第二十四話
「君たちも見たろう、リーヴェ君には才能があるんだ、この業界に引き込んでよかった。まさに私の理想そのもののグルーシェニカだった…」
ピエトロ・ゼン監督は口角泡を飛ばして熱弁する。もう随分飲んでいる。脳みそにまで酒が回った様子だ。
今日の飲み会にはスタッフが多く参加している。それに共演者もちらほら。セデュイールとの約束を守ってか、ルーシュミネさんは参加していない。それにあの、マルセルとかいう優男も。
セデュイールのマネになってから俺は今回初めてやつに会ったわけだが、どうにも虫が好かない、気障ったらしい男だ。舌先三寸で相手を丸め込むような。軍隊にもああいうやつがいたが、たいてい戦場では大した役に立たねえ。塹壕堀りか、酒保係あたりがせいぜいだ。ルーシュミネさんは面食いだから、ああいう男が好みなのかもしれないが…。
俺の隣のセデュイールは監督の方に目線も向けず、眉を顰めて店の奥のピアノを見ている。へたくそな『ラプソディ・イン・ブルー』の演奏が聞こえる。ルーシュミネさんが弾くやつを聞きてえな。あのひとは本来なら、音楽家なんだ。役者なんか、あのひとの柄じゃねえんだ。
「リーヴェ君に乾杯しよう、この席に呼べなかったのが残念だが、致し方ない。明日はセデュイールとのラブシーンの撮影もあるのだ。これは面白いことになるぞ!」
わあわあと沸き立つテーブルを他所に、セデュイールの隣に陣取ったちんちくりんがやつにしな垂れかかる。
「ルーシュお兄様のお芝居、すごかったですねえ。ボク感動しちゃった。セデュイール様ご覧になられましたあ?」
「…いや、」
「明日はラブシーンの撮影なんですねえ、なんか、羨ましいなあ…」
舌っ足らずな喋り方で上目遣いにやつを見上げる。魂胆が見え見えのクソガキだ。まったく、男ばかりの現場でもこれだ。セデュイールのやつは淡々としてるが、蜜のにおいで虫を招き寄せる花みてえに、特別なフェロモンが出てでもいるのか、共演者もスタッフも、悉くやつの虜になっちまう。身辺警護の必要が出てくるくらいに。
ルーシュミネさんのことも気になるが、まあ、あのひとが自分であの優男のほうに行っちまったっていうんなら、セデュイールも俺も手出しできねえ。どこがいいのかさっぱりわからねえが! くそ、あの優男、ルーシュミネさんを泣かせたら殺す…。
「ボク今日、ほんとのところ、怖かったんですよお。今日のお兄様のお芝居、真に迫りすぎてて、ボクを嘲笑うところなんか、お兄様自身の声みたいに感じて…」
「やりやすかったんじゃねえっすか? あんたが鬱陶しくセデュイールに絡むもんだから、ルーシュミネさんも面白くなかったんでしょ」
「やだなあ、なんですう? ボクがいつセデュイール様に絡んだって言うんですかあ」
「今っすよ。その腕なんすか?」
「セデュイール様あ、このマネージャーこわいですう。ボクを目の敵みたいにして…」
わざとらしい涙目でセデュイールに一層しがみ付く。セデュイールのやつはされるがままだ。こいつ、ルーシュミネさんというものがありながら――いやまあ今はあのひとは他の男に夢中みてえだが――このガキに色目使われていい気になってるんじゃねえだろうな?
「ガキはお呼びじゃねえんだよ。とっととママのところに帰りな」
「ボクもう二十一ですから! 成人してますから! 子供じゃありませんよーだ!」
「セデュイールもなんとか言ったらどうっすか」
「…うん? 何の話だったか…」
駄目だ。こいつルーシュミネさんに去られて、…呼び出しにも応じねえくらい、徹底的に見放されて、すっかり腑抜けちまってる。隙がありすぎるだろう、しっかりしやがれ。
「それになんでルーシュお兄様がボクに嫉妬するって言うんですかあ? おふたりはただのお友達なのにい、おかしくありません?」
「……」
「……」
ああもう面倒くせえな。なんでそんな設定にしたんだこいつ。無理がありすぎるだろうよ。いつだってルーシュミネさんのことしか見てねえくせに。本当にバカなやつだ。
「あ、そういえば一昨日の撮影のとき、マルセル様とルーシュお兄様がキスしてるとこ、ボクも見ちゃったんですよねえー。もうラブラブ! って感じでえ。割り込めないなーって思っちゃいましたよお。いいですよねえ、スタッフの前でもおかまいなく、お互いしか見えてないみたいでえ。憧れるなあ、あんなふうにボクもキスしてみたいなあ」
このガキが本当のことを言ってるのか、ただの伝聞をそれらしく吹聴してるだけなのかは知らねえが、それを聞いたセデュイールはがっくりと項垂れて片手で顔を覆ってしまった。これは当分、立ち直れないやつだな。…明日の撮影が、無事に済めばいいんだが。




