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色彩豊かな霧の民(2/2)

(1/2のあらすじ)

 クールな見た目にキュートな笑顔、それに軽妙さわやか麗らかな語り口に加え、かの大詩人ホスタージもかくやと言う構成力でこれまでの旅のストーリーをテリングしてみせた我らが美少女、杏奈ジア。彼女は、惑星エシクスの王に姫さま、それに各地の領主のハートをわしづかみにわしづかむと、大量の贈り物と、この国あげてのジャンプポータル探しの約束をみごとゲットするのであった――ってやっぱり、こっちにもどって来る気はないみたいね。


     *


 ワダツミの翁の入り江に立つと、その彼方に葉ながく丈たかきポリキス・オリーブ、所謂『ネリトスの樹』は見えた。


 この樹の高さは、このときおおよそ53クラディオン(約212m)。ユーノス・トーラルから数えて十代前の王、エリス・ネリトス・エゥルテスが、この惑星を初めて訪れる者たちのために、そのしるべとなるように、手づから植えたものとされており、そうして、


 ジジジジジ、ジージ、ジジッ。

 ジジジジジ、ジージ、ジジッ。

 ジジジジジ、ジージ、ジジッ。


 と、いつものラチェットレンチの鳴る音が聞こえ、


「うん」と赤毛のミスターは言った。「たしかに、あの樹のあたりに、『異界の書』によく似た時空の“くんにゃらがり”はあるようだね――とっても微弱だけど」


「ちょっと見せて下さい」杏奈ジアが言った。レンチを受け取り、「なるほど。たしかに微弱ですが、スラ―ティバーストの痕跡も見えますね――これ、コピーしてもいいですか?」


「もちろん。そっちでも解析してみてよ」


 それからジアは、自身のスマートフォン(妹のニアから取り返したもの)にミスターのレンチを近づけると、


 ブブッ、ブブッ、ブブブブブッ。


 と先ほどミスターがスキャンした“くんにゃらがり”、それにこれまで彼が見て来た『異界の書』の計測データをそこにコピーした。とここで、


「ねーねー、私にも見せてよ」とジアの隣でニアが言った。「その“くんにゃらがり”」


「見ても分からんだろう」ジアが応えた。


「大体ならわかるわよ」ニアも応えた。無理やりレンチを奪い取り、「いいから見せて」


 彼らはいま、ここ惑星エシクスの姫君、天与の美貌持ち、腕も白きテネア・ミシトースの案内で、惑星のあちらこちらを行ったり来たり、出たり入ったり、地下にもぐったり低軌道衛星クワラン・ステーションまで上がったり下がったりしては、次のジャンプポータルの場所を探しているところであった。


 であったが、なんでこんなに色んなところを行ったり来たりしているのかと言うと、


「次のポータル探し、我らエシクスの総力を挙げてご協力させて頂きます――そうだな! 皆のもの!」


 とエゥルテス王が言ったがばかりに、惑星中から奇妙な時空の波動や裂け目や顕現する虫の知らせなんかの情報が来るわ来るわ、山とばかりに寄せられていたからである。


 どうやら、この地の住民のキャラクター(お祭り好きでお客さま大好き)に加え、ジアの噂が流れに流れたこと、それに、彼らの案内をテネア姫がすると言うことで、


「ああ! 姫さまのお役に立ちたい!」


 という熱意が彼ら惑星住民を動かしている様子であった。この惑星は代々、エゥルテス王家が豊かに、そうして平らかに治め、住民たちの王家へ対する信頼は厚く、また人気もすっごく高かったのである。


「たしかに。姫さまどこに行っても人気だもんね」ニアが言った。結局、“くんにゃらがり”はよく分からなかったので、無言でレンチをジアに返した。「しかも、誰とでも優しく話して笑顔も絶やさないの、すごいわよね」


「そうだな」ジアは返した。レンチをチェックし、「私も、元いた宇宙でエシクスの噂を聞いたことはあるが、まさかここまで素晴らしい場所だとは想わなかったよ」


 彼女の向く先には、丈たかきポリキス・オリーブの樹が見事に立っていることは先にも書いた通りだが、そこからすこし右に目をやれば、遠めにも著き美々しき島がひとつあり、まわりの海はまるで光か宝石を散りばめたかのよう。そうしてまた逆に、すこし左に目をやれば、そこには、衣の如くに森をまとったひとつの山が、この国を、世界を守ろうとするかのようにそびえ立っていた。そのところどころに、青・朱・黄・白、あるいは玄色の花の咲くのを見せながら。


 そう。先ほどジアは「素晴らしい場所」とだけ言ったが、彼女の気持ちを敢えて推測させて頂くならば、このとき彼女は、ひょっとすると、「楽園のような」と言いたかったのかも知れない。しかも、この惑星にはこのような場所が他にも多数、いや、ほぼすべての場所にこのような美しさは置かれていたのである。


