入って役をゲットしたって専らの噂ですしい」

「…え、」

「だっておかしくないですか? 演技経験のない素人にこんな重要な役! 監督と繋がってるとしか思えませんもん。監督はア、薄幸そうな美少年がお好きなんですよお。監督の愛人の、ブロンドの病弱そうな男の子、ボク何人も知ってますしい」

「……」

「だから心配、だったんですよねえ、セデュイール様まで誘惑されてたらどうしようかなーって」

「…僕はそんなことしないよ。監督の愛人でもないし…」

「話半分に受け止めておきますね。役は貴方に獲られちゃったけど、セデュイール様は渡しませんから♡」

 にっこりと満面の笑顔でロレンツォ君は僕に、堂々宣戦布告した。

 


 バロットと簡単な今後の打ち合わせを終え部屋に戻ると、沈黙の客間ではルーとロレンツォが見つめ合っていた。困惑したようなルーの目線が私に向けられる。その白皙がひどく青褪めているのが気にかかる。テーブルに置いたままの台本を取り上げ、扉に背を向けるようにしていた傍らのロレンツォの表情を窺うと、邪気のない笑顔を浮かべていた。…留守にしていた間に、一体何があったのだろう。

「ルー、顔色が悪いな。大丈夫か」

「え、あ、うん…ちょっとつかれた、かも…」

「えールーシュお兄様平気ですかア!? たいへん、お休みになった方がいいですよお!」

「…部屋に戻ろう、ロレンツォ、また明日撮影現場で…」

「えーお兄様ひとりでお部屋に帰れますよね? ボクまだセデュイール様と相談したいことがあってえ…」

 頑是ない幼子の顔をしたロレンツォが私の腕を引き寄せ上目遣いで強請る。きらきらとした瞳は子供時代のルーを思い出させ、ひどく懐かしい気分にさせる。だが、表情をなくしたまま見つめてくる現在のルーの瞳がすぐ近くにあり、その温度のなさに何か異様なものを感じて、私は少年の手をそっと外した。

「今日はこれで失礼するよ。到着したばかりで、荷解きもまだだった。ルー、行こう」

「そういうことなら、しょーがないですねえ」

「僕、ひとりで戻れるけど…」

「部屋まで送る。では、また明日」

「はいはーい。ルーシュお兄様、ごゆっくり休んでくださいね!」

 二人分の台本を持ってルーの腕を抱えるようにして立たせ、部屋を出る。

 ロレンツォは廊下まで私たちを見送りに出、エレベーターに乗るまで手を振っていた。



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