その11
ドッゥオン!!!
とそうして、地面が大きな音を立て、割れ、その振動でロビーのガラスも数枚割れた。続いて、
カシャッ。
とまるで、うすいプラスチック容器でも折り割くかのように、そこにあった夜間閉鎖用のスチールシャッターが縦に曲げられ折られ割かれた。そうして、
「まさか正面突破とは――」と呆れつぶやいたのは白髪老紳士のミスターであった。
彼は、割かれたシャッターがそれぞれ、ひょいッと左右に飛ばされて行くのを眺めながら、
「力がより増してませんか?」と隣に立つ男に訊いたが、
「俺が知るかよ、クソッたれ」と、隣の男は口ぎたなく応えるだけであった。
男の胸には防弾チョッキが、左の手には自動拳銃が持たれていた。彼、小紫かおるは続けた。
「だから行きたくねえって言ったのによ」前を行く山岸まひろの背を追いながら、「やることがいちいち雑なんだよ、あのバカ」
「しかし、ついて来られた」ミスターが言った。
「雑で、バカで、危なっかしいし」かおるは応えた。「あいつになにかあったら先生に顔向け出来ねえからな」
ミスターは肩をすくめた。
いま彼らは、佐倉八千代が捕まっている地上21階、地下3階建ての天台中央ビル、その正面玄関ロビーへ入ったところであった。
連絡が途絶える前の深山千島からの連絡によれば、八千代がいるのは地下3階の隔離室で、そこに向かうには専用のエレベーターを使う必要があったからだが――、
「おいッ!」
とここで、当然のように、このビルの警備員――と呼ぶにはほとんど私兵にちかいが――が複数名、エレベーターホールに向かうまひろを取り囲み彼女に銃――と言ってもかおるが持っているような自動拳銃ではなく自衛隊が持つような自動小銃だったが――を向け、続けて、
「動くな!」と叫んだ。「動くと撃つぞ!」
がもちろん、彼らの声は震えていたし、地割れを起こしスチールシャッターを潰したばかりのまひろに細やかな力の制御が出来るかどうかも不明であった。そのため、
「おまえらこそ動くな!」と叫んだのは小紫かおるであった。「見分けがつかねえくらいに潰されるぞ!」
すると、当然のように――後半のおどしではなく前半の「動くな」に影響されて――彼ら警備員は身動きひとつ取れなくなった。かおるは続ける。
「よーし! いい子だ!」内心ホッとし胸なでおろしつつ、「そしたらそのまま! 銃を地面に置け!」
当然彼らはこれに従った。かおるの『パープルマン』は健在――と言うか、こちらもより強力になっているようだった。
「いいぞ! まひろ!」かおるは言った。力は使わず慎重に、「――武器だけに集中しろ」
すると、この言葉にまひろは、どうやら安心したのだろうか、ひとつ小さく呼吸をすると、両手を一回、軽く、円を描くように回した。
ガチャガチャガチャガチャ、
ガチャガチャガチャ。
床に捨てられた自動小銃たちが集まり固まり宙に浮かび、そうして、
ガシャッ!
とひとつの鉄の塊になって、その床へと落ちた。
「よーし、いい子だ」かおるは言ったが、「やれば出来るじゃねえか」
「エレベータへ」それには答えずまひろは言った。「ミスターさん、案内をお願いします」
そうして――、
*
「未来が視えるんだろ?」
そう男は言った。彼はいまでも山岸富士夫と呼ばれていた。
「俺は上手くいかなかった。ちゃんと盗んだはずなのにな」
それはスピーカー越しの声ではなかったし、彼の他にこの部屋に入って来たものはいなかった。八千代は依然、柱に縛られ目も口も塞がれていた。男は続けた。
「相性の問題か、小紫ってやつから盗んだのも中途半端でね」八千代の口もとに手を伸ばした。「意思の弱いやつらにしか使えない」
ベリッ。
口のテープが剥がされた。男の部下たちはどこに行ったのだろう?
「不意の来客があってね」男の声はいまでは、山岸富士夫のそれとは違う男のものになっていた。「いまは、俺とお前のふたりだけだ」
変わった男の声に八千代は少しも聞き覚えがなかった。が、どこか、いや、決定的に嫌な感じをその声から受け取った。
ゾクリ。
突然、全身が総毛立つような恐怖、自身の奥の奥の奥にひた隠しに隠し続けて来た暗闇に触れられるような恐怖、そんな恐怖を彼女は受け取った。男が、今度は彼女のアイマスクを外そうと手を伸ばした。すると、男の手が、彼女の耳に軽く触れた。瞬間、
『え?』と彼女は驚いた。声には出さず、いや出せずに。
何故なら、彼の暗闇、その暗闇そのものが、何十人もの人々の怒りや恐怖、熱や情報、重力異常で出来ていることが分かったからである。そうして、
バッ。
とアイマスクが外され、彼女は男の顔を見た。
「よお」男は言った。旧知の仲でもあるかのように、「おぼえてるか?」
「あなた……」と八千代はそれに答えようとした。が、それは出来なかった。「いったい……?」
何故なら彼女は、その顔に見覚えがあったが、と同時に、まったく見知らぬひとにしか想えなかったからである。
いや、たしかにそれは、しわや弛みや白髪が増えたとは言え、山岸富士夫本人の顔に間違いはなかった。がしかし、
「いや……、でも……」八千代はくり返した。「いったい……?」
何故なら、男の瞳や魂の輪郭が、明らかに彼女の知る富士夫とは違っていたからである。彼女は訊いた。ようやく、
「あなた、いったい、何者なの?」
「うん?」男は応えた。「ひょっとして分からないのか?」
それから男は、しわがれたその左手で、自身の顔を覆って隠すと、
「おまえなら、気づくと想ったんだがな」
たしかに。この宇宙の八千代なら、彼が彼だとすぐに気づけたのかも知れない。が、しかし、いまここにいる彼女は、別の宇宙の、いまだ男に出会ったことのない彼女である。男が続けた。
「これを解くのは久しぶりでね」ゆっくりその手を下げながら、「なにしろお前に、顔を半分削られたからな」
そこにあったのは、まるでいつかの救世主を想わせる――しかしその半分を炎に灼かれてもいる――ひとりの男の顔だった。
「でも、俺はあのとき確信したんだ」そう灰原神人は言った。「おまえは俺と同類だってな」
彼はうたった。つぶやくように。ささやくように。彼女に会えたよろこびに、
「“穏やかな夜に身を任せるな。”」と。
「“祈れ、いのれ、祝福しろ。”」と。
そうして、
「“かくて、炎の時は来たり。”」
(続く)




