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≪第七部≫ウンディーネは深更に満ちる ーカラマーゾフ編ー  作者: 咲佐きさ


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第四十二話

 カメラを倒したのは、ちょっとした悪戯心だった。悪意なんてない、ルーシュお兄様を、ちょっと驚かせて、怖がらせたかっただけ。

 まさかルーシュお兄様が、あんなに鈍臭いと思わなかったし、セデュイール様にケガを負わせるつもりなんて毛頭なかった。

 でも実際現場はめちゃくちゃになっちゃって、セデュイール様は病院に緊急搬送されて、庇われたルーシュお兄様はまったくの無傷で。なんでこうなっちゃうんだろう、ボクの行動が、全部裏目に出ちゃってる。

 ボクはセデュイール様の病院まで付き添って、処置が終わるまで病室で待つ。細かい破片が飛び散ってそれがむき出しの地肌を傷つけたらしい。頭とか首とか、だいじなところばかり。セデュイール様にもしものことがあったらって考えると、ボクはじっとしていられない。ルーシュお兄様が身代わりになればよかったのに! セデュイール様に庇われて、どこにも怪我しなくて、ピンピンしてるなんて、納得がいかない! 男の人たちを惑わせる悪魔みたいなひとなのに! ボクは天罰を下してやっただけなんだ、神様があのひとを放置してるから! ボクは悪くない、全部お兄様が悪いんだ…。

 数時間後、セデュイール様は頭とか首とかに包帯を巻かれた状態で、部屋に戻ってきた。自分の脚で歩いて。付き添いもとくにいないから、そこまで重篤な症状ではなかったみたいだ。ボクはひとまず安堵する。

「セデュイール様あ、タイヘンでしたねえ。大丈夫ですかあ? まさかあんな事故が起こるなんてえ…」

 ベッドに腰かけた彼に近づいて猫撫で声で話しかける。ボクの積極的な好意をつっぱねたセデュイール様だけど、弱ってるときに、こういうふうにしな垂れかかられたら、気持ちが動いちゃうってこともあるかもしれないし。ボクはまだ諦めていないのだ。諦められるわけない。あんなひとにセデュイール様を奪われたくないもの!

「ボク心配でえ、具合はどうなんですかあ? 治るまでどれくらいかかるんですう?」

「1週間程度で退院できるそうだ。そこまで深い傷ではなかったから、問題ない」

「でもでもお、やっぱり心配ですよお、ボク付き添っちゃダメですかあ? 撮影も終わったし、セデュイール様の看病、したいんですう。少しでもお役に立てたら、嬉しいなって思ってえ…」

「ライトを倒したのは君だろう」

 冷然と告げられてボクは息を止める。

 セデュイール様はじっとボクを見ている。責めるような色は、その瞳には見えない。ただ事実を確認しているだけの、淡々とした眼差しだ。

 だからこそ一層、冷酷に感じられる。彼はボクのことを、まるで虫かなにかみたいに、感情の乗らない目で見つめている。地面を這う蟻とか、カマキリにでもなったみたいな気分になる。

「…な、なんで、そんなこと言うんですかあ…ボク…そんな…」

「狙いはルーか。これまでも同じようなことをしていたのか?」

「し、してないですよお。そんなのするわけないじゃないですかあ! ルーシュお兄様が何か言ったんですかあ!? 信じないでくださいよお、あのひとすーぐ嘘吐くんだからあ…」

「――弁明は終いか」

「セデュイール様あ、やだ、そんなめで見ないでくださいよお…ボクが何したって言うんです!? 誤解ですよ、ぜんぶ、あのひとの自作自演なんだ! あなた騙されてるんですよお、ルーシュお兄様は、あなたのマネージャーにまで手を出すようなわっるい人なんですよお!? どっちを信じるべきかなんて、自明じゃないですかあ!」

 ボクが言葉を重ねるたびに、セデュイール様の瞳の奥に何かが蓄積していく。これは、怒りだろうか。ボクは混乱して、どうしたらいいかわからなくなって、お兄様の悪行をとにかく全部、詳らかにしてやらないとって思って、セデュイール様の怒りの矛先を、お兄様に向けさせないとって思って、喋り続ける。もう自分でも止められない。こんなことは初めてだ。

 ――セデュイール様が、怖い。

「監督も、マルセル様も、あなたも、みんな騙されてるんだ、芝居できないのも嘘で、ボクをバカにして! みんなに良い顔して、色目使って、自分勝手で、ワガママで! 男の人がみんな自分を見てないと気が済まないようなひとなんだ、きっと今頃、マルセル様の腕の中であなたを嘲笑ってますよ、身を挺してまで庇って怪我をして、なんの見返りもないのに、バカなやつだって――」

「君の言葉はなにひとつ信じられない。もう無駄口を叩くのは辞めることだ」

「な、そ、そんなひどいこと、なんで…」

「ルーが無傷だったのが幸いしたな、君を訴えることはしないでおく。だが私は君を許さない、一生」

「…」

「帰ってくれ、君の顔など見たくない」

 何かを抑え込むような低い声で言われて背筋が凍る。みるみる涙が溢れ出す。身体の震えが止まらない。冷たいセデュイール様の瞳をそれ以上見ていられなくなって、ボクは彼の膝に突っ伏して泣く。大声で泣き喚く。映画でよくある、悲劇のヒロインみたいに。そうしていれば彼の心の氷が解けて、ボクを許してくれるんじゃないかって思って。

 セデュイール様はボクを振り落とすことはしなかったけど、ボクに触れてはくれなかった。

 ボクが泣き止んで病室を飛び出すまで、ずっと、冷ややかな顔でボクを見ていた。

 最悪だ。みんなみんな、ルーシュお兄様のせいだ。ボクはひとつも悪くないのに。

 ただ、セデュイール様に、愛されたかっただけなのに。




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