Afraid of Times(1/2)
「あなたはけっして、こうはならないでね」
(前回までのあらすじ)
奇妙なネコの介入でプロット崩壊が続くなか、物語への参加を見送ってくれていたはずの杏奈ニアの行方不明が発覚。彼女の行方を探す作者と彼女の姉・ジアだったが、案の定ニアも、ネコ同様、物語の中へと堕ちて来るのであった。どこでもない上の方から、「きゃっあぁああああああああ!!!」とかわいい声で叫びながら。
*
「いましたね」パソコン前で、作者の横で、杏奈ジアはつぶやいた。「ニアです」
ここは作者の――この物語を書いている私の――八畳広さの作業部屋。簡易ベッドと本棚と、昇降デスクとノートパソコンがあり、壁のカレンダーからは、各種もろもろ締め切りが、私を責め立て苛める、なかなかに殺風景な場所である。
「フェンチャーチにしろ、ニアちゃんにしろ」作者は言った。キーボードを打つ手を、物語を進める手を一旦止め、「いったいどういうつもりで?」
物語のプロット、大筋が狂って来ていること、それが我が家の飼い猫フェンチャーチの介入で更に狂って来ていること、その修正をこの作者がまだ行っていないことは、前回、前々回と書いて来たとおりだが――、
ちらっ。
とここで作者はカレンダーを、各種仕事の締め切りを確認した――が、うん。こりゃ、時間を戻してなおすだけの余裕はないな。そうして、
うーん?
と続けて作者はうなると、しばし腕組み、静かに黙考、プロットの中身を想い出すのだが――うん。いまならまだ、ネコとニアちゃんさえいなければ、少々強引ではあるものの、元のプロットに戻すことも出来なくもない。出来なくもないのだが――、
「樫山さん?」とここで、「なにしてるんですか?」と問題のニアの姉・杏奈ジアは訊いた。「はやく続きを書いて下さいよ」
というのも、いま現在、あちらの宇宙の様子を知るには、この作者が、小説のかたちで書いて出力するしかなかったからである。
「ネコとニアとあのバカ親父を一緒にしたら、なにが起こるか分からないでしょ」
うーーーーーん?
ふたたび作者はうなった。声には出さず、腕は組んだまま。目を開け、一瞬ジアの顔を見、
「相変わらず、きれいな碧い瞳をしているな」
と想ってすぐにそらした。
うーーーーーーーーーーーーーん?
みたび作者はうなった。たしかにジアの言うとおり、あの二人と一匹を一緒にしたまま放置しておくのは、全宇宙レベルで危険な行為だし、それでなくても、いよいよ持ってお話は収拾つかなくなるだろう。私にもう少し時間と余裕があれば話は別だが、迫り来るその他締め切りに容赦はなく、かと言って下手に話を進めることで更なる混乱を招くことは出来れば避けたい。ああ、よいツッコミ役、物語の舵取り役、せめてまともな常識人が現場にひとりいてくれれば、それだけでもかなり違うのだが、流石に、九才のナオちゃんに、あの二人と一匹の相手は荷が重す――、
「あっ」
とここで作者はハッとした。
ふたたび目を開けジアを見た。本当に、あのバカの子どもとは想えないほど聡明な、常識人的な顔だちをしている。
「なんですか?」ジアが訊いた。こちらの態度を不審がりつつ。
「お話進めてもいいんで」作者は答えた。彼女の顔をジッと見ながら、「その前にジアちゃん、ジアちゃんも向こうに行くって約束してくれない?」
*
さて。
実際のところ杏奈ニアは美少女であった。
その肌は透きとおるように白く、瞳は何かの宝石を想わせるように深く黒く、自慢のながい髪の毛は、ひかりの加減でときに赤く、ときにブラウンのようにも見え、そうしてなにより、その顔立ちはまるで人形のように美しく整っていた。
もちろん。
彼女の他にも、この物語には様々な美女や美少女が登場しているが、それでもやはり彼女は、若干そのレイヤーが違うと言うか、なにか妙に図抜けていると言うか、簡単に言ってしまえば彼女は、生まれたバース(宇宙)が他の美女や美少女と違っていた。比喩でもなければ誇張でもなく、言葉の意味そのままに。
そう。
