Afraid of Times(2/2)
(1/2のあらすじ)
プロット崩壊と迫り来る締切たちに正常な判断が出来なくなっているこのお話の作者は、いよいよもって、更なるテンヤワンヤが見込まれるお願いを杏奈ジアにしてしまうのであった。作者は言った。「お話進めてもいいんで」と、彼女の顔をジッと見ながら、「その前にジアちゃん、ジアちゃんも向こうに行くって約束してくれない?」
*
ハートのブリキ缶に寄せ集めのICチップが突っ込まれ、ダマスク織のような幾何学模様が次第に繋ぎ合わされていく。しかも自動に。しかも立体的に。しかも、
ジジジジジジジジジ。
ジジジジジジジジジ。
と何処かで聞いたような音を出しながら。
「あいつ、樫山さんにもこのチョコおくってたんですね」杏奈ジアが訊いた。ブリキのフタを確かめながら、「わたしのは白だったな」
「かわいいから全色そろえたかったとかなんとか」作者は答えた。私がもらったそのチョコは、ピンクの缶に入っていた。「タブレットこれでいいかな? バッテリー死んでるけど」
「ええ、まあ、そこは復活させますよ」ジアが答えた。奇妙な形のT型レンチで、
ジジ、ジージジジ。
ジジ、ジージジジ。
と、渡したタブレットをスキャンしながら。ハートのブリキの横に並べて、
「うん。なんとかなりそうですね」とほっとひと息、両手を組んで。
ここは、1/2にひき続き、作者の家のお仕事部屋。物語を進める代わりに、
「ジアちゃんも向こうに行くって約束してくれない?」
と言った作者に応えるため、またぶっちゃけ、自分が行ってネコと妹を連れ帰った方が話ははやそうだと判断したジアが、彼女たちの宇宙へ飛ぶため、即席のジャンプポータル生成機を手作りしているところであった。ジアが言った。
「あ、そだ、樫山さん」私のスマホとパソコンと、先ほど渡したタブレットを連携させながら、「最初に謝っておきますね」
「なにを?」
「通話料金」
うん。まあ、ネコと美少女にこれ以上お話をつっつき回されるくらいならそこは涙を飲みますが――なるべくおさえる方向でお願いします。
「はいはい」ジアは応えた。「ニアが持って行った私のスマホに電話をかけて時空間の座標を特定するだけですから……いっても大体○千円くらいですかね」
う……そ、それは結構痛手……だが……ま、まあ、仕方な――、
「あ、ちがうな。こことは別の宇宙だから、確率座標を特定する時間も入れて……そこにプラス●千円ってとこですね」
な……そ、それはちょっと厳し――、
「あ、待って下さい」
なに? まだなにかあるの?
「宇宙が違うと帰るときに反対方向の座標特定が必要になって来るので……ザクッとその二倍ですね」
は?……ま、まあ……それ……も仕方な……いのかなあ………………なるだけお手柔らかにお願いします。
「はいはい、分かってますって」と続けてジア。ブリキの缶のフタを閉めると、それを左に、タブレットを右手に持って立ち上がった。さきほど宣言したとおり、バッテリーは生きかえり、数世代前の安物タブレットが、いまではまぶしいほどである。「これで私の準備はOK。あとは座標の確認ですが――タイミングどうします?」
「タイミング?」
「書いたものは消せないでしょうし、進行中のお話に突然介入するのも不自然でしょ?」
「あ、そっか、そうだね。どこかお話が一段落着いてからの方がいいか」
「いまニアたち、どんな感じなんですか?」
「あ、うん、それじゃあちょっと書いてみるね――」
そうして――、
*
「ジェロニモーー!!!!!」
と赤毛の男は叫んでいた。大幅な改造を施した脱出用ポッドの中で。いつかの地球で貰ったパステルピンクの防護服を着て、
「なんなんだよッ! あの子はッ!」とひとり悪態を吐きながら、「こんな計画ッ! ふつう想いつかないだろッ!」
彼を乗せたポッドは最大三人乗り。本来出せる速度は――沈んだり爆発したりする宇宙船から逃げ出せればよいだけなので――それでも最大秒速5~6km程度。ポッド自体の構造も――例えば地球型惑星への大気圏突入に耐えられれば十分なので――外壁にシリカセラミックその他を使っただけ。内部も特に特殊な耐圧構造が施されているわけではなかった。そのため、
