その13
ミスターたちが天台ビルへ乗り込んでからすでに二十分ほどが過ぎていたが、その間エマは、ミスターのタイムバブルに入り、ビルの外で、彼らがもどるのを待っていた。
「ヤッチがつかまってるんですよ? わたしも行きますよ」
と彼女は同行を願ったが、ミスターはじめ、まひろもかおるも彼女がついて来ることをよしとはしなかった。
「こっから先は嬢ちゃんには危険すぎるだろ」とか、
「佐倉さんなら我々がかならず助け出しますから」とか、
「足手まといになるから邪魔だと言っているんですよ」とか、
三人が三人とも、バブルの中なら安全かつ他人に気付かれることもほとんどなく、
「とにかくあなたは、ここにいて下さい」
と、なによりエマを、危険にさらすことそのものを恐れている様子であった。であったが、
「で、でも、ヤッチにはわたしが必要で――」
と、彼女は彼女で、引き下がる様子を見せなかったので、そのため最後は、
ドゥオン!!!
と、いらだちを抑え切れなくなったまひろが、小型地震を引き起こし、彼女との会話を強制終了させることになった。
「はいっていて下さい」
「は……はい」
彼らのこの心配は、足手まとい云々もそうだが、それよりなにより、彼らの知る木花エマに起きた悲劇と、それが引き起こした惨劇の記憶があまりにも生々しくあったからだが、当然こちらのエマにそんなことは分からない。あまりにも強力なまひろの力に、バブルに残りはしたものの、やはり彼らと、なにより囚われのままの八千代が気になる。そのため彼女は、腕の時計とバブルの出口を続けて見ると、
「うん」と言って立ち上がり、ひとり外に出ようとして――、
「だめよ」と呼ぶ声に驚きその場に立ち止まることになった。「あなたはここにいて、エマちゃん」
ここは、SEPをかけたタイムバブルの中。先ほども書いたとおり、普通の人間なら、その中に入ること、そもそもそこにそれがあると気づくことすら出来ない。いったい誰が? おそるおそるとふり返り、彼女はさらに驚くことになった。
「ヤッチ……?」
そこにいたのは彼女の友人、この世界での佐倉八千代だった。ただし、彼女の自慢の赤毛は荒れ、伸び、身体はすっかりと痩せ、服も男物の、それもまるで兵士かなにかが着るような黒ずくめのものであったが。
「エマちゃん……」
がしかし、それでもそれは彼女であった。どのような地獄を見て来たのだろうか、その目は暗く虚ろであったが、それでもその奥、エマを見つめるその瞳には、たしかに彼女の、あの善意と優しさがしっかり満ち残っている様子であった。
そうして――、
*
ビル正面の惨状を見た左武文雄は、車を後ろに回すよう部下に指示した。
仕事用に改造されたキャブオーバーのワンボックスは黒塗りの防弾仕様。中には左武以外にも武装した部下が四名と昨晩捕まえた祝部ひかりと清水朱央、それに深山千島が乗っていた。
ひかりと朱央は手足を縛られ、深山は更にタオルで口を塞がれていたが、これは彼女の能力を防ぐと言うよりは――かおると違い深山の能力は言葉を介するものではなかった――左武に向かって彼女が吐いたこんなセリフが原因だった。
「いまのあんたを彼女が見たら、よっぽど失望するでしょうね」
どんな悪口・暴言にも動かされないよう鍛え誤魔化して来た彼のこころも、彼女のことを、彼が守り切れなかったあの女性のことを言われることには耐え切れなかった。
バシンッ!
