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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第二十話「幸福な夕食、困難な朝食」
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その2

 それから二十分ほどがして、ふたりは中学校の横の道から公園に入った。学校は休みなのだろうか、中に人のいる気配はなく、以前はなかった高い壁と分厚い門扉が周囲をかこっていた。


「静かね」八千代が訊いた。


「静か過ぎるよね」エマが答えた。


 先ほど彼女が拾ったノート、赤黒い血の痕が付いた石橋伊礼の預言ノートを、彼らは読むことが出来なかった。がそれは、血のせいで文字が潰されたからと言うよりは、そこに走り書きされた伊礼の文字が、いつも以上に解読困難な状態にあったからである。


「よっぽど急いで書いたのかな」とエマは言ったが、彼女が本当に気になったのは、最後に書かれたその日付けであった。「これ……私たちが眠ったのと同じ日じゃない?」


 もちろん彼らは知らなかったが、どうやらこの世界の石橋伊礼も、彼らが住む世界の彼同様、この世界の八千代やエマが眠った、最後の修行に出たのと同じ日に灰原神人に殺された様子であった。


「石橋さんの事務所もなくなってたし、これって――」とエマは続けようとし、


「しっ」と前を行く八千代に木の陰に隠れるよう言われた。「あれ……どういうこと?」


 そこには熊のような大男が立っていた。全身黒ずくめで。胸には防弾用のチョッキを着け、手には特に銃身の短い短機関銃を持っていた。彼は、とても緊張した様子で、必死に呼吸を整えながら、その銃口を、目の前の少年へと向けていた。


「う、ご、く、な、よー」と、いまだ整わない呼吸で彼は言った。「動くと撃つからな」


 銃口を向けられた少年は小柄で、九才か十才と言ったところ。手足はみすぼらしく、服は汚れていた。両手を上にあげ、こちらも呼吸は乱れていたが、目は冷静さを失っていなかった。さながら巨人の前に立つ若きダビデ王と言ったところだろうか。すると、ここで男は、


「さっきお前……」と少年のこころを読もうとしたのだが、


 ふっ。


 と突然、少年が上げていた両手で何事かを起こそうとしたので、彼はついつい驚きあわて、


 タタッ、タタタタタッ。


 とその手の引き金を引いてしまった。


「えっ?」


 とおどろいたのは八千代とエマである。彼女たちは、こちらもついつい、飛び出しそうになったのだが、


 ふう。


 という男の、安堵あるいは緊張のため息にそれを止められた。男は言った。


「やっぱりな、くそがき」


 そこにあったのは、分厚い氷の壁であった。男が撃った9×19mmの拳銃弾くらいなら簡単に受け止め弾き返せるほどの。


「お前も能力者か」


 男の緊張はより高まった様子であった。彼、左武文雄の能力は、こちらの世界でもやはり、『他人のこころの声を聴く』それのみ。いくらゴリアテ並みの巨体と短機関銃を持っていたとしても、目の前の少年が能力者である以上、やり方を間違えれば、よくて大怪我、悪くすればそれ以上の状況に陥ってしまうかも知れない。しかも、彼の瞳には、未だ生まれ持った善良さから来るためらいの色が見えていたから。彼は、左武は、氷の壁越しに、少年の目を見つめると、そこに自分のものとよく似たためらいでも見付けたのだろうか、銃を持つ手をゆるめ、半歩後ろに退こうとした――瞬間、


「おいこら、左武」と道の反対側から何者かの声がし、


 ひゅっ。

 しゅっ。

 しゅしゅっ。


 と、いくつもの縄やロープや長い針金などが飛んで来ては問題の少年を縛り上げた。


 ドタッ。


 少年は倒れた。頭から。両足首を縛ったロープが上へと持ち上がったからである。もちろん誰に引っ張られたわけでもなく、自ら。


「まずは撃てよ、バカ野郎」声の主は続けた。腰のポケットから白い布を取り出した。「能力を使われてからじゃ遅すぎるっていつも言ってるだろうが」


「撃ったよ」左武は応えた。「だから止められたんだろ?」


「あ?」男は一瞬、言葉の意味をとらえ切れずにいたが、すぐに理解すると、「ふん」とあざけるように苦笑した。「ま、前よりはましか」


 それから男は、問題の少年の方へと向かったが、先ほど出した白い布は、すでに少年の口を縛り封じていた。少年の足首のロープを更に上げると、逆さづりになった少年の顔が男の目の高さにまで来た。が、もちろん、この間彼は、両手を後ろに組んでいて、布にもロープにも一切触れてはいなかった。


