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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第二十話「幸福な夕食、困難な朝食」
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その8

 彼女は周囲に目をやってから、手近のソファに腰を下ろした。彼女がこの店に来たのはこれで二度、いや三度目だったが、以前ここは、大変に混雑し、活気にあふれ、愛想は良いが心もとないウェイトレスが、いまはもういない厨房係と店を切り盛りしていた。



 『さはれども、

  いづくにありや、

  こぞのゆき。』



 そうつぶやくと彼女・深山千島は、くり返しだけは避けながら彼女は、先ほどこの店の隅で見つけた一冊のノートを開いた。床に落ちて付いたのだろうほこりを払い、乾いてはいるが生々しい血の痕に片目をつぶりながら、一読しては分からない走り書きの文字を、静かに、丁寧に、言ってみれば死者たちへの敬意を込めて、彼女はそれを読んだのである。店の外では武装した会社の連中が、誰も中には入れさせないぞと立っていた。彼らの意識は能力で誤魔化していた。うす暗い店内、小型のハンディライトだけが頼りだった。


 ピピッ、

 ピピッ、

 ピピッ。


 しばらくすると携帯のアラーム音が彼女に時を報せた。これ以上連絡が遅くなると怪しまれるだろう。彼女はゆっくり立ち上がった。が、死者との対話――このノートの著者は本気で世界を救おうとしていた――で消耗したのだろう、ふらふらとした手は壁を付き、のこりの手で触れた首筋にはべったりとした汗がにじみ出ていた。



 『さはれども、

  いづくにありや、

  こぞのゆき。』



 ふたたび彼女はつぶやいた。くり返しだけは避けていたはずなのに。自分で自分に苦笑しながら。スマートフォンを取り出した。


「もしもし深山です」上司の友枝に連絡を入れた。「ノートが見付かりました。これから持ち帰ります」


 それから彼女は、手持ち鞄の少し奥から、使い捨てのスマートフォンを取り出すと、素早く、手短に、昔の同僚に向けてメッセージを送った。但し、そのメッセージは暗号化されていたので、敢えてここで翻訳しておくと、



 『石橋伊礼のノートを発見。

  爆発は一度ではなく二度。

  二度目を起こすのも灰原。

  止められるのは佐倉八千代のみ。』



 ということになる。


 そうして、それから更に彼女は、スマートフォンの電源を切る前に彼女は、もう少しだけ考えてから、次の一文をそこに付け加えた。



 『至急、山岸まひろに連絡されたし。』


 

 そうして――、


     *


 そうして、以前の彼を知る者ならば、驚くかも知れないが、少年はすっかり大人になっていた。いくつかの町を転々とし、倉庫の荷役や道路工事、時には産業廃棄物の処理に関する仕事なんかも手伝いながら。背がすこし伸び、肩幅はひろく、肌は浅黒く焼け、筋骨隆々――とまでは流石に言えないが、それでも十分に『頼りがいのある青年』と呼んで差し支えない程には成長していた。もちろん、彼本来のあの優しい目とほほ笑みに変わりはなかったが。


 少年を大人にするもの。


 それは、洋の東西、歴史の古今を問わず、それでもやはり、少女への愛であった。


 彼は、愛する少女をその残酷な運命から守るため、名を変え、姿も変え、離れて暮らす両親や一緒に暮らす叔母夫婦にもひと言の相談もせず、住んでいた町を離れた。


 あの文化祭の夜、彼女を助け、彼女の死を偽り、彼女の友人は助けられなかった代わりに、彼女の父親から彼女の能力のことを知らされた。


「たのむ朱央くん。ひかりを守ってやってくれ」


 そう懇願され、取る者も取り敢えず、彼に指示されたとおりに、愛する少女を連れ、あの町を離れたのであった。そうして――、


「あーけーおっ!」


 と、そうして少女は幸福であった。ふたり暮らしのアパートはせまく、事務のバイトの給料は安く、もとの町にはもう戻れなかったが、それでも、彼とともに過ごし、手をつなぎ、肩を寄せ合い生きているこの現実は、彼女にとって幸福そのものであった。彼女もすこし背が伸びて、身体には丸みが、友を失くしたこころの傷は、随分癒えた様子であった。


「ナスと鶏肉が安かったからたくさん買っちゃった。カレーと炒め物どっちがいい?」


 そう。彼女の養父・優太は――と言うか彼の部下であった深山千島は――彼女の記憶から彼女の友人、殺された先名かすみに関する部分を消してはいなかった。もちろん直接の、壁に張り付けられた彼女の遺体など、あまりに残酷な部分は消すか曖昧にしてはいたが、そうすることで、彼女の中にもとの町へは戻れない、戻るのは危険だ、彼女も狙われている、そのような意識を残そうとしたのである。無論父母の、優太とその妻・守希との記憶は消したので、前後のつじつま合わせは必要であったが。


「お風呂さきはいるわよー」夕食も終わり彼女は言った。「そ・れ・と・もー、いっしょにはいりますー?」


 もちろん彼は断わった。いまでもそれは恥ずかしかったし、


「いいよ、ゆっくりはいっておいで」


「えー」


「そのあいだ、お皿洗っとくからさ」


「お、やった。ほめてつかわす」


「はいはい。湯あたりだけはしないでね」


「はーい。サンキュー――チュッ♡」


 それに一通、気になるメールを受け取っていたからでもある。


「もしもし?」それはひかりに聞かれてはいけない電話だった。「なんですか?『至急連絡を』って」


『すまない朱央くん』なぜなら電話の相手は彼女の養父・優太だったから。『ミスターが現れた。そこも危険かも知れない。ひかりを連れて別の町に逃げてくれ』



(続く)

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