その18
『抱き合おう諸人よ!
この口づけを全世界に!
兄弟よ!
この星空の上に!
父なる神は住んでおられるに違いない!』
ひかりの力を手にした灰原に、彼女の力とこれまで盗んだ多くの力を出会わせた灰原に、どのような音が聞こえ、どのような景色が見えていたのかは分からないが、彼は歌っていた。歌い、圧倒的であった。まひろと八千代、ふたりの魔女を相対させても、その力は圧倒的で、感動的ですらあった。
「どうした、どうした、どうしたあッ!!!」
八千代の放つ精神感応は、彼に届く数cm手前で位相を変えられ曲げられて、何処どこかへと拡散吸収されていた。そうして、
「まひろ、まひろ、まひろ、まひろ、まひろ、まひろぉッ!!!」
と、彼が放つ稲妻、霖雨が如き雷霆は、まひろの『壁』をしても防ぐが限度、いや、あとほんの数MJでもエネルギー量が増えれば、『壁』ごとまひろを壊していたかも知れない。彼は続ける。
「どうしたッ?! どうして受け取らないッ! これは! お前がッ! お前の兄がッ! お前や佐倉や他の転生者たちがッ! おれに与えた力だろうがッ!」
と、歓喜し、狂喜し、彼らに感謝し、喜悦の極致で乱れ舞っては、喜びの涙を流しても誰も不思議に想わなかったであろう。
『諸人よ、ひざまずいたか?
世界よ、創造主を予感するか?
星空の彼方に、神を求めよ!
星々のうえに、必ず神は住みたもう!』
「灰原ぁッ!」
と、そうしてもちろん、彼に向かって行ったのは、彼女ら二人だけではなかった。彼の顔を認めた瞬間、左武文雄は飛び出していた。
「てめえッ! なんでッ! ここにいやがるッ!」
彼は手持ちの小銃、拳銃、ショットガンを手当たり次第にぶちまけていた。
「てめえだけはッ! てめえだけはッ! てめえだけはッ!」
と、これまでため込んでいた、愛する、尊敬する人を失くした悲しみをそこにぶちまけるかのように――しかし、
「あ?」
とそれら鉛の固まりは、いつかの戸柱恵祐がそうしたように、彼に届く、いや、彼が気付く前に、溶けて、消えて、無くなっていた。彼は応えた。
「あー、あー、そうそう、お前にも礼を言わなきゃなあ」
と、ある女性の名前を出して、
「お前がもっと利口なら、あいつが俺を見付けただろうに」
と彼女の最期を彼に伝えて、燃える炎で彼を灼いて――そうして、
「くっそッ!」
と次に飛び出したのは深山千島であった。
彼女も、ひかりの力が消えたため、左武とともに『窓』の外へと放り出されていたのだが、両手を縛る結束帯を無理やり解いていたために、彼より出遅れ、その手はすでに血まみれであった。
「灰原ぁッ!」
左武が放った銃弾の幕に隠れ相手の影へとはいった。彼に触れ、彼の能力を無効化しようとしたのである。が、
「やあ、お姉さん」
と、その試みはまったく功を成さなかった。いや、彼女の手は確かに灰原神人に触れたし、彼女の無効化能力も十分に機能はしていた。がしかし、
「安心しろ、ひかりにならすぐ会えるさ」
灰原神人の中には、これまで盗んで来た人々の命、情報、彼らの能力が、多層的且つ重層的且つ複雑に保存されていたため――深山の無効化能力が同時にひとつの能力にしか効かないことは前にも書いた――それはかすかに浮いていた彼の足を地面に着かせる結果しかもたらさなかったのである。そうして、
「たーたーたーたー、
たーたーたーたー、
たーたーたーたー、
たーん、たたーッ」
と、灰原神人は歌っていた。力も意識も失くした深山を、焼け焦げた左武の上に投げようとして、
「たーたーらーた、
たーたーらーた、
たーたーらーた、
たーん、たたーッ」
ポイッ。
と、やはりひかりの横に投げてやった。少々不憫な気がしたのと、そちらの方が美しいように想えたからである。そうして、
「行ってはいけません」
そう忠告したのはミスターだった。ささやくように。何故なら八千代が――我々が知る宇宙の、いまだ『朱色の魔女』にはなっていない八千代が――エマの両手をほどき、男の方へ向かおうとしていたからである。しかし、
「でもッ!」
と当然八千代も、目の前に広がる光景に、惨劇に、彼に、ミスターに、反論しようとする。が、もちろん、彼の目や考えは、彼女よりも深く、ひろく、物事を観察していた。彼は叫んだ。彼女に反論させる隙を与えず、
「まひろさん! 佐倉さん!」と、そうして、男に悟られぬよう注意して、「ダメです! 下がってください!」
この言葉にまひろも、こちらの宇宙の佐倉八千代も、一瞬彼をいぶかしんだが、すぐにハッと気付くと、彼の忠告どおり、先ずは半歩を、続いて一歩を、さらには二歩三歩と、歌い続け踊り続ける灰原神人から距離を取ることにした。もちろん、だからと言って、この後どうすべきかの算段・判断はどちらも持ち合わせてはいなかったのだが。
『諸人よ、ひざまずいたか?
世界よ、創造主を予感するか?
星空の彼方に、神を求めよ!
星々のうえに、必ず神は住みたもう!』
そう。そこには、灰原神人のまわりには、暴走を始めた『窓』が、数え切れないほどの多元宇宙への入り口が、開かれ、口を開け、開かれ続けていたからである。
「『爆発』が起きます」ミスターがつぶやいた。もちろん彼にも、作戦・算段などはなかったが、「以前のものより強大で、絶望的な『爆発』が」
『諸人よ、ひざまずいたか?
世界よ、創造主を予感するか?
星空の彼方に、神を求めよ!
星々のうえに、必ず神は住みたもう!』
(続く)




