第四十九話
「やっと本性を現しやがったな、色男!」
馬乗りになって腕を振り上げるセデュに、まるで別人みたいな、ミーチャが乗り移ったみたいなセデュに、マルセルが呼びかけて笑う。燃える火の玉みたいになったセデュはまたマルセルを殴る。ぺっと血の混じる唾を吐いたマルセルはセデュの胸倉に掴みかかり、反撃する。彼らが揉みあい、もみくちゃになるたび、テーブルが引き倒されてガッシャン、パリンとグラスや酒瓶が割れる。
「リーヴェを好き放題、弄びやがって、このセックス依存症の、サディストが!」
「黙れ悪党、こんな場所でことに及んで、ルーを貶めているのが分からないのか」
「それでお前は、陰でコソコソ、リーヴェを甚振っていたってわけかい。あいつが自分の頭で考えられないように洗脳して、依存させて!」
周りの男の人たちはさっきと同じように、囃し立てている。監督も腕組みしたままにやにや見てる。ロレンツォ君は、鼻白んだような顔をしてくるりとどこかに行ってしまった。誰も彼らを止める気はなさそうで、めまいがしてくる。乱暴に扱われたセデュの拳は腫れて真っ赤になってる。人を殴ったことなんて、お芝居の中でしかないようなあいつなのに。顔や体をめちゃくちゃに殴られて、殴りかえして、血を流して、傷を負って…。
「恋人ならルーの幸せを一番に考えろ、それができないなら俺はお前を認めない」
「父親面するなよ、5歳のコドモに欲情するような変態が!」
「お前のような卑劣な色魔が、ルーを大切になどできるわけがなかったな」
「俺が色魔だって? あの晩のことを言ってるのかい? 俺にしゃぶられて、気持ちよさそうに喘いでたっけなア。あの頃のお前はよかったよ。可愛げがあった。今じゃあ淫乱な下種野郎になり下がっちまったがな!」
あんなに強く殴られて、痕になったらどうしよう。骨折したら? 後遺症を負ったら? 僕は慌てて周囲を見回し、氷が一杯入ったシャンパンバケツに飛びつく。シャンパンを放り棄てて重いバケツを抱え、揉みあう二人にそいつを浴びせて、とりあえず冷静になってもらおうと思って、駆け出して、どうにも格好のつかない僕は、途中ですっ転んで、床に氷をぶちまけた。
ガッシャンと物凄い音がして、歓声がピタリと止まる。両手が塞がっていたせいで強か顔面をぶっつけた僕は床に蹲る。額と鼻がいてえ。なんかぬるぬるする。鼻血出てきたかも。でも喧嘩は止まったみたいだ。よかった…。
「ルー!」
引きちぎられボタンの飛んだシャツをそのまま、セデュが僕に駆け寄る。腕を掴んでぐいと助け起こされ、心配そうに揺れる瞳が近くて、どきんと心臓が跳ねる。
セデュの頬は赤く腫れ、口端は切れて血が滲んでる。どくどくと鼓動が早まる。また君の傷が増えてしまった。僕のせいで、また…。
「頭を打ったのか、立てるか、気分は悪くないか? 足を挫いてはいないか、ルー、…」
「ごめん、ごめんね、きみにばっかり、いっつも…」
「監督、ルーを病院に連れて行きます。私はここで失礼します」
てきぱきと監督に伝え了承を捥ぎ取り、僕を立たせた君は僕に手を貸して歩き出す。君の方がよっぽど、治療が必要そうな怪我なのに、そんなのちっとも考えてないみたいに。
歩き出すと、ぐしょ濡れになった僕のズボンからぽたぽたと雫が滴り、足跡が点々と床に落ちた。
「車を呼びました、乗ってください」
会場の外にはマチウが、タクシーのドアを開いて待ち受けていた。
僕を先に乗せ、躊躇うセデュの手を僕は引く。
「一緒にきて、きみも診てもらわなきゃ」
「私はいい」
「だめだよ、ぼくより酷い怪我してるんだから」
「タオルと着替え借りてきました。そんなずぶ濡れじゃあ風邪ひきますよ、ルーシュミネさん。あんた身体弱いんだから。車の中で着替えられます?」
遅れてタオルとウエイターさんの制服を持ったバロットが駆け寄る。ひとまずタクシーには待ってもらって、控室みたいなところで着替えさせてもらう。マルセルも病院に行った方がいいような怪我だったけど、セデュと一緒に行くのは嫌なのか、会場から出てくることはなかった。
紫紺のジャケットを脱いでシャツのボタンを外して、ズボンも全部脱ぎ捨てる。下着はさすがに替えがないからそのままで、ウエイターさんの白シャツと黒ズボンを身に着ける。こいつはあとでクリーニングして返さないとな。アイロンがキチンとあてられた、かっちりした服装は、病院に行くには不釣り合いだけど仕方ない。
「いいよ、いこう」
タクシーの後部座席に僕とセデュとマチウが乗って、助手席にバロットを乗せ、タクシーは夜の街を走り出す。セデュが入院していた病院まで。




