その1
物語の書き手あるいは語り手が、百億の夜と千億の真夜中を追いかけるように奔走したあげく理解するのは、結局のところ、『ここで物語は終わりだ』というような明確な地点はどこにもなく、それらの境目、ボーダーラインも、その物語の書き手、語り手、あるいは読者あるいは聴衆たちとともにどんどん移行していくという事実、そのため、ただただ我々は、自分たちの思弁あるいは感情あるいは風に舞う答えとともに、それを追って行けばよい、という事実である。もちろんそこには、紙面の都合や劇場の閉演時間、あるいは明日やるべき仕事などもあるので――私にだって休息は必要だ――我々物語の書き手あるいは語り手たちは、毎日毎晩、次のような言葉をくり返すことになる。
「ようし! 今日はここまで!」と目の前の読者あるいは聴衆たちに向かって、「さあさあ皆さん、帰った帰った、時間だよ」
と、物語あるいは現実の中で何度も何度もくり返した混乱あるいはあやまちについて考えながら、もっとうまいやり方があったのでは? と自分自身を責め立てながら、それでも、
「えー? なんで? なんで?」と食い下がる子どもあるいは大人たちに向かって、「あのふたりは結局どうなっちゃうの?」
「うーん。それはねえ」と、だっさい感じのデジタル時計を確認しながら、「また明日、また明日になれば分かりますよ」
と、とにかく時間を稼ぎながら、どこかにきっと、もっとうまいやり方が、世界を、彼らを、物語そのものを救えるような冴えたやり方があるはずだ、そう祈りあるいは願いながら。
なぜなら、我々物語の書き手あるいは語り手たちは知っているから。
「ここで物語は終わりだ」
というような明確な地点あるいは境界線などはどこにもなく、たとえ私がここで語ることあるいは書くことを止めたとしても、彼らの、世界の、あなたの物語は移行しあるいは続いて行くのだと。そこにはなにかの救い、あるいは希望のようなものを残さないといけないのだと。特に、いまのような時代には、と。
『砲声ひびくとき詩神の声とだえ、
砲声絶えるとき詩神の声きこゆ。』
いまだ砲声鳴り止まず、狂人たちが我が世の春を謳歌して、我らがミューズが沈黙を続けるいまのような時代に――って、ああ、いやいや、こんなところで立ち止まっていてはいけない。
そう。
こんな横道を考えたくなるほどに、いま、目の前の物語は混乱あるいは行き詰まりを抱えていた。話数は残り少なく、プロットも順調に消化されていたが、あるいは、順調に消化されているからこそ、余計に。
そう。
このまま物語が順調に、当初の計画通り順調に進めば、確かに、はなればなれの家族は再会し、仮の父と娘は絆を確かめ合うだろう。大爆発は食い止められ、日はまたのぼり、夜はおとずれだろうし、運命の恋人たちは、新しい生命を迎え入れるかも知れない。いや、かならず迎え入れることになるだろう。なぜなら、私が書いたプロットには、その旨はっきり明記されているから。が、しかし――、
「が、しかし?」
と、ここで作者は考える。果たしてそれでよいのだろうか? 預言者は死んだまま、宇宙はいくつか消えたまま、魔女は彼女に再会出来ず、いつかの凧は消えたまま、しかも、このまま行けば、世界や家族を救うため、あの人物も――、
「うーん?」
と、そうして作者は考える。いままで見て来た百億の夜と千億の真夜中を想い返すように、
「なにを、どこで間違ったんだ?」
と、とおくにあった時間の海が、いつか足もとまで満ちて来るのを感じながら。それでも、まだ、どこかにきっと、どこかにもっとうまいやり方が、世界を、彼らを、物語そのものを救えるような冴えたやり方があるはずだ、そう祈り、願いながら。
そうして――、
*
そう。
