第三話
扉を開けると、フラッシュの嵐が僕を襲う。眩しくて、目が開けていられない。
「ムッシュ・リーヴェ、薬物使用の報道が出ていたようですが、何かコメントはありますか?」
「3人以上の女性との乱交パーティーが常態化していたそうですが、事実でしょうか?」
「ギャンブルで1万フラン、スッたそうですね。現在の借金の額はいくらで?」
「あなたはまだ未成年ですよね? 幾多の女性たちとの爛れた関係について一言いただけますか?」
「毎晩のように遊び歩いて、作曲もゴーストライターに書かせていると報道されましたが」
「ムッシュ・リーヴェ、逃げずにお答えください」
「お答えください」
「お答えください」
「お答えください」
「――ムッシュ・レヴォネを堕落させたことについて、コメントをどうぞ」
ぱちりと瞼を開く。ここは寝室で、モスリンのカーテンの隙間から鮮やかな日差しが射しこんでいる。
セデュの姿はない。ベッドサイドの時計を覗き込むと、針は11時を指していた。
昨晩も遅くまでむにゃむにゃしていたせいで、ひどく身体が怠い。顎も痺れてる。あんまり口でするのが得意じゃない僕はセデュを満足させられなくて、結局、また突っ込んでもらったんだった。
なんだかセデュは苦しそうに眉を顰めていたけど、僕からの懇願には逆らえないんだ。とくにベッドの上ではね。
――退院してから、僕は屋敷の外には出ていない。もう何週間も部屋にこもって、昼は作曲して、夜はセデュに抱いてもらって、毎日毎日、その繰り返しだ。
セデュと離れていると不安で、ぞわぞわして、どうしようもないんだ。身体の奥にセデュの熱を感じて、汗みずくで抱き合っている時だけ、僕は安心できる。
こんなの異常だって、わかってるけど。マチウが僕を心配するのも当然だ。僕のだらしなさのせいで、たぶんセデュにも、負担をかけてる。
セデュが僕の身体に飽きて、抱きたくないって言われたら、今の僕はもう立ち直れない。死んじゃいたいって思ってしまう。
こんなの不健康で、病的で、狂ってる。
セデュから離れたら生きていけないなんて、重すぎて吐きそうだ。僕だったら絶対、こんなやばいヤツからは尻尾巻いて逃げ出す。二度と会わなくてすむように手を打つと思う。セデュだって、いつかはそうなるかもしれない。僕の本性を知ったら、嫌気が差して、逃げたくなるかも。
…だから僕は、オファーを受けたんだ。ここから踏み出すきっかけがないと、僕はこのままずるずる、どこまでも沈み込んでしまうだろうから。
オファーを受けたのが、正解だったのかどうか、僕にはわからない。やっぱり不安もあるし、マチウの言うように、そんなに簡単に全部うまくいくなんて到底思えない。
でも、今のままじゃダメなんだって、それだけは確かだから。
新しいことをはじめたら、僕はすこしは、変われるだろうか。
それから2週間後、マチウが再び屋敷を訪れた。蝋で固めたみたいな笑顔が引き攣ってる。なんだか嫌な予感がした僕はとりあえず彼を客間に通して、まじまじと向き合った。
「…ムッシュ・リーヴェ、良いニュースと悪いニュース、どちらが先に聞きたいですか」
「いきなり何? 怖いんだけど…」
大理石のテーブルに組んだ腕を置いて、ソファに沈み込んだマチウがまた笑う。分厚い黒縁眼鏡にシャンデリアの光が反射して、目がよく見えない。なんだかロボットでも相手にしているみたいで僕はぞっとしつつ、
「…じゃあ、良いニュースから…」
と促した。
「脚本が完成したので、お持ちしました。来週には衣装合わせが開始します。撮影はまだ先ですが、ロケ場所は決定しました。ウィーン近郊の修道院だそうです。ソビエトでの撮影はやはり難しかったようですねえ」
黒革のカバンからずっしりとした厚みの本を取り出したマチウがそれをこちらに渡して寄越す。表題には堂々たるタイトルの監督の名前。脚本もどうやら監督自らが書き下ろしたものらしい。
ぱらぱらと何の気なしに捲って、斜め読みして、…僕は、最後のページまで行きついてからぱたりと本を閉じた。
「…ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「はい」
「カラマーゾフ、なんだよね? 僕の役は三男のアリョーシャ、で合ってるよね?」
「はい」
「法廷劇にしたのは理解できるよ。あの長い原作を2時間ちょいに治めるにはいいアイデアだと思う。僕は映画のことはよくわかんないけど…本としては面白いとおもう」
「はい」
「でもなんでアリョーシャが同性愛者ってことになってるの? 特に脈絡もなく唐突に! しかも兄であるミーチャを恋い慕っているってさ、ドストエフスキーガチ勢に怒られないかなあ!?」
「はい…」
「あと僕の目が節穴でないなら、その、グルーシェニカの欄に僕の名前があるんだけど!?」
「はい…いわゆる一人二役というやつですね…」
「監督は狂人なの!? こちとら演技初めてのド素人だぞ!? しかも女役って! どういう思考回路してたらそんなことになるのさ!?」
「昔、シェイクスピアの時代には女性の代わりに少年が女役を務めていたと言いますからね…監督はそういった趣向で今回の映画を撮るつもりらしく…」
「舞台ならまだしもだよ!? 映画なんだろ!? 無理があるってーそれは!! 気色悪いことになるってえ!!」
「…じつは、先方としては断られる前提でのダメ元オファーだったらしくですね…こちらが快諾したので、興に乗った監督が脚本を全編書き直されたとのことで…」
「重い! 荷が重すぎる!! アテ書きってことだろそれー!? もう断れないじゃないかー!!」
「はい…ですから…頑張りましょうね! ムッシュ・リーヴェ!」
ガッツポーズで励ますマチウが白々しい。まあさすがに、著名な監督がここまでの激・ヤバ人間だとは知らなかったのだろうから、彼を責めるのもお門違いだけど…。
「…ねえセデュ、脚本おぼえるの、てつだってくれない…?」
「……」
半泣きの僕は帰宅したばかりのセデュにまた、縋りつくのだった。いっつもおんなじようなことしてるな、僕…。




