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その11


 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、

 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、

 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ。


 とそうして突然、だっさい感じのデジタル時計は鳴りはじめた。


「君のかい?」向かって右側のミスターが訊いた。


「ああ、僕のだ」向かって左側のミスターは答えた。「君に彼らを渡せたから次に行けってことなんだろうね」


 ここはいつもの樫山家、その玄関先で、ここには現在、ふたりのミスターとひとりのまひろが立っていて、彼らはずっと、二十分ほど前からずっと、ヤスコが出て来るのを待っているところだった。と言うのも、


「僕らはこれから、この地で一番強力な結界が張られている場所に戻る」


 と前回、こちらのミスター(右か左か忘れた)が突然言い出したからであるし、だからと言って、寝起きすっぴんノーメイク、ヨレヨレ寝巻き姿のヤスコ先生をそのまま外に連れ出すなんてことは、流石のミスターにも出来なかったからであるし、女性の身支度には、特に相応の年齢に差しかかった女性の身支度には、本当に、本当に、本ッ当―――――――に、それなりの時間が必要だからである。分かるかね? 男子諸君(注1)――と言うことで、


「あれ?」と、それから更に十分ほどがしてヤスコは出て来た。「もうひとりのミスターは?」


 と流石に『女は化ける』とまではいかないが、それでもそこそこきれいな格好で。おかげで、


「ああ、実はね――」と残っている方のミスターは答えようとしたが、「うん? どしたの? まひろくん?」と隣の彼女に訊くことにもなった。


 と言うのもまひろが、その“そこそこきれい”なヤスコの姿に目をうばわれ、口をぽかんと開けていたからである。ほっぺなんかも赤くしながら。彼女は答えた。


「あ、いえ……」と恋する男――じゃなかった、恋する乙女の目になって、「とても……、その……、素敵だなあ……と想って」


 くり返しになるが、このときのヤスコの姿は、あくまでも“そこそこきれい”レベルであり、化粧はほんと最低限、髪は珍しく編み込みアップにしていたものの、急いで選んだシャツワンピースは、いささか流行おくれの感が否めず、とてもとても


「とても、素敵だなあ……」と呼べる状態ではなかった。が、しかし、


「あ、ありがとう……」と顔を赤らめ下を見る彼女や、


「はーいはいはい、はいはいはい」とそんなふたりの間に割ってはいるミスターの様子からもお分かりのとおり、


 先ほどからのまひろにしろヤスコにしろ、彼らの言葉や態度にウソはなく、まひろはまひろで、ヤスコのことを、


『なんて美しい人なんだ……』


 となんだかずっと想っていたし(注2)、ヤスコはヤスコで、


『なんてステキな人なのかしら……』


 となんだかずっと想ってたりなんかして、ずっと昔の恋愛小説家なら、


『このままずっと……時が止まってくれればいいのに……』


 とかなんとか、ふたり同時に言わせちゃうほどであった。


 であったがしかし、それでも私はそんな昔の恋愛小説家ではないし、そんなことしてたらページがいくつあっても足りないし、いい加減このお話もサッササッサと進ませないといけないので、


「見つめ合うのは後にして。いまはとにかく出掛けるよ」


 と赤毛のミスターに言ってもらうことになるわけだし、ついでに、


「あれ? あのネコどこ行った?」


 と例のフェンチャーチ嬢がいつの間にやら消えていることも説明的に補足してもらうことにもなるのであった。


 そうして――、


     *


 そうして左武文雄は色々すこし戸惑っていた。


 戸柱恵祐の部屋があまりに簡単に見付かったこともそうだし、彼を担いでしばらく経つのにここの従業員とまったく出会わないこともそうだし、このまま行けば順調に、それこそここの正面玄関からでも、脱け出せてしまいそうな様子であるのもそうだった。


 正直最初は、いざとなれば、恵祐の熱を操る能力をここの従業員たちに向けることすら考えていたのだが……、


 カチャ。


 とそうして彼らは外に出た。まったくの無傷で。戸惑いながら。流石に正面玄関ははばかられたので、建物裏の従業員出口を使わせてもらったが――とここで、


「え?」と想わず左武は声を上げた。「……祝部さん?」


「やあ、刑事さん」そこで待っていたのは祝部優太だった。デッキバンタイプの青い車の前に立って、「逃げるんでしょ? 手伝いますよ」


 そうして――、


     *


 とそうして、ヤスコはかたまり、こわばり、逃げ出すべきか倒れるべきか、それとも悲鳴をあげつつその場にへたり込むべきかで悩んでいた。結局どれも出来なかったけど。それは何故なら、それらに先んじて彼女の腰が抜けていたからであるし、本当に腰が抜けるとへたり込むことも倒れることも出来ないんだなあ、とかそんなことを考えていたからであるし、そんなことを考えながら、前に立つ赤毛の肩につかまろうか、それとも横に立つまひろに寄りかかろうか、本当ならまひろに寄りかかりたいけどいきなりは恥ずかしいし、かと言っていつもの気楽さで赤毛の肩につかまってまひろくんに色々誤解されても困るなあ、とか、そんな年甲斐もない乙女みたいなことを考え続けていたからでもある。そのため彼女は、この思考の逡巡に答えがなさそうだと分かると、仕方がないのでそのまま、かたまりこわばった身体のまま、中腰で、いまの自分