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その6

 その日の朝トリッフィールド夫人は、ベッドのうえから転げ落ちると、いつもの部屋着――それは彼女のふたりの娘たちがいつか追放してやろうと画策し続けた着物もどきのガウンだったが――その姿のまま街に飛び出すと警察署へと向かって行った。


 また、それに続くように、彼女の年来の夫であるところのミスター・トリッフィールドは、


「あのクソがき!」


 そう叫ぶと――彼はこのセリフを年に1129回は言っていたので、それは半ば願掛け・祈祷・神頼みのようなものに変質していたが――彼のひとり息子、ジョシュア・トリッフィールドが犯したかも知れない、いやきっと犯したであろう不正・不法・脱法行為について調べ始めた。


 そうしてこの日の朝、問題のクソがき・悪童・ひとりレジスタンスであるところのジョシュア・トリッフィールドくんが行なった行為が具体的にどのようなものであったかについては、当時の記録が正式なものでも四つ、大手ニュースサイトの記事で五つ、その他有象無象の資料まで含めると数十種に及ぶため、混乱を避けるためにも、ここでは敢えて何も書かないでおくが、結果としては、


「あのクソがき!」


 と、ふたたびミスター・トリッフィールドが叫んだことからもお分かりのとおり、それは大人たち並びに当時の社会構造を大変怒らせるものであり、トリッフィールド氏の、


「見つけ次第、おれがこの手で拘置所にぶち込んでやる!」


 という望みは、流石に複数の警察署員たちに取って代わられたわけだが、この年若きひとり反乱者、ひとりレジスタンス、ジョシュア・トリッフィールドくんが引き起こした出来事・事件・特殊インシデントは、街の、都市の、ネットの意見を、右に左に巻き込んでは、バカ騒ぎを誘発し、暴発し、炎上し、当然、当事者であるところのジョシュア・トリッフィールドくんも、盛り立てられ、祭り上げられ、叩きのめされ、かわいそうな彼女の母親トリッフィールド夫人を、下を向いては涙をながし、よくない言葉と唾を同時に地面に吐き出すような状況に追い込むことになった。そうして、



 『傷つけてごめんなさい。

  気を悪くはしないでね。

  不平不満を言わないで。

  明るく口笛でも吹いて。』



 と、彼を讃える・憐れむ・嘲笑するような歌が、おもに無邪気な子どもたち――日曜の朝に本を読みながらクラッカーと葡萄ジュースを楽しむような子どもたち――の間で流行り出す頃になると、



 『傷つけてごめんなさい。

  気を悪くはしないでね。

  あなたを知りたいだけ。

  その歌を聞きたいだけ。

  うたって、うたって、

  おどって、おどって、

  人生の明るい面を見よう。』



 と、急進的なふたりの司祭が、その変奏曲も高らかに、拘置所にいる彼のもとを訪れることになった。左右双方の大手新聞社とともに。司祭のひとり、モーティマーあるいはマイケルと呼ばれた男は言った。


「さあ行きましょう。あなたの願いではなく、あなたのお父さまのお望みどおりに」


 ジョシュア・トリッフィールドは不思議な、だけど妙に納得した顔で彼の話を聞いた。どうして不思議な顔をしたかというと、彼の父親の知り合いにこんな司祭はいなかったからである。


 すると今度は、残るもうひとりの司祭が、彼にタブレットを見せながらこう言った。


「私があなたの記事を書く。私の記事なら皆がそれを信じるだろう」


 彼は背がたかく鉄格子の向こう側に立っていた。彼は彼で何かの罰を受けていたからである。


「それはつまりは、あなたの言葉を皆が信じるということです」


 そうして、ジョシュア・トリッフィールドの記事と顔写真は左右双方大手新聞の一面を飾り、彼は解放されることになった。彼は歌った。いまや大ヒット中の彼のテーマソングを、その続きを、こんな風に。



 『ジョシュア・トリッフィールド。

  ジョシュア・トリッフィールド。

  傷つけてしまってごめんなさい。

  気をわるくさせてごめんなさい。

  ジョシュア・トリッフィールド。

  ジョシュア・トリッフィールド。

  あなたはあなたの道をのぼって。

  あなたはあなたの丘をのぼって。

  うたって、うたって。

  おどって、おどって。

  最後に笑うのはきっと貴方です。』



 それから彼は、幼なじみのローズ、ローズマリー・ソーンズに別れを告げると、逃げ出すように飛び出すように、街から消えた。


 結局のところ、彼の犯した罪あるいは成果がどのようなものであったかは、先にも書いた通り、情報が混乱・錯綜・くんにゃらがりにくんにゃらがっているためよく分からないし、その死因についても諸説ふんぷん議論を巻き起こすだけなのでここでは割愛するが、問題はその後――それはつまりは死んだあとってことだが――の彼の魂が、それら混乱・錯綜・くんにゃらがりのくんにゃらがりのため、こちらの世界――我々がいつも読んでるあの宇宙――に来るころにはすでに、ふたつに分裂、離ればなれになってしまっていたと言うことである。


 そう。


 なのでようやく、天台烏山はこう言う。いまだ疑問符だらけの彼らに向かって――いいかい? パウラくん。アーサーくん。


     *


「いいかい? パウラくん。アーサーくん」と、ふたりの肩に手を置きながら、「そのため君たちは、君たち本来の力を出し切れていないんだよ」


 そう。


 アーサー・ウォーカーの能力については、これまで何度かお見せして来たとおりだが、実は、パウラ・スティーブンスにも力はあった。但し、彼女の場合は、例の惨殺事件の衝撃か、こころも言葉もすべてを塞ぎ、彼ら天台グループに引き取られた、合法的に連れ去られた後も、まったくそれを発揮することがなかったのだが。天台烏山は続ける。パウラの目線の高さにしゃがみ、彼女の目をジッと見ながら、


「どうだいパウラくん?」と。「お父さんとお母さん、それに大好きだった弟くんのかたきを討ちたくはないかい?」


 そうして、


「君たちふたりの力を使えば、きっとあの化け物を見つけだすことが出来るはずだよ」


 以前すこし話に出た、能力者の居場所を捜すための『新しいセンサー』とは、そもそも機械ではなく、彼らふたりのことを言っていたのである。



(続く)

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