第四十七話
「やつをご覧なさい。真夜中に酒くらって、ふしだらな女といちゃついて、父親は血まみれだというのに…悪夢ですよ、悪夢だ!」
セデュを責める声がする。厳然として、傲然として、間違ったことなんかひとつもしたことのないような、決めつけるような調子で。
どやどやと旅籠屋に乗り込んできた、しかつめらしい男たちを僕は茫然と眺める。僕の隣にいるミーチャも同じだ。ぼんやりと、夢からたたき起こされたひとの目で、不思議そうに彼らを見つめる。
「フョードル・カラマーゾフ殺害の容疑」がかけられている、と言って、ミーチャは拘束される。言い分はなにひとつ聞き入れられない。
僕のせいだ。僕のせいで、君の心証が著しく悪くなっているんだ。僕が汚らわしい淫売だから、君まで悪く言われるんだ。今までずっとそうだった。僕がだらしのない、ろくでなしだから。君はなんにも悪くないのに。
「わたしのせいです、わたしが彼を苦しめたせいです。わたしが悪いんです、全部わたしが原因です!」
跪いて叫ぶ僕を汚いものでも見るように睨みつけ、権威ある警察署長が吐き捨てる。
――おまえが悪い、凶暴で自堕落な女、一番悪いのはお前だ――
「私も一緒に裁いてください、このひととなら、たとえ死刑でも喜んで受けます!」
「グルーシェニカ、俺の命、俺の血、俺の宝!」
セデュが叫んで跪き、僕の手を握りしめる。ぼんやりと滲んだ視界に、君の顔が映る。
「この人の言うことは信じないでください。彼女は何も悪くない、一切、何の罪もないんです!」
男たちが群がり寄せて僕たちを捥ぎ離す。力づくで引き摺られていくミーチャを、僕はなすすべなく見送る。
「わたしはあなたと一緒にいる、あなたをひとりぼっちにしない、一生あなたについていく!」
僕は絶叫して、その場に泣き崩れる。カットの声がかかっても僕は動けない。がやがやと話す声が遠くに聞こえる。立ち上がれない僕はただそれを聞く。零れた酒がシミをつくる床に蹲り、ぼたぼたと落ちる涙を止められないままで。セデュは離れて行ってしまった。もう僕のところには戻ってこない。わかってる。そんなのもうわかってる。
それでもいいって僕がきめたんだ。僕はセデュを愛し続ける。ひとりぼっちでもいい。君の心に誰が住んでいてもいい。
早く泣き止め、舞台から降りろ。みっともない。バカみたい。ドレスの裾が雑巾みたいに汚れてる。まるで僕の魂みたい。ぐちゃぐちゃのどろどろに汚れて、捨てられて、潰れた喉では君の名前も叫べない。それでもいいんだ。君の名を呼べなくなっても、僕は君のものだ。ずっと昔から、きっと、死ぬまで。
「ルー、…だいじょうぶか」
ほら、子供みたいにしゃくりあげる僕を見かねて、君がやってきた。君はお人好しで、親切で、誰にでも優しいから。
「だいじょうぶ、だから、ほっといて」
ごしごし目を擦るとマスカラがべっとりと手に付く。またメイクさんを困らせちゃうな。化粧が落ちて、たぶんバケモノみたいな顔になってることだろう。いやだな、セデュに見られたくないな、きみはべつに気にしないだろうけど、ぼくの顔がドロドロでも、ふーんって感じだろうけど。
「立てるか、手を貸しなさい、ゆっくりでいい…」
抱き寄せるみたいに近くできみが囁く。その声を耳に吹き込まれるだけでぼくは、びりびり痺れたみたいになる。顔に熱が集まっていくのを感じる。ドロドロで、たぶん真っ赤に染まった顔を隠しながら、ぼくは立ち上がる。よろけるときみが支えてくれる。そのまま、気遣うような掌がぼくの背中を撫でて、また涙があふれ出す。
「はなして、もうへいきだから…」
「レヴォネさん、こちらにお願いします」
スタッフさんの急いたような声に呼ばれて、君は僕から離れて行った。僕は君に顔を見られなかったことにほっとして、くるりと踵を返す。撮影は順調だ。あと数日で、僕の役目も終わるだろう。
――お別れの日が、ちょっとずつ近づいている。




