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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第二十話「幸福な夕食、困難な朝食」
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その7

「なるほど、それで理解出来ましたよ」優太は応えた。ふたりにお茶を出しながら、「深山から連絡を受けたときは信じられませんでしたがね。過去の、別の世界の、佐倉さんなら分からなくもない」


 ここは彼と、彼の妻・守希が営む会計事務所――とは言っても従業員は彼らだけ、オフィスも自宅マンション隣のワンルームを借りただけのものだったが。お茶を出されたふたりとは、もちろんエマとミスターである。


「そうは言っても忙しいですがね、なんだかんだで。あそこに勤めていたときよりも忙しいかも」


 そう。この世界の優太は、すでに天台の会社を辞めていた。ひとり娘のひかりを殺され、守希が心身の調子を崩し、彼自身も会社との折り合いが付けられなくなったタイミングで。


「天台さんが生きていれば、こんなに簡単には辞められなかったでしょうがね」


 後任の山岸富士夫による体制の変更と爆発後の世間の混乱もあり、想っていたよりスムーズに、信じられないほどスムーズに、彼はあの会社を辞められたのだという。ただし、


「深山さんとは頻繁に連絡を?」


「なにもなければ週一程度。こちらの仕事も手伝ってもらってますしね」


 というやり取りからも分かるとおり、彼は、完全に元の会社――と言うか転生者絡みの仕事と縁を切ったわけではなかった。


「なるほど。『地下鉄』の方は?」


「順調――と言ってよいかどうかは分かりませんが、今朝もひと組書類を渡しましたよ。まだ小さな女の子だった」


 彼はいま、転生者たちを集め使う仕事ではなく、彼らを遠くへ、天台の、山岸富士夫のグループの目が届かないであろう遠くへ逃がすための仕事をしていた。会計事務とは別に。十九世紀アメリカで黒人奴隷の亡命を手助けしていた市民たちのように。ミスターが言った『地下鉄』とは、そんな彼ら市民組織からの引用である。


「作戦は?」優太が訊いた。「深山に連絡を取ったり、逃走経路を確保するくらいならお手伝い出来ますが――」


「いま考えているところです」ミスターは答えた。


「ふむ」優太は苦笑した。「身体は変わっても中身は同じですか――」


 それから彼は、ひと口だけお茶をすすると、下唇を噛み、いくつか言葉を飲み込んだあと、


「木花さん」とある種突然、エマの方へと話をふった。言いにくそうに、「そちらの佐倉さんは……まだ……その……」


「彼女なら大丈夫です」エマは答えた。はっきりと。


 これまでの彼やミスター、それに他の人の態度から、こちらの世界の八千代が、どれほど皆に恐れられているかは分かったが、それでも、


「それでも私が、一緒にいますから」


 この言葉に優太は、しばし言葉を失ったが、それでもふたたび、軽く下唇を噛むと、


「実は、木花さん――」と何かを言いかけ、


「祝部さん」とそれをミスターに止められた。「それでは先ずは、深山さんに連絡を――」


 そうして、それからしばらくエマは、そんな彼らのやり取りを、静かに、少し不思議そうな顔で見ていたのだが、


「あのーすみません」と優太が席を立つのを待って、「あの祝部さんって――」と、そうミスターに訊いた。


「ええ、はい、そうですよ」ミスターは答えた。声はおさえて、小さく静かに、「祝部ひかりさん。あの男に殺された彼女のお父さんです」


     *


「だからどうでしょうか? その力を我々に貸して、我々の事業に協力して頂くというのは」


 佐倉八千代への取り調べは、彼女への勧誘という意味も帯びながら、いまだ続いていた。


 彼女が感じた違和感、目の前にいる山岸富士夫と呼ばれる人物が、どうしても、彼女が知る彼と繋がらないという違和感は、彼女の心の声を聴くよう指示されていた左武文雄にも当然届いていたが、それは、この数年間、立て続けに彼の身に起きた悲劇のせいだろう、と左武文雄は考え、受け流すことにしていた。


 山岸富士夫のふたりの子どもは、例の爆発に巻き込まれて消え、彼の妻・美紀も、その後、遺伝性の病気で帰らぬ人となっていた。富士夫の父と祖母は爆発の前に亡くなっていたし、妹は行方不明、もともと疎遠だった母や弟たちとは更に連絡を取らなくなり、いまでは、仕事以外に、山岸富士夫との関係性を見い出せる人物はいなくなっていた。


 左武は彼に同情していた。同情し共感していた。「分かりますよ、会長」と。例の爆発で愛する人を失くしたのは彼も同じだったから。「俺も同じ気持ちですから」と。


 そのため彼は、ついつい声を上げてしまった。与えられた役割から外れて、


「おい」と、ひとり沈黙を続けている八千代に対して、「いい加減なにか話したらどうだ?」と言葉の端々に怒りを込めて。


 何故なら、彼にとっての彼女は、爆発を止められなかった、あるいは爆発の原因となった者のひとりであり、その後はテロ行為に転じた犯罪者だったからである。


 が当然、いま目の前にいる少女は、彼が知るその佐倉八千代ではなく、いくら事情を言われたところで、彼の怒りを理解、受け止められるはずもなかったし、また、彼らが望んでいるような、話すべき「なにか」を持っているはずもなかった。彼女は混乱し、その混乱を受けた左武の怒りもより高まり、混乱していた。彼は叫んだ。


「なんでもいい!」と、「どうして戻ってきた!」と、「おぼえているところから話せ!」


 すると、


「ちょっと!」とここで、隣にいた深山千島が彼を止めた。「大きな声出さないでよ!」


 いくら彼女が八千代の能力を無効化しようとしているとは言え、彼女に深山の能力が効くかどうかは不明であったし(おそらく効かない)、仮に有効だったとしても、強大な彼女の力を抑え込めるだけの自信が彼女にはなかったからである。


 であるが、このやり取りには、どうやら少し効果があった。というのも、


「うん? なんだ?」と左武が新たなこころの声、と言うよりは、八千代が想い出しふり返った、この宇宙に来てからのイメージを受け取り始めたからである。


 彼女は、先ほどの左武の「どうして戻ってきた」それに「おぼえているところから」の部分に反応、記憶が彼女に追いついて来るのを感じ、そうして、その記憶イメージの中には、


「石橋……?」と左武もつぶやくとおり、「あいつのノートが残っているのか?」


 と、エマが拾い、『シグナレス』の床に落として来た、石橋伊礼の預言ノート、そのイメージも含まれていたからである。



(続く)

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