そうして彼女は、針と糸を買った。彼の腕のつけ根がすこしほどけて、耳もちいさく破けていたから。
縫い物なんかは小学校の家庭科でやって……いないな。たしか授業をさぼったんだった。
なので結局、彼女は縫い物自体はじめてだったけど、代わりに頼める人もいないし、修理屋に出すほどのキズでもないし、なんかそれはちがうような気もしたので、ネットの動画の見よう見まねでそれをやってみた。
結果、指の先から血は出ちゃったし、クマちゃんもなんだか困った顔になっちゃったけど、それでもおかげで、彼女がどれくらいこの子と一緒に過ごして来たのかが分かった。私の能力はそんなんじゃないけど、それでも。
「このクマちゃんとはたくさんの冒険をして来たんだよ」
それだけじゃないですよ、部長。と深山千島は想った。
きっと彼女は、この子とずっとなかよしで、いつも一緒に眠ってて、ひとりで眠れるようになっても、ずっと見られる場所に置いていて、そりゃあ噛んだり、ほうり投げることもあったでしょうけど――ここのきずなんかはきっとそうよね――それでもきっとなんども、三千回でも六千回でも、死ぬほど抱きしめてあげてたんだと想いますよ。と、深山千島は想った。
「もう僕は、何もすることがなくなってしまったんだよ、ちしまちゃん」
「そんなことないわよ、クマちゃん」
それから彼女は、彼のおなかをぽんぽんぽん、かるく叩くと、きれいなガーゼのタオルでつつんで、バックパックの中に入れた。
突然この子の持ち主が、祝部ひかりが消えてから、彼女に与えられた指示は、『連絡あるまで待機』だけだったが、そんな指示に従う彼女じゃなかったし、どうしてもいやな予感……でもないな。ひかりがこの子をここに、彼女のもとに置いて行ったことには何かしらの意味があるとしか想えなかったからである。
「ありがとね、千島ちゃん」クマが言った。
「こちらこそ、クマちゃん」深山は答えた。
そうして――?
*
そう。そうして、こんな彼女の想いや、先ほどの作者の祈りなんてものも知らずに物語は進んで行く。世界がいつもあなたを無視してとおり過ぎて行くときのように。彼女が言った。
「あなた、本当に大丈夫なの?」とか、
「やはり私はもどって来ましょうか?」とか、
「あの子たちならお母さんがみてくれますから」とか。
彼女は病気で、小学校と幼稚園の子どもがひとりずついて、いまは普通に暮らせているが、その手や腰や首すじは、彼がはじめて彼女を抱きしめたときよりずっとほそくよわくなっていた。彼らの間には愛情よりはむしろ友情にちかいきずなが存在していて、きっと彼女は、子どもたちが成人する姿、いや、たとえば、中学や高校の制服を着るところを見ることも難しい状態にあった。男は答えた。
「いや、大丈夫だよ」とか、
「きみはマコトたちといてくれ」とか、
「ふたりにはきみが必要だからね」とか。
いつものとおりの不愛想さで、
「いまの仕事がひと段落ついたら、私もすぐに甲府に向かうよ」とか、いつものとおり、仕事を言いわけにして、「おとうさまとおかあさまによろしく」
彼らは毎年、夏になると、山梨にある彼女の実家に二週間ほど遊びに行くのが通例であった。子どもたちをあちらのご両親に会わせておく意味もあったし、彼女・美紀を実家で休ませてあげたい気持ちもあった。ただ、もちろん、彼・富士夫にそこまでの休暇を取る余裕はなかったので、彼だけほとんど、とんぼ返りに帰ることになるのだが。美紀が訊いた。
「でも、どうして急に?」ふだんなら八月のお盆を待つはずなのに、「あなたなにか――」
がしかし、彼女の問いあるいは懇請は発せられることはなかった。誰が望んだのか誰が企んだのかは知らないが、ここで、
ピンポーン。
と、この家の玄関ベルが、天台烏山の来訪を告げたからである。
(続く)




