愛に時間を。(1/2)
「忘れないでね、シンちゃん」
「なにを? サッちゃん」
(前回までのあらすじ)
奇妙なネコにひき続き、おてんば美少女・杏奈ニアの介入により、物語は更なるプロット崩壊を引き起こしていた。どうにかして彼ら一人と一匹をこちらの世界に戻せないか思案する作者とニアの姉・ジア(こちらはクール系美少女)。色々とまよった彼らは結果、ジアを『あちら』に送り込み、そっと、静かに、物語に影響を及ぼさないように、彼らを連れ戻せないか試すことにしたのだが、そんな矢先、例のお間抜け赤毛エイリアンが「ジェロニモーー!!!!!」とか叫んで飛び出し、単身、巨大コラプサー(要はブラックホール)へと突っ込んで行くのを目撃するのであった――ほんと何やってんだよ、ミスター。
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「分かりましたよ、樫山さん」杏奈ジアは言った。作者の八畳広さの作業部屋で、「発射前のポッドにジャンプしましょう」問題の赤毛のバカさ加減にいらつきながら、「あのクソ親父をサポートしますよ、わたしが」
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さて。
杏奈ニアの双子の姉、と言うかオリジナルであるところの杏奈ジアは、こちらも当然のように美少女であった。
その肌は透きとおるように白く、瞳は何かの宝石あるいは暗闇に浮かぶ惑星のように碧くかがやき、ニアと違ってこちらは髪を短く切っていたが、それでもそれは、絹のように細く滑らか、ひかりの加減でときに青や紫と見まごうばかりの漆黒で、その顔立ちは、まるでギリシャ彫刻のように整い、且つ、古の賢者かパルテノンの詩人のように美しかった。
そうして、彼女がニアの姉、と言うか彼女のコピー元であると言う事実は、前回も書いたとおり、彼女もニア同様、ある事件をきっかけに、我々がいまいるこの宇宙とも、我々がずっと読んでいるあの宇宙とも違う宇宙から飛ばされて来た存在であったことを示し、もっと言えば、彼女がちょこちょこ、例の赤毛について「あのクソ親父」とまるで身内のように言っていることからもお分かりのとおり、彼女は彼の子どもで、要はミスターと同じエイリアン、『時主族』のひとりであった。
が、ただ、とは言ってももちろん、彼女は別の宇宙のひとなので、正確には、いま読んでいる物語のミスターとは違う宇宙のミスターの子どもであり(ああ、めんどくさい)、こちらのミスターはこちらのミスターで、いまだ自分の子どもの存在を知らないミスターなので(ああ、もう、ほんとめんどくさい)、彼は大変おどろくことになる。突然ポッドに現れたこの美少女に対して。それから、
「なにやってんですか! 保護シールドのセンタグメントを3%上げて! イオンエンジンの出力を6%下げて!」
「え? え? でもそれだと後部スラスターが曲が――」
「それでいいんですよ! ディメトロン粒子のマフラーを手動に変更して駆動系の負荷を抑えますから!」
「え? あ! なるほど!」
と、あまりに複雑すぎて『まあいいか、直感で』で済まそうとしていたコラプサー内でのポッド運行、事象の地平面ギリギリを飛んで行くその経路について彼女が、見事なまでの軌道修正と指示出しをしてくれたことに対して。更には、
「サッサと動いてッ! 次ッ! 五次元振動 チテトポップスの値は?!」
「え? あ、ああ、ごめん……。えーっと? 中央666、両端0が13の回文素数」
「ふっざけた数字出しやがっ――キャブを0.2度修正! トパチャックのキャブランチを0.89度でさらに解放!」
「え? でもそれだ――」
「返事はッ!!」
「あ! はい! すみません! いますぐやりますッ!」
と、なんだか故郷の惑星に置いて来た幼なじみ(彼女はとても優秀かつ美しく、そうして大変恐ろしい彼の結婚相手だった)を想い起こさせるその口調に対して。この久々に味わう尻に敷かれる感じに対して。そうして、
「あ! ねえ! これ! これじゃないかい?!」ミスターは叫んだ。ポッドの船外モニターを指しつつ「この小さな! 黄色い点! これが女神さまの恋人なんじゃないか?!」
一応補足しておくと、どうして彼らがいまこんな場所――巨大コラプサーの事象の地平面ギリギリ――を飛んでいるのかと言うと、それは、何千年の大昔、この場所に放り込まれたひとりの男を救うためであった。
「多分! そうでしょうね!」ジアは応えた。ポッドを包むタイムバブルの強度を再計算し、「これ! テッセラクト化! ちゃんとやりましたか?!」
男は、ここ『シン=ガリプシ宙域』に住む美しき女神オゥトィリカに初めて愛された人間の男、そうしてそのため神々たちの怒りを買い、身体ひとつでこの巨大コラプサー『ディセウス』へ放り込まれた、ただの人間の男であった。
「ちゃんとやったよ!」ミスターは答えた。内心ちょっとドキドキしながら、「チャンスは?!」
男を失くしてのち女神は、まるでその寂しさを紛らすように、この宙域を通りかかった宇宙船乗りを自身の犠牲として捕らえては留め置き、いくつもの悲劇を重ねていた。まさか重力による時間の遅れ効果で、自身の恋人がまだ生きているとは、彼がまだ、事象の地平面へと堕ちている最中であるとは、想いも寄らずに。
「チャンス?!」ジアは訊き返した。「見つかっただけでも奇跡ですよ!」徐々に縮まる地平面との距離に一瞬間を置き、「やっぱり! やるんですよね?!」
「は?!」ミスターも訊き返した。「あたり前だろ!」コントロールは彼女に任せて、「このまま真っすぐ飛んで! これ以上女神さまを悲しませちゃダメだ!」
実際、先ほどジアが放った『奇跡』という言葉、これは誇張でもなければウソでもなく、なんならかなりゆるめの表現ですらあった。
いま彼らが男を見つけたこと、それは、本来ならば、『絶対にあり得ない』としか言えないことであり、しかもこれからミスターは、その男をこのポッドに収容、女神のもとに連れ帰ろうとしているのである。
「くっそッ!」ジアは叫んだ。「やっりゃあいいんでしょッ! やりゃあッ!」
オートパイロットを全て切り、全神経を目の前のモニターとコントローラーに集中させた。
「転送の準備はッ?!」
「こっちは出来てる!」ミスターも叫んだ。「もっと! 地平面ギリギリまで寄せて!」
「ああッ! もうッ!」問題となる黄色の点は、いまでははっきり、宇宙服姿の人間に見えていた。「おんなは度胸だッ! すり抜けながらかっさらいなッ!!!」
「いっけーー!!!」ミスターは叫んだ。ふたたび、「ジェロニモーーッッッ!!!!!」
(続く)