彼女と彼女の姉のジアは、ある事件をきっかけに、我々がいまいるこの宇宙とも、我々がずっと読んでいるあの宇宙とも違う宇宙から飛ばされて来た姉妹なのであった。(注1)
そう。
そのため今回、我が愛猫フェンチャーチのあとを追い、こちらのタウ=ラウストン人が操る宇宙船に落ちて来たニアも、かなりきれいに浮いていた。その風景から。
そう。
彼女は、往年のSF映画を想い起こさせるようなしっぶい色の硬派なデッキに、こちらもしっぶい船乗りや恐ろしくも美しい女神たちがいるその真ん中に、真っ白キュートなワンピ姿で登場したのである。しかも、持っているレイヤーと言うか身にまとっている物理定数の差で、輪郭が若干光っているように見える状態で。
そう。
そうして、しかも彼女は、その場の空気を読まないと言うか読めない性格のおかげで、問題の女神、不老不死なるオゥトィリカの身の上話をも聴いていた。とってもフレンドリーに。そうしてこころからの涙を流しながら、時々ついでに、
ちーんっ。
と鼻水もかみながら。おーいおいおい、おいおいおい。とハンカチずぶ濡れ、デッキにあったティッシュ箱もそろそろ空になりそうだった。彼女は言った。
「そんな、そんな悲劇ってあるかしら?」ともちろん、滂沱の涙をながしながら、「オゥさん、ずっと……ずっとがんばって来たんですね」
そうして女神を抱きしめながら、
「ほんと、神々ってのはろくでもないやつらばかりなんですねえ」
と、心の底からいきどおりながら。
ちなみに。
この女神の身に起きた悲劇、そうしてその後、彼女が犯し続けている罪の内容については――えーっと? ここで書くには長すぎるし、詳しい話は前回書いておいたので、忘れている方は、そちらを再度ご確認頂くとして――女神は訊いた。
『分かってくれるかお嬢さん』とこちらも彼女を抱きしめながら、『このワシの、何千年にも及ぶ、このワシの苦しみが』
「分からないはずないじゃないですか!」ニアは応えた。「最愛の恋人を失くす悲しみ! 女にとってこれ以上つらいことはありませんよ!」と恋人がいたこともないくせに。
『ああ、お嬢さん!』
「ああ、女神さま!」
そうして彼らは、まるで長年の友人、あるいは姉妹のように、そのまましばらく抱き合っていた。無言で。周囲のミスターや船員たちが、
「どうしたものか?」
と首を傾げて固まっているのにも気付かない、気付けない様子で。
で、まあ、なんと言うか、大変きれいな女神さまと、女子力満開キュートな美少女が、しっぶい宇宙船デッキのど真ん中で抱き合っている姿と言うのは、これはこれで、なかなか味わい深いものではあるのだが、しかしこれって……、
「あのさ、ミスター」とここで、そんな作者の考えを代弁するかのように、ずっと黙っていた山岸ナオが口を開いた。「これって、あのお姉さんが連れて行かれちゃう流れじゃない?」
たしかに。
女神がこの船に乗り込んで来た理由。それは、彼女とともに生きてくれる何者か、彼女とともに、彼女の恋人が消えた重力崩壊星『ディセウス』を見上げてくれる何者かを見つくろうためであり、このままでは、女神に同情し、彼女からも気に入られた杏奈ニアが、女神が閉じ込められている惑星『イーギュア』へと連れて行かれ、そこで死ぬまで彼女と暮らす話になりかねない。かねないが、
「なに言ってるのよ、ナオちゃん」とここでニアがそれに応えた。ナオの言葉が聞こえたのか、「私が連れて行かれても問題は解決しないじゃない」
それから女神のハグを解きながら、
「でしょ? 女神さま?」彼女のなみだを拭きながら、「うばわれたものは取りもどさなくっちゃ」
「取りもどす?」ナオが訊いた。不思議な顔で、「なにを?」
「え?」ニアがふり返った。「そんなの決まってるじゃない」
とナオの顔に一瞬、『どっちかって言うと山岸に似てるのね』そう想いながら。ただし、それは口には出さずに、
「恋人よ、恋人」と明るく、「女神さまの恋人、彼を取り戻さなくっちゃ」
(続く)
(注1)
詳しくは、樫山泰士製作の長編、『時空の涯の物語』を参照のこと。