「うーん?」彼、安堂夏彦は言った。「リストにはない顔だな」すこし考え、「名前は? 坊主?」


 が、これに少年は答えなかった。猿ぐつわをされているからと言うよりは、先ほどの転倒で強く頭を打ったからだった。


「ちっ」と安堂はみじかく舌を打った。「軽い脳震盪かもな」


 それから彼は、


 ぽんっ。


 と左武に向かってその少年を投げてよこしたが、もちろん両手は後ろ手に組んだままだった。


「まあいい、このまま連れて行こう」


 と、そうして彼らは去って行った。この一連の流れを八千代とエマは木の陰に隠れてじっと見ていた。手をこまねいてと言うよりは、呆気に取られてと言う感じだった。場所はいつもの公園なのに、起きていることがあまりにも彼らのよく知るその場所とかけ離れていたからである。そのため、


「え? いや、だめよ、だめだめ」と八千代は言った。しばらくしてから、ようやく、「あんなの絶対おかしいじゃない」と続けて立ち上がり、「行きましょ、エマちゃん」


「え?」エマは訊き返した。正直、頭の整理がまだ済んでいなかった。「行くってどこへ?」


「追いかけるのよ」八千代は答えた。「あんな風に子どもを連れて行くのっておかしいわよ」


「え?」ふたたびエマは訊き返した。やはりまだ頭の整理が追い付いていない。「そりゃ、え? でも、え? あの人たち銃を持ってたわよ?」――それに変な能力も。


「だから?」八千代も訊き返した。「だからってあの子を放っておくわけにもいかないでしょ?」


「いやいやいやいや、いやいやいや」エマは応えた。どうにか頭が追い付いた。「あんなの、いきなり追いかけてもどうにもならないわよ」


 すると突然、


「それはたしかにそうですよ、佐倉さん」といきなり、八千代でもエマでもない誰かの声がそれに続いた。「彼らが何者で、いまがどういう状況なのか、先ずはそこを調べ確かめてからでなければいけませんよ」


「そうそうそうそう」エマも続けた。完全にこの声に同意である。「あれ、あの二人とも同じ服装してたしさ、きっと他にも仲間がいるはずよ、それもけっこうな数の」


 しかし、それでも八千代は、


「でも、それだとあの子――」といまにも飛び出しそうな声で応えるのだが、


「まあ、当面は大丈夫でしょうな」とふたたび、エマでも八千代でもない誰かの声にそれを止められた。なんだかおじいさんみたいな声と話し方だった。「殺すだけなら、先ほどすでにしていたでしょうし、『連れて行こう』と言っていたのは、何かしら生きた状態のあの子が必要だ、そういうことではないですかな?」


「そうそうそうそう」これにもエマは同意した。「相手の規模や目的を調べるくらいの時間ならあるはずだからさ、先ずはそこから――」


 が、ここで彼女は「はて?」ともなった。さっきから割り込んで来るこの声は一体……?


「あ、これは失礼」エマでも八千代でもない声は答えた。「たしかに。生まれ変わりで見た目がすっかり変わりましたからな、分からないのも無理はないでしょう」


 そこにいたのは、色白で、白髪で、いかにもイギリス老紳士! みたいな格好をした、我々の知る彼とはちがう彼だった。


「分かりませんか? 木花さん」彼は続けた。瞳はいつもの碧色だった。「ミスターですよ、ミスター。こちらの世界の、ミスターです」



(続く)

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