「いくらッ! 僕の道具で改造したからってッ!」と続けてミスターは叫ぶわけだが、「持つかどうかはッ! 運次第だぞッ!」
と言うことらしい。ではさて、彼がいま、どこに向かって飛んでいる、堕ちているのかと言うと、
「ミスターさんのポッドが『ディセウス』のエルゴ球内に入りました」
「目的の座標へは? 向かえているのか?」
「おおむね順……あ、いま、軌道の微修正が入りました。ミスターさん側のマニュアルも正常に作動している模様です」
と、重力異常で知られるここ『シン=ガリプシ宙域』でも最も重力崩壊著しいコラプサー『ディセウス』、その外縁ギリギリのある点が、その目的地らしいのだが、では、どうして、そんな危険極まりない場所に彼が向かっているのかと言うと、
「続いて、『タイムバブル』の展開を確認――そろそろ通信途切れますが、どなたか話されますか?」
「あ、じゃあ私が」とここで杏奈ニア。「聞こえますか? お父さま?」
『ああ、はい、聞こえてるよ』とモニター越しのミスター。怒りと興奮の入り混じった声で、『タイムバブルでかなり安定したけどね。やっぱり気持ちのいいもんじゃないよ、ブラックホールに落ちるなんてのは』
「それでもこれも、女神さまのためですから」
『はいはいはいはい。彼女の恋人を取り戻すんだろ、分かってるよ』
と、この宙域で何人もの宇宙船乗りを自らの犠牲にして来た女神オゥトィリカ、その彼女が初めて愛した男、悲劇の発端、何千年もの昔に神々たちの手によりその身ひとつでこの巨大コラプサー(ブラックホール)『ディセウス』へと放り込まれた人間の男、その彼を救い出すためであった。
「通信切れます」通信士が言った。
「お願いしますよ、お父さま」ニアが言った。
『はいはいはいはい、分かってるよ』ミスターは答えた。『計算どおりなら、この辺でタイムバブルのテッセラクト化がはじ――』
と、そうして彼の通信は途切れた。
『大丈夫かのう? お嬢さん』問題の女神オゥトィリカがニアに訊いた。『それにそもそも、本当に生きておるのか? あやつは』
さて。
前にも話したとおり、重力の強さにより時間の流れは変化する。重力が弱いところでは時間の流れは速く、重力が強いところでは時間の流れは遅くなり、それは例えば、地球よりずっと重力の強い惑星での一時間が地球の一年やもっと長い時間に相当することを言うのだが、問題の、女神が愛したあの男が放り込まれたのは、この宙域でも最も重力崩壊著しいコラプサーの内部である。
「大丈夫ですよ、女神さま」ニアは答えた。「お父さまの計算が確かなら、彼はまだ事象の地平面には届いていないはずです」
そうして――、
*
「は?」とそうして杏奈ジアは叫んだ。私の横で、「バカか? こいつら」と声は荒げず。ただし、強い口調でもって、「タイムバブルで包んだくらいでエルゴ球内でまともな運動が出来るはずないだろう」
こちらは引き続き作者の作業部屋。彼女が向かうべきタイミングを計るため、右のお話を書いたところであるが、
「あいつのポッドに他に人は?」ジアが訊いた。
「え? あー、えーっと?」作者は答えた。書いた部分を読み返し、「いや、ミスターひとりだね」
「は?」続けてジアは言った。「こんな複雑な航行計算、ひとりじゃ無理でしょう? コンピューターは?」
「うーん?」作者は答えた。書いた部分を再度読み返し、「書いてないけど、普通の脱出ポッドだし、あるとしたら汎用品のAIくら――」
「くっそ!」ふたたびジアは叫んだ。小さく。作者は続けた。
「『ジェロニモー!』とか叫んでたし、あとはいつもの直感で行くつも――」
パンッ!
とここでジア、右のこぶしで左の手のひらをなぐると、
「自殺行為もおんなじですよ、こんなの」といらだたし気に吐き捨てた。それから、「ニアが行ったせいで話が変わったのか……」とひとり静かに沈思黙考。
「あのー」と声をかけようとする作者も右手で制し、更にしばらく考えてから、
「分かりましたよ、樫山さん」そう続けてこう言った。「発射前のポッドにジャンプしましょう」諦めながらいらついて、「あのクソ親父をサポートしますよ、わたしが」
(続く)




