第二十七話
現場では、バスローブを渡された。裸になって、パンツとそいつだけ身に着けて、ベッドの上に載って、それで撮影開始、ってことらしい。
メイクさんは僕の脚にまで白粉を叩いている。より美しく見せるため、らしい。まあどうしたって成人男性の脚なので、女の子の脚みたいなふうにはいかないわけだけど。ついでに腕や胸元までぱたぱた叩かれて、色を塗られたみたいになった僕はぼんやりベッドに乗り上げる。
「レヴォネさん入られます」
スタッフさんの声にびくりと背が震える。淀みない足取りで現場に着いたセデュは、胸元を開けたシャツにパンタロンにブーツの恰好で、髪の毛はセットしていない風に乱れていて、…いつもよりも一段とセクシーで、目のやり場に困る。
「ルー、…元気でいたか」
「えあ、うん、まあまあかな。…君は?」
「私も同じだ」
「そっか、うん…」
「…」
「…」
なんか、久しぶりに会う親戚の叔父さんみたいな感じだ。ぎくしゃくして、全然会話が続かない。何を言ったらいいのかわからないし、セデュもたぶんそうなんだろう。
愛が冷めるときってこんな感じなのかな。子供の僕に教えてあげたい。永遠のものなんて存在しないんだぜって。どれだけ相手を好きでも、相手が応えてくれなけりゃ、それはもうないのと同じなんだって。
監督と打ち合わせしたセデュがカメラの前に立ち、翳されたライトがチカリと一斉に煌めく。監督が号令を上げ、かちりと拍子木が鳴る。
ぐるりとベッドを取り囲むようなカメラの前で、がばりと無造作にセデュがシャツを脱ぎ捨てる。性急な仕草にドギマギする。いつも、セデュとセックスするときは、…最中はともかくとして、始まりには、もうちょっと落ち着いていて、紳士な彼だから、こんなふうに最初から荒々しいのは、珍しくて、新鮮で。
ギシリとベッドに乗り上げ、僕の脚を持ち上げ、むしゃぶりつくようにくちづけを落とす。何かに追われる人のように、追い詰められた獣のように、僕をこれからむちゃくちゃに抱くんだって、宣言するみたいに。
痕が残るくらいにきつく吸われる口づけを繰り返して、だんだん足先から脹脛、膝裏、太ももまで来たセデュは、そこを甘嚙みして、僕は高い声で啼いてしまう。
演技がどうとか、それどころじゃない。やばい。まわり中から見られているっていうのに、勃っちゃいそう。どうしよう、さすがにグルーシェニカがテント張ってたらNGだろう! というか止めて、どこまでやるんだこれ、ミーチャが乗り移ったみたいなセデュは僕の知らない抱き方をして、それがすごく、刺激的で、背徳的で、…。
ぎらぎらと飢えた獣の目で見られて、捕食されてるみたいで、背筋がぞくぞくする。シーツに片手を吐いたセデュの顔が近づいて、激しく荒々しく、ひどく淫らなキスをされて、頭のネジが飛んで行っちゃう。僕はいつしか夢中になって、彼にしがみ付いて、彼の舌に応えていた。もうカメラがどうとか、知ったこっちゃない。両脚をがっちりセデュの腰あたりに回して、中心を擦りつけるようにすると、セデュも反応しているのが伝わってくる。下着越しに、ドクドクと熱い脈動が触れあって、どうしようもなくて、熱くて、苦しくて、僕はセデュの唾液塗れにされながら恍惚として、ぱちぱち瞬く。ふいにがばりとセデュの大きな掌が僕の顔を覆って、無防備になった唇だけが彼に嬲られる。これはあれかな、僕の顔なんて見たくないってこと、かな。もうなんでもいいや、セデュに愛されるならなんだっていい…。
ぐいと腰を押し付けられて僕は高い声で喘いでいた。酸素を求めるみたいに息を切らしながら、どんどん高くなっていく声を他人事みたいに聞く。気持ちよさに飛んじゃいそうだ。久しぶりのセデュのにおいと、肌の温もりと、強引なそのしぐさが、僕を燃え立たせて、止められない。一気に、絶頂まで、駆け抜けちゃいそうだ。
…これ、ポルノ映画じゃなかったよね?
