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その7

「少々お待ち下さい」


 ダイヤル電話の送話口を押さえてから不破友介は、その家のリビングを見回した。家主の咲子(霊体)は見えないが、いまこの家にいる者の姿はすべてそこにあった。


 中央ソファには、まひろとひかりが向かい合ってすわり、まひろの横にはすこし間を置きヤスコが、その背後のキッチンでは、エマと八千代が、こちらも向かい合って何事かを話し合っていた。


「ふむ」こころの中で彼はうなると、ひとり、ふたり、さんにん……と彼らの数をかぞえはじめ、それから、「承知しました」と送話口に向かって応えた。「それでは私が、皆さまを迎えにあがります」


 それから彼は、その『皆さま』が乗っているデッキバンの位置を確認すると受話器を置き、


「で、よろしいですよね?」と後ろにすわる男に訊いた。「と言うか私、少々おどろいております」


 すると男、いつもの赤毛エイリアンは、


「どっちに?」と言って訊き返した。「僕が電話に気付いたこと? それとも電話の内容に?」


 古くて黒いこの固定電話は、あくまで緊急連絡用で、鳴ること自体ほとんどなく、またその呼び出し音も不破か咲子にしか聞こえないよう周囲に結界が張られていたからである。であるが、


「ま、しかし、あなたなら気付いてもおかしくはないでしょうから」不破は答えた。「おどろいたのは後者ですな」


 そう。それは小張千秋からの緊急連絡だった。しかもわざわざ、石神井公園の公衆電話を使った。


「小張?」ミスターはまだ彼女を知らなかった。「警察のひとがどうしてまた?」


     *


 それから彼らは家を出た。結局咲子は見当たらなかったので、まひろとヤスコに留守を頼んで、ふたりで。


「結界は大丈夫なんだよね?」丘を下りながらミスターは訊いた。


「咲子さまのは確かに張られていますし」不破は答えた。彼の前を歩きながら、「彼らとの集合場所も結界ギリギリ。私のものも消えることはありません」


 不破が驚き、ミスターがついて来ることになった理由は、その『彼ら』の中身だった。


「まさか向こうから来るとはね」ミスターが続けた。「必死に『リスト』を探ってたところだったんだけどなあ」


 と言うのも彼は、灰原神人の次のターゲットを予測するため、ヤスコの父の『リスト』、それを分析、伊礼の預言や八千代の夢とも突合し、


「『戸柱恵祐』――そうか、これが彼か」


 と、次かどうかはさておき、最も灰原に渡してはいけない能力者を見つけたところであったからだし、また、


「しかも、お父さんまで一緒とはね」


 と、小張千秋が匿って欲しいと言ったのは、問題の戸柱恵祐に加え、祝部優太と左武文雄の三名だったからである。ひかりと優太は再会させるにはまだはやく、恵祐の能力は未知数すぎて、いきなり彼とまひろを会わせるのも危険すぎた。


「まひろ様が『爆発』をコピーする?」不破が訊いた。


「コピー自体はいいけどね」ミスターは答えた。「かなり不安定な能力らしいし、その暴走まで含めて彼女にうつったら、流石に手が付けられなくなるからね」


 先ずは相手を見きわめて、それから対応を考えたいということだった。そうして――、


     *


「でも正直、僕にもよく分からないけどね」


 と、そうしてこれと同じころ、そのまひろは答えていた。さっきと同じ花盛りのリビングで、


「不愛想だし無口だし、岩みたいな顔してるし、秘密主義ってわけでもないんだろうけど、自分が必要だと想ったこと以外は言わないし」


 と、彼女の兄であり、ひかりの実父・山岸富士夫について、


「基本的なデリカシーに欠けてるところもよくあるし、きっと無意識なんだろうけど、女性蔑視って言うか、セクハラまがいの発言もちょこちょこやってるし」


 と、ひかりからの「富士夫さんってどんなひとなんですか?」の質問に、軽く答えるつもりが、


「しっかもあのひと、かなりなシスコンだしね。まあ、母さんの代わりにいろいろ面倒見てくれたってのもあるけど、僕が女の子の格好――だけじゃないな、いまの男の格好に変わってからもだけど、すこしでも仲のいい男ともだちとか出来ると、その子の身辺調査やり始めたり、直接呼び寄せては圧迫面接みたいなこともしてたらしいし――」


 と、まあ、出るわ出るわ、きっとこれまで話せる相手も少なかったのだろう――身内のことを友人たちに話すのは気が引けたし、かと言って残りの兄たちもどちらかと言うとデリカシーに欠けたシスコン寄りだったし、家のことをよく知るこの家の居候は更にデリカシーのない悪魔だし、祖母は祖母で聞いてはくれるがなんだかんだで中立性を保とうとするし――そのシスコン兄貴への積年の恨みというか愛憎入り混じった感情を、叔母と姪という関係に甘えてしまったのか、ついつい、


「だから美紀さんと結婚して、彼女が兄さんを調教? コントロールしてくれるようになってようやく――」


 と、相手の立場――ひかりは富士夫のことを知らされずに生きて来た――を忘れた発言すらしてしまい、


「あ、ご、ごめん」と、あとからそれに気付いて彼女にあやまる、なんてことにもなっていた。「ついつい口がすべっちゃった。こんな話、聞きたくないよね」


 自分が抱く兄への恨みつらみや愛憎は、目の前の相手が欲しても得られなかったものではないか。そのため、


「み、美紀さんってのは、に、兄さんが、兄さんの――」と、しどろもどろの彼女に対し、


「いいんです、大丈夫ですよ、まひろさん」と言って笑ったひかりの顔に、彼女は救われた気持ちにもなった。「もっと話して下さい。お父さんのこと」


 彼女の顔はきっと母親似なのだろうが――とってもキュートで、あんな強面兄貴とは似ても似つかない――それでも、そのやさしい表情にはどこか、富士夫のことを想い起こさせるところがあった。まひろは応えた。


「そ、そうだね」と、今度は言葉に注意しながら、「それでもやっぱり、僕ら家族のことを一番気にかけてくれているのは兄さんだと想う」


 そうして、


「僕のことだけじゃなく、もちろん義姉さんや子どもたちのこと、だけでもなく、ケンカばかりの他の兄や、父さんが亡くなってひとり暮らしの母さんとか、もちろんこの家のこととか、会社のひと達のこともよく考えてるし、可能なら、自分のまわりのひとたちみんながよくなる道を――」


 そう言いながら彼女は続けた。先ほどまでとは一転、兄を尊敬するような語り口であった。


 そう。


 この物語の第一話でも書いたとおり、山岸富士夫という男は、たしかに無口で、不愛想で、頑固で偏屈そうな見た目をしているものの、にも関わらず、一貫してよき友人、よき父親、よき夫、そうしてなにより、よき兄であろうとして来た男であり、その態度と思想と信念は、もうすぐ終わるこの物語の、最後の最後の最後まで、変わることはないし、そのことをまひろも、直観していたのである。


 そう。


 山岸富士夫という男は、これまでも、そうしてこれからも、いつも、きっと、自身の力の及ぶ範囲でだが、他人のために良かれと想うことを尽くして来たし、これからもきっと、尽くして行くことだろう。まひろは言った。


「大丈夫だよ、ひかりちゃん」と。「きっとなにかのすれ違いか、兄さんなりの考えがあるんだよ」


 と、富士夫がひかりを認めなかった事実に対し、明るく、前向きに、


「兄さんならきっと、君を娘だって認めるし、そしたらきっと、君のためになることを、君のためによかれと想うことを、やってくれるはずだよ、全力でね」



(続く)

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