第二十八話
ああもう、なんなのあのひと!? 信じらんない、信じらんない、信じらんない! 絶対わざとだ。絶対わざとNG出して、何回も何回もセデュイール様と抱き合ってるんだ。本当は芝居できるくせにできないふりして、何も知りませーんって顔して、ちゃっかり監督や共演者に媚び売って! 監督に、マルセル様に、セデュイール様でしょ、もう、三股じゃないか! びっくりだよ! ボクはセデュイール様一筋なのに!
むかつくからお兄様のサンダルに画鋲を仕込んじゃおう。せいぜい怪我して思い知ればいいんだ、あなたみたいなのがいると現場が混乱して、みーんな困ってるんだって!
どうして監督もセデュイール様も、あんなひとがいいんだろう。監督はともかく、ボクがこれだけ押してるのに、セデュイール様はちっとも振り向いてくれない。ボクの押しがまだ弱いのかな? もっと思い切った色仕掛けが必要ってこと? でもあんまり下品なのは、きっと、お嫌いだと思うしなア。
あーもー、ムシャクシャする! お兄様のサンダルを掴んで、ばしばし叩きつける。なんとかしてあのひとを追い出す方法はないかな。撮影が進んでるのはもう仕方ないとして、なんとかグルーシェニカのこれからの出番を削らせて、ドミートリーとカテリーナとイワンの三角関係を物語の主軸に据えてもらえないかな! だってヒロインが淫売なんてあんまりでしょう? 高潔な令嬢であるカテリーナ、つまりボクこそが、この作品のヒロインに相応しいと思うんだけど!
ちょっと監督に相談してみようかな。監督はゲイだって言うから、ボクがちょっと誘い出したら案外簡単にその気になっちゃうかも。ご高齢の監督に身を任せるのはあんまり気が進まないから、危なくなったら逃げ出そう。お兄様と同じような手を使うのはシャクに障るけど、先にやったのはあっちなんだし。ボクはお兄様に対抗してるだけなんだから!
お兄様の楽屋から飛び出したところで、マルセル様とぶつかる。長身のマルセル様が驚いた目をしてボクを見て、ボクが飛び出してきた楽屋の方に目線を向ける。
「どうしたロレンツォ。まだ撮影終わってないだろう? リーヴェの楽屋で何してた?」
「なんでもないですよー。ちょっとお兄様に相談したいことがあってえ、待ってたんですけど、なかなか来ないからあ」
「ふーん、そう…あいつらはまだラブシーンの撮影中だけど」
「おっっそいですねえ、どれだけNG出しまくってるんだろー。マルセル様も面白くないんじゃありません? ルーシュお兄様を獲られちゃうみたいで…」
「…リーヴェはべつに、俺のものってわけじゃないからな」
「ええ? あんなにベタベタしてて、まだそんなこと言ってるんですかあ? しっかりしてくださいよお。マルセル様がそんな体たらくじゃあ、セデュイール様がまたあのひとに誘惑されちゃう! 今度のラブシーンも、絶対それが目的なんですよお。だからあんなに何回も何回も何回も…」
「…それでお前も気が気じゃないってわけか」
「マルセル様も気持ちは同じでしょ? ボクの恋を応援してくださいよお、ルーシュお兄様はあなたがさっさとモノにしちゃって、他の男に目移りできないくらい、夢中にさせてあげてください!」
ボクが昂然と言い放つと、マルセル様は苦笑いだ。なんだろう、マルセル様は撮影初日からルーシュお兄様を狙ってたはずなのに(ボクのこの手のカンは鋭いんだから間違いない)、未だに手を拱いてるなんて、おかしくない?
…ルーシュお兄様は手の付けようもない淫乱で、マルセル様ととっくに関係をもっておきながら、監督とも寝てるしセデュイール様にも色目使ってるってこと、なのかな? うわあ、ますます許せなくなってきたぞ。なんなんだあのひと。
撮影現場に平気でキスマーク付けてきたりするし(それも二回も!)、セデュイール様やマルセル様と同じシーンでは台詞をとちりまくって、しょうがないよねー、初心者だからねーってヨシヨシされ待ちなのがみえみえだし、ボクとの共演だと今度は完璧に演技してみせて「ふーん君、芸歴長いのにそんな芝居なの?(笑)」って態度だし!
もう、画鋲や拳銃なんかじゃ飽き足らない。もーっと特大のイヤガラセをしてやる。「畑違いの場所に乱入して、現場を乱してごめんなさーい」ってお兄様が泣いて逃げ出すくらいの、ものすっごいのを!
「あんまりリーヴェをいじめてやるなよ、あいつに悪気はないんだし」
「マルセル様はあのひとにメロメロだからそう思うんですよね! でもボクからしたら、あざとすぎてゲーって感じですけど!」
「お前がそれを言うか…」
「それにもしお兄様が傷ついたら、マルセル様が慰めてあげればいいじゃないですかあ。絶好のチャンスでしょ?」
「…まあそうだな、確かに」
何度か共演経験のあるマルセル様の女癖…男癖…、…手癖の悪さはボクはよく知ってる。泣かされた女の人とか、男の子の姿もたくさん見てきた。だからルーシュお兄様も、そうなればいいって思う。役者の世界に無知のまま、何の苦労もしないで飛び込んできた罰が当たればいい。だからとっととお兄様を夢中にさせて、離れられないってくらいに依存させて、ぽいっと捨てちゃってくださいよ!
…あでも、捨てるのはこの現場が終わってからで! 傷心のお兄様がセデュイール様にコナ掛けに来ないとも限りませんし!
「同盟を組みましょ、マルセル様。お互い、利害が一致してる同士ってことで!」
「大げさだなあ。それより撮影を見に行ってくれば? 珍しいセデュイールが見られるぜ。俺も吃驚した」
「嫌ですよ、あのふたりのラブシーンなんて。マルセル様も見ていられなくなって出てきたんじゃないんですかあ?」
「…」
マルセル様は笑顔のまま黙ってしまう。もしかして図星だったのかな?
…遊び人のマルセル様は、どうやらルーシュお兄様にぞっこんらしい。
どこがいいんだろう! ほんとに大人の男のひとって、見る目がないんだから!