 住民はみな陽気でひと懐っこく、騒がしくも楽しげ、もちろん彼らにも恐怖や落胆、悲哀はあるだろうが、それが尾を引くことはなく、それどころか、それら悲哀や苦しみこそが生きる喜びを引き立て増して、彼らの人生により多くの微笑と色彩を与えているかのようであった。


 そう。またふたたび、ジアの気持ちを、流浪の旅を続けて来た彼女の気持ちを(注1)、敢えて推測させて頂くならば、彼女はこうも想っていたのかも知れない――ここなら、


「この地なら、私もこころおだやかな人生をおくれるのかも知れない」と。


 そうして――、


     *


「はいはい、ナオちゃん、そろそろ起きて」


 そうして、それから数時間がしてミスターは言った。背中で眠るナオに向かって。


「う、うーん」ナオが訊いた。寝ぼけまなこで、「どこ……? ここ……? ついたの……?」


「つきましたよ、ナオさん」この地の姫君テネア・ミシトースは答えた。ミスターの代わりに、「ここがミツハの水の精霊宿る、『ワナガスの祠』です」


 そう。そこはほの暗く、しかし、ただ居るだけでこころよくなる、みどりが深き森の奥、ちょうど『ネリトスの樹』の根元あたりに位置する、ひとつの洞の前だった。


 ここに来るためには、先ほど見たリネリの山裾を抜けねばならぬのだが、この森へ乗り物で立ち入ることは禁止されている上、ミスターが持つ秘密道具 (『どこへでも開き戸』のような亜空間ギミック)も、問題の“くんにゃらがり”の近くで使うのは危険――と言うことで、彼らは徒歩でここまで来ることになったのである。であるが、


「ごめんね、ミスター。ついつい寝ちゃった。重かったでしょ?」


 とナオも言うとおり、ここまでの道は険しく長く、いまだ九才の彼女は途中でダウン、彼に背負われることになったのである。ミスターは答えた。


「ぜんぜん」とそれから彼女を地面に下ろし、「どうだい? すこしは元気になったかい」


「うん。だいぶすっきりした」


 それからふたりは、祠の、洞窟の入り口あたりに立ったまま、ほの暗いその奥をしばらく眺めていたのだが、


「あのさ、ナオちゃん」と不思議な顔でミスターが訊いた。「これ、どう想う?」


「どうって?」


「『異界の書』、あれの存在を感じるかい?」


 祠の奥には川でもあるのだろうか、ちいさいが確かに流れる水の音がする。背後の森は明るくにぎやかで、音と色に満ちていたが、祠のなかはそれとは真反対、まるでこのまま、いつか訪れた冥界まで行けると言われても信じ込めてしまいそうな、そんな音や色から切り離された、そんなような場所であった。であったが、


「そういえば……」


 とミスター同様ナオも不思議に感じるとおり、アキピテルの女神の異次元ポータル、彼らが何度も通った『異界の書』、あの書が持つ独特の波動、女神の恩寵のようなものは感じられず、そればかりか、


「さっき測った“くんにゃらがり”の痕跡すら見当たらないんだよ」


 そうミスターも言うとおり、そこはまったく普通の洞窟、ポータルどころか微小な時空の歪みや傷、裂け目などもまるでないような、まったくただの洞窟だった。


「おっかしいな」といつものレンチを確かめながらのミスター。「入り江で測ったときは微弱だけど確かにあったはずなんだが……」


「お姉さんのは?」ナオが訊いた。あたりをキョロキョロ見まわしながら。


「お姉さん?」ミスターが訊き返した。「お姉さんって?」


「さっきお姉さんがスマホにコピーしてたじゃない」ナオは答えた。祠の入り口から後じさり、更に周囲を見まわしながら、「って言うか、ほかのみんなは?」


「ほかのみんな?」さらにミスターは訊き返した。「ほかのみんなって?」


「は?」ナオはふり返った。洞窟の入り口に立つ彼を見つめて、「なに言ってんのよ、ミスター」とそれから気付いた。「……姫さまは?」


 ここまで彼らを先導してくれた、祠の中にいたはずの、テネア・ミシトース・エゥルテスの姿も見えなくなっていたからである。さらにミスターは訊き返した。


「君こそなにを言ってるんだい?」と不思議な顔で、「僕らはここまで、ずっとふたりっきりだったじゃないか」



(続く)

(注1)

 詳しくは、樫山泰士製作の『夢物語の痕跡と、おとぎ話の物語』『時空の涯の物語』その他を参照のこと。

 彼女は、子供のころ、親であるあちらの宇宙のミスターを追い掛けるように故郷の惑星を飛び出すと、様々な銀河で、ときには小女こおんなのような仕事をしたり、ときには大きな戦争に兵士として参加したり、ときには東銀河皇帝の相談役のようなことをしたり……と、なかなかハードな旅を続けて来たようである。

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