「カット!」
監督の号令が掛かって、セデュがぴたりと動きを止める。途中で放り出された僕は茫然と離れていくセデュを見送る。もうちょっとくっついていたかった。そうしたら、そうしたら…。…。
完全にイってたな。カメラの前で。衆人環視の前で。僕ってなんて恥知らずなんだろ…。
「これはポルノ映画ではないのでね。もう少し抑えてくれまいか。美しい二人の絡み合いは非常に素晴らしいものだったが、これを劇場公開はできないね。どう演出してもね、生々しさが先に立つね…。君らしくないぞ、セデュイール、少し冷静になりたまえ」
苦笑いの監督のお言葉を受けて、セデュはどこか殺気だったような様子で睨み返す。いつもの彼らしくない。僕の知ってるセデュじゃない。
…そっか、彼は今ミーチャなんだ。演技を忘れてた僕と違って、あいつはずっとお芝居してたんだ。だからあんなふうに、乱暴に僕を抱いたんだな。…。
自分の役割を思い出す。僕は高級娼婦のグルーシェニカだ、ミーチャに翻弄されるだけのうぶな乙女じゃない。てことは、もっとミーチャを誘惑して、翻弄して、ってしなきゃいけないんじゃないか? あんなふうに一方的に嬲られるだけじゃなくってさ。…。
ひとまずセデュとのことは置いておこう。彼が僕をどう思ってるかとか、そんなこと考えだしたらお芝居なんかやってられない。当たり前のことが僕にはできないんだから、せめて、割り振られた役目はなんとか果たさなくちゃ。
リテイクの号令が掛かって、再びセデュが荒々しく服を脱いで、僕はシーツを少しずつずり上げて足を出し、ミーチャの眼前に見せつける。
ベッドに乗り上げたミーチャは今度はひどく恭しく僕の足に触れ、聖なるものにするようにキスをした。
カットが掛かって、汗ばんだセデュの背から僕は手を離す。ぎらぎら照らすライトと、人いきれで、ひどく蒸し暑い。はあはあと切れる息を落ち着かせていると、セデュが僕に手を差し伸べる。おそるおそるその手を取るとぐいと力強く僕を起こしてくれる。マチウが駆け寄って僕の汗を拭き、グラスに入った水を寄越す。
先ほどまでの興奮のせいか、…快感のせいか、(また僕はイく寸前だった、リテイクでも)震える両手で水を呷る。なんだかぼんやりしてしまう。久しぶりのセデュとの接触のせいだ、たぶん。リテイクでも結構大きな声で喘いでしまったので、喉が痛い。またポルノ映画みたいってダメ出しもらうかな。あでも、NG出し続ければ、ずっとセデュとくっついてられるってことじゃない? …駄目だ、思考がどうしてもソッチに引き摺られてる。こんなんじゃだめだ、ロレンツォ君にまた嫌味言われるぞ。しっかりしろー僕。
セデュは僕の前に腰かけたまま、何も言わずに僕を見ている。僕のこの、あさましい考えが読まれてるみたいで、居心地が悪い。
「…君も飲む?」
「私は、…」
大丈夫って断ろうとしたのか、手を挙げてから、考え直したみたいにセデュは僕の手を取ってグラスを引き寄せ、それを傾ける。僕が口を付けた、ルージュの残る箇所に唇を付けて、ごくごくと音を立てて水を飲む。セデュのむき出しの喉仏が上下してる。汗みずくで、さっきまで僕を弄んでいた唇が、濡れているのが見える。
セデュとキス、してるみたいだ。さっきも、あんなにしたのに。激しい、嬲るみたいなキスを。でもあれは、ミーチャとグルーシェニカのキスで、これは、僕とセデュのキスだ。僕は痺れる唇をぼんやりなぞり、そんな、益体もないことを考えてた。
監督の、Beneの声はまだ聞こえない。




