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≪第七部≫ウンディーネは深更に満ちる ーカラマーゾフ編ー  作者: 咲佐きさ


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第二十五話

「ラブシーンの撮影ってさ、どういうふうにするの?」

 台本を睨みつけながらリーヴェが言う。台本には二言だけ。「ミーチャ、服を脱いでベッドに上がり、グルーシェニカの足にキスする。二人、愛し合う」。しごくシンプルだ。まあ原作にないシーンだから、その場のノリと勢いのアドリブ芝居でいいってことだろう。

「監督と話し合って、段取りを決めて、相手役ともどういうふうにするか相談して、って感じかな。全部型通りにしたほうがスタッフは喜ぶね」

「型通り?」

「抱きしめあって、キスして、それっぽく腰を動かして」

「撮影中に勃っちゃったりしないの?」

「四方八方カメラに嘗め回されるみたいにつぶさに眺められて、なかなかそうはならないよ」

「そういうもん?」

「まあ、好みのタイプの子が相手だと、そういうこともたまに、ないとは言わないけどさ」

「…セデュもそうなのかな」

「あいつはないだろー、いつもスンとしてて、動じないタイプだろ。演技に熱中してるかと思えば、共演者のこともよく見てて、頭の中は冷静って感じで…少なくとも俺は、現場でそうなってるあいつは見たことないな」

「そ、っか。ふうん…」

 ぱたぱたと所在なく揺らしていた両脚がピタリと止まり、サンダルを脱ぎ捨てた彼はベッドに膝を立てる。そのままそこに頬を載せ、揺れる瞳で台本を見つめる。

 想像しているのだろうか、明日の撮影のことを。

 セデュイールに、芝居の中で、抱かれる自分のことを。

「…練習、してみるかい?」

 なんだかむしゃくしゃして、悪戯のつもりで言ってやる。驚愕して慌てるリーヴェの顔が見られたら留飲も下がる、そう思っていたのだが。

「ホント!? やるやる、役者さんってどういうふうにするのか、教えてよ!」

 予想外の食いつきに、俺の方が引き攣る。これはあれか、本番では失敗できないからって、責任感からの発言か? 俺のことは完全に、そういう対象として見てないからこそなのか。それともリーヴェも、俺に興味が出てきたとか? …まったくわからん。本当に君は、男を弄ぶ天才だな。

「じゃあ服を全部脱いで。本番ではだいたい前張りをつけて局部は隠すから、下着はそのままでいいよ」

「わかった」

「君は女性の役だから、たぶん胸元は写さないんだろう。シーツで隠すようにしておくといい。足先だけ出して…」

 こくりと頷いて、思い切りよくリブ編みのニットを脱ぎ捨てる。ジーンズも当たり前みたいに脱いで下着姿になった君はまったく警戒心のない様子でシーツに包まる。

 足をどうやって出すのか苦心している君を見兼ねた俺はシーツを少しずらしてやる。次いで自分も上を脱いで、ベッドにそのまま乗り上げる。

 君の瞳にあるのは探求心と好奇心だけ、経験を積んで一人前になろうと足掻いている少年みたいに、一途に俺を見つめる。

 君の肩を押して寝かせると目に眩しいほどのブロンドがふわりとシーツに広がる。金色の褥だ。麦穂のようにも見える。夢の中のように俺は君の足を持ち上げてキスを落とす。ここまでは台本通り。シーツに手をついて見つめてくる君の上に屈みこみ、唇にキスしようとすると君はふいと横を向いてしまう。

「…君はグルーシェニカだろう。彼女はキスを拒むような女なのかい?」

「…ちがう、かな。たぶん…」

「まあいいや、これは練習だから。俺が君の首筋とか、鎖骨とかにキスするから、君はため息ついて、ちょっと喘いで」

「…どのくらい?」

「ふだんやってる感じでいいよ」

「うわ、なんか恥ずかしいなそれ…」

「役者はみんなやってることさ」

 覚悟を決めたように唇を引き結んだ君はまた素直に頷く。屈みこんでキスを落とす俺に応えるように、その赤い唇から吐息を漏らす。

「ふ、う…ああ、」

「そうそう、そんな感じ」

「ん…ああ、あう、」

「…」

 君の喘ぎ声が次第に真に迫って、練習のつもりが、俺は熱が下半身に集まっていくのを感じる。このまま、最後までしてしまおうか? できるんじゃあないか、練習だと偽って言い包めれば、君は簡単に脚を開きそうだ。セデュイールにも抱かれていたんだ、男は初めてじゃあない。抵抗も少ないだろう。それなら俺だって…。

「ああ、ミーチャ、もっと…」

 ぴたりと俺は静止する。これは君の声じゃない。グルーシェニカの声だ。君は役を演じているんだ。本番で戸惑わないようにと、練習しているだけなんだ。

「やめとこうか、この辺で」

「あそう? うーん、大丈夫だったかな? 僕…男の喘ぎ声って、気持ち悪くなかった?」

「君は声も高いし、問題ないだろ。可愛かったよ、股間に来たね」

「またそういう冗談言って。もっとさ、あっはーんうっふーんみたいなの必要じゃない?」

「…そういうワザとらしいのは、しない方がいいかな…」

 がばりと起き上がった君は脱ぎ捨てたニットをまた頭から被る。ぼさぼさになったブロンドが稚い子供のようで、俺の胸を締め付ける。

「がんばるよ、NG出さないように。これ以上、セデュを幻滅させたくないし」

 いつまでもセデュイールに囚われたままの君はそう言ってにこりと笑う。

 君はどうしたら、俺を意識してくれるようになるのだろう。




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