その4
「ああ――『預言者』なら死んだよ」
そう答えて彼はまた、ひとり取り残された。
例の赤毛と男おんなは、戦いもせず逃げて行った。
『預言者』の死体は、床に転がったままだった。
「ふん」男はつぶやき、よほど預言者の首をはね飛ばしてやろうかとも想ったが、それは止めておいた。「未来だと?」
なぜなら、彼の見た未来でも、この預言者・石橋伊礼の遺体は、ここにこのまま置かれていたからである。彼がいままで見たこともないようなきれいな顔のまま、世界が終わる直前の未来まで。
そう。
それは世界が終わる直前の未来だった。
ここからとおく離れた天国のようなあの丘。
それでもそこは緑にあふれ、鳥は歌をうたい、風は心地よく、花たちはその身を誇らしげに咲かせていた。しかし、それでも。
そう。
それでもそこには『壁』があった。大小いくつも無数の『壁』が。
『壁』の向こうは宇宙だった。大小いくつも無数の宇宙、無数の星空、無限に折り重なった光たちのロンド――が、そこにはあった。
「あれは?」男はつぶやいた。つぶやき、うずくまりながら、「俺……だったのか?」
うす暗く取り残された部屋で、預言者の遺体とともに。彼は、自分が視た預言、未来の風景をくり返していた。くり返し、想い起こしていた。
それは、確かに彼だった。
『爆発』の中心。無限に立ち現れる『壁』。それは確かに、確かにそれを引き起こしていたのは、彼自身であった。
その感触が、実感が、いまもその手に残っていた。まざまざと。
街を燃やし尽くしたその感触が、いまも余韻も鮮やかに。
ふたたび彼は、この世界、この宇宙、いや、あらゆる宇宙が消え去る片棒を担ごうとしていた。
人々が『壁』に飲まれ、あるいは吐き出され、世界は、宇宙は、あらゆる時間と空間は、確かに消え去ろうとしていた。彼の手によって。もう、すべてがいやにでもなったかのように。
「くそッ」みたび男はつぶやいた。
胸ポケットのスマートフォンを取り出し、この未来を語れる誰か、この預言を伝えられる何者かを探そうとした。
なぜなら、さすがの灰原神人でも、その預言が何を意味し、そこでの自身の役割が何であるかを理解したとき、その未来のあまりの絶望性と圧倒的な現実性、それに、岩のように動かし難い未来の既知性に、文字通り押しつぶされ消し潰されそうになったからである。例えそれが、彼が望み、選択した未来の結果であったとしても。
そう。
そうして彼は部屋を出た。こんどは彼が、預言者をひとり、そこに残して。
彼に友はおらず、彼らの凧は切れたままであったが、それでも最後にひとりだけ、そんな未来を、預言を、語り相談……出来る確率はあまりに低かったが、それでも、それでもせめて、こんな自分の話を聞く責任が、その男にはあるはずだ、と灰原神人は考えたからである。
そうして――、
*
そうして、ミスターたちの報告に花盛りの家の者たちは暗く沈んでいた。特に八千代やエマ、ヤスコと言った石橋伊礼をよく知る者たちは余計に。
なぜなら彼は善人で、その精神は高く、救世主が去った世界でも弱者に味方し、かたい岩とそこに投げ付けられる卵があるなら必ず卵の側に立つような男であったから。それを皆が知っていたから。彼が亡くなった世界にどんな言葉をかけてやればよいのか分からなかったから。
彼らは沈黙し、例えば八千代などは、この未来を視ていた自分を、それでも止められなかった自分を、責め立て追い詰めるような表情で床を見ていた。それはあまりに暗く、あまりに光からとおい床であるように彼女には想えた。が、しかし、ここで、
「しかし、石橋さんの能力を盗まれたのはまずいな」
と、そんな彼らの沈黙を破るようにミスターが言った。ある意味唐突に。立ち上がって彼らの周りをまわりながら、
「彼の『預言』は精度が高かった。コントロール次第では、こちらの動きをあいつに読まれるかも知れないし、罠も張りにくくなるかも知れない」
と、まるでゲームのコマをひとつなくしでもしたくらいの調子で。すると、
「ちょっと、ミスターさん」と、彼の横にいたまひろが言った。彼の言葉を咎めるように、「いまは皆さん、ご友人を亡くされたばかりなんですから、そんな言い方は――」
ここは、先ほども書いたとおり、いつもの花盛りの家。そこの一階リビングで、ここにはいま、名前の出たミスターにまひろ、八千代やエマ、ヤスコの他にも、祝部ひかりと赤い顔の悪魔・不破がいた。彼らの中で伊礼のことを知らないのは、祝部ひかりひとりだけだった。
「そうは言うけどね、まひろくん」
ミスターは応えた。ひき続き立ち歩いたまま――悲しいのはぼくも同じだけどね。
「悲しいのはぼくも同じだけどね。石橋先生が視たという預言、八千代ちゃんが視たという夢、それに彼女とエマちゃんが視て来たばかりの別の宇宙の未来――」
それらは全て、灰原神人が『爆発』を起こし、世界を終わらせるであろうことを示している。それに、
「それにあいつが、僕のソニックや君の『壁』をすり抜けて攻撃を加えて来たことも気になって仕方がない」
あいつがいま、どれくらいの能力を集めているのか? 『爆発』に繋がる能力は手にしているのか? ミスターは続ける。
「あるいは彼女」と祝部ひかりを指さしながら、「彼女のことに気づいているのか? 彼女のいるこの家を見つけられる能力を手にしているのか?」
そうしてこれも唐突に、
「ヤスコちゃん?」とまひろのうしろ、ソファの端にすわるヤスコに声をかけた。「お父さんの『リスト』は?」
この質問の意味をヤスコはすぐに理解した。が、しかし彼女は、目の前にすわるまひろの、ミスターに対する憤りや、他のメンバーの彼に対する戸惑いも同じように理解していたので、
「ここにあるわよ」と手もとのバッグを示しつつ、それと同時に、「だけど先ずは、ここにすわって」そう彼に落ち着くよう促した。「あなた、手も足も震えているじゃない」
なぜならそれは、僅かな、周囲はおろか当人すらも気付いていない、古い友人のヤスコにしか気付けない、彼のあせりと怒りと悲しみであったから。
彼は無意識に、それをヤスコに見付けて欲しかったのかも知れなかったから。
それが証拠に彼は、問題のリストを、すでにコピーし自身のレンチに取り込んでいたにも関わらず、わざわざヤスコのそれを見せてもらおうとしたではないか。
「ほら、こっち」ヤスコは続けた。そんな彼の無意識を知ってか知らずか、彼女のとなり、自分とまひろの間のスペースを指さしながら、「さっさと座りなさい」
それからヤスコは、まひろにすこしほほ笑むと、ようやく座ったミスターの肩をさすってやった。
「だけど、無茶はしないでね」そう続けてバッグを渡した。「あいつの次のターゲットを予測して先回りするつもりでしょ?」
(続く)




