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その15

 承前。


「彼女さんいるのに断りもなく」


 と、ひかりに言われてヤスコはしばらく固まった。心も身体もついでに頭も。


 そうして、それから、次には、頭と身体と心の順にゆっくりそれらをほぐして行くと、言われた意味をようやく理解、まずはひかりを、それからゆっくり首を動かしまひろの方を見た。


 すると、まひろはまひろで、ヤスコと同様、しばらくいろいろ固まっていたのだろうか、いまはようやく、最後の心をほぐし終えたところで、ヤスコの視線に気が付くと、彼女の瞳に自分の瞳を重ねてしまい、そのまま顔を、まっ赤にしてしまった。もちろん、相手の顔もまっ赤にしてしまいながら。


 そのため彼らは、双方ふたたび、心も身体もついでに頭も固まりそうになったのだが、いやいやいやいやいやいやいや、ここは姪っ子さんの誤解を解かなくては、と、


「い、いや!」


 と、ふたり同時に声を出した。


 すると彼らは、双方同時に声を出したことにハッとすると、ふたたび同時に顔を見合わせ、瞳と瞳を重ね合わせて、双方同時に顔を真っ赤にしてみせた。しかも、相手の呼吸と高鳴る胸の鼓動ばかりが感じられるようにもなり、そんな感じだからだろうか、もうもうもうもうもうもうもう、みたび彼らは、心も身体もついでに頭も固まりそうになったのだが、いやいやいやいやいやいやいや、こんなあからさまな態度は更なる誤解と混乱を姪っ子に与えかねない。ここは毅然と、はっきり否定しなければ、とそうして彼らは、


「い、いえ!」


 と、ふたたび同時に声を出した。


 すると彼らは、双方ふたたび同時に声を出したことにハッとすると――って、ループ。


 いい年した大人が、たかだか16才の女の子に、その子が発したワンセンテンスに、ここまでおろおろして見せなくてもよさそうなものだが、そこはそれ、たしかにそんな関係性になれたらいいなあ、でも会ったばかりだしなあ、でもでも『はじめて会ったその日から』ってことわざもあるしなあ、本当に本当の運命の人ならひと目で分かるものなのかも知れないし……って、キャーッ。そんなそんな『運命の人』だなんて、キャーッ!


 みたいな?


 ほんといい年した大人がここまで思考回路をショート寸前に出来るのかどうかは知らないけれど、しかし実際、今朝がた会ってからこっち、こんな感じで、こちらのおふたり、思考回路をぐーるぐるぐる、ぐーるぐるぐる回し続けておりまして、そこにいきなり、ヤスコをまひろの『彼女さん』って言われた日にゃもう、いい年した大人でも! ドキマギまどマギ! するのが! 普通じゃあ! ありませんかねえ!! 先生!!!(知らねえよ)


 そうして――?


     *


『なんだい? ありゃ』とそうして山岸咲子は言った。ようやく。まひろとヤスコのドギマギドギマギをながめながら、『我が孫ながら初々しいというか情けないと言うか』そっと横のミスターに、『あんたも大変だね?』


「ええ、まあ」ミスターは答えた。「記憶を預かってるからでしょうね、身体の反応に心と思考が追い付いていないのかも知れません」とどこか不機嫌に。「まったく。ヤスコちゃんはさておき、まひろくんはこれからあいつと戦わなきゃいけないのに――」


 すると、彼のこの返答に、咲子はしばらく、黙ってうなずいていたのだが、


『あ、いや、ちがう、ちがう』とひとり気付くと、声のトーンをさらに落として、『うちの孫がとって悪かったねって話、ヤスコ先生』


 すると、今度はミスター、彼女の言葉の意味がよく分からなかったのか、それとも必死で回答を考えていたのか、しばらく口を閉ざしたのち、


「あはっ」と苦笑交じりに言って答えた。「ちがいますよ、おばあさん」とそれでも声のトーンは落としたまま、「ヤスコちゃんとはそんなんじゃありませんよ、九才の頃から知ってますしね」


『そうなのかい?』


「そりゃもう、年も寿命もちがい過ぎますし、まひろ君とのことも理解してますし」


『ふーん?』とすると咲子さん。あまり追及するのもかわいそうだと想ったのか、『子どもの方は?』と突然話題を変えた。


「ええ、まあ」ミスターは答えた。こんどは少しの逡巡もなく、「まひろくんの準備は出来ていますし、あとは来るのを待つだけですね」


 と、何故なら彼には、実は話題は変わっていないように想えたからである。


「“啐啄同機”。早すぎても遅すぎても駄目。九百十五万二千五十二分の一――ですが」


 視線の先にはおかしなふたり。言葉を切っては改めて、見つめ合っては固まって、動き出したらまた固まる……みたいなことをくり返しているヤスコとまひろ。彼は続けた。


「ですが、まあ、そっちの方は大丈夫なんでしょうね」と咲子の方を向いて苦笑し、「あのふたりを見ていると起きる気がしますよ、そんな奇跡も。けっこう簡単に」


『そうかい?』


「そうですよ」


『なら、いいんだけどね』


「それより問題は、そちらのお兄さんと天台何某、燃える青年に怒れる盗人、メガネのお父さんも助けないといけないし……って、やること山積みですね、毎度のことながら」


『でも、なんとかなるんだろ?』


「“なんとかする”ですかね?」


『頼りにしてるよ、ミスターさん』


「はいはい、分かってますよ」ミスターは答えた。


「世界を救って、宇宙を救って、離ればなれの親子を再会、恋人たちの願いも叶える」宙を見上げて微笑んで、「いつもやってることですが…………ま、なんとかなるでしょう」


 そうして――?



(続く)

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