と想わず右手が出た。彼女の頬を打った。平手であったが、加減なく。以前の彼なら女性を叩くようなことだけは絶対にしなかったのに。
「口をふさいでおけ」部下に命じると彼は、助手席に閉じこもり、ひと言も発することなくここまで来た。
「隊長?」運転席の部下が訊いた。割れた地面や丸められたシャッターを見ながら、「あれは『赤毛』が?」
「いや」ひと息置いて彼は応えた。静かに。ずっと口を閉じていたので最初うまく話せなかった。自分でも変な声だなと想った。
「地面の亀裂は外から中へ、ロビーのガラスも内側に向かい散っている。あいつが逃げ出したんなら、向きがちがう」
「じゃあ」と部下は言ったが後の言葉が続かなかった。よほどブレーキペダルを踏みたかったことだろう。左武は応えた。今度は少し、苦笑しながら、
「お前たちは外で待機」武器はきっと役には立たない。「三人は俺が会長のところまで連れてくよ」
「あ、いえ」部下は答えた。「別にそういう意味では――」
が、きっと彼にも分かっていたのだろう、ハンドルを持つ手が小刻みに震えていた。
「かまわんよ」左武は言った。彼の言葉をさえぎるように、「いま中には、ふたりも魔女がいる。能力者でもないお前たちには荷が重すぎるよ」
もちろんそれは、彼も同じなのだが。
「しかし……」と部下は続け、
「まあ実際」とふたたび左武はそれをさえぎった。「他の連中も出張ってくるだろうし」と軽い口調で。彼を安心させるつもりで、「いま頃きっと、『まひろ』を取り囲んでいるさ」
*
そう。
そうして実際、まひろは取り囲まれていた。エレベーターを降りた瞬間、
「私の名はリン!」
「スズカ!」
「ミズキ!」
「新しいカノン!」
と何故かセーラー服の四人組に。
「なんだありゃ?」呆れたのはかおるであった。
何故なら彼らは、その間違った昭和アイドル的風貌並びに夏服セーラー(もちろんミニスカ)に加え、手に手にけったいな武器(三節棍とか鎖鎌とか手甲鉤とかチャクラムとか)を携えているだけでは飽き足らず、
「観念しなさい! 山岸まひろ!」
「いくら会長、富士夫さまの妹君とは言え!」
「これ以上の乱暴狼藉働くならば!」
「我ら『山岸富士夫親衛隊』が貴女の息の根止めて見せるわ!」
と、なかなか味わい深いセリフを大声でのたまってくれたからである。
「おーい、まひろー」後ろの方でかおるは訊いた。何故なら彼とミスターはその輪から外されていたからである。「どうするー? 手伝うかー?」あと気になるんだが、「こりゃ、兄貴の趣味か?」
が、もちろん、富士夫にシスコン傾向はあってもロリコン気質はなかった(彼は成熟した女性が好みだった)ので、彼女たちのこの困った風貌並びにキャラ設定は、あくまで当人たちの、たとえ出落ちの一発キャラでも目立っておきたい、読者の心にいくばくかの印象、傷跡を残しておきたいと云うささやかな願いが具現化したものであった。であったので、
「いえ、ここは僕ひとりで」とまひろは答えることになる。「おふたりはさがっておいて下さい」
何故なら自分ひとりの方が、彼女たちの出番をすこしは稼いであげられる、すこしは目立たせてあげられる、そうまひろは判断したからであった。(この手の女子にかおるはまったく容赦しないので、彼が手伝えばきっと、次の段落で彼女たちはそもそもまるでいなかったかのように退場させられていたであろう)
がしかし、それはあまりに優しく、且つ自身の能力を過信し過ぎた判断のようにこの作者には想われた。と言うのも、
「おーほっほっほっほっほ。まさか助けを蹴るとはねえ!」
「おごり高ぶり言語道断よ! 山岸まひろ!」
「我ら親衛隊! ひとりの力は弱くとも!」
「四人が合わさることでその力は何十、何百、いや! 何千倍にもなるのよ!」
と当人たちも言うとおり、彼女たちの能力はそれぞれ、『地の力』『水の力』『火の力』『風の力』と呼ばれ、それら自然界の力を微弱ながらも利用出来る程度のものでしかなかったのだが、しかしそれも、彼ら四人が合わさり、様々なパフォーマンス、様々なフォーメーションをとることで、力は倍増、三倍増、強力に、そうしてかつ複雑になり、特にカノンがスズカを肩に乗せ、残りの二人がその横で首を横に振るダン……陣形は、『最終人類』とも呼ばれ、そこから発せられるエネルギーは莫大、小さなビルひとつくらいなら軽く吹き飛ばせられるほどの威力を発揮するのであった!(ここまでもの凄い早口)
そうッ!
そのためスズカは叫ぶッ!
カノンの肩に乗ったままッ!
「くらえッ!
まひろッ!
すべてのものを薙ぎ払うッ!
我らが『最終人類』を――――ッ!」
そうッ!
そうして山岸まひろは後悔するッ!
何故なら彼女はッ!
まさか彼らがここまでウザったらしいキャラだとは想っていなかったしッ!
そのためッ!
今回更新分もッ!
やたらと文字数が増えてしまったしッ!
そうしてなによりッ!
「え?」
と、その『最終人類』とやらの威力が余りにも屁みたいにしょぼかったからである。
「これ……全力なんですか?」
ドッゥウゥゥゥゥゥゥゥゥーーーンッ!
そう。
そうして彼女は無傷だった。
彼ら親衛隊の『最終人類』を真正面から受けたにも関わらず。
周囲に一瞬、うっすーい『壁』を出現させただけで、それをはねのけ散らしたのである。
「あのー」彼女は訊いた。茫然自失の親衛隊に、「どうします? まだ続けますか?」
(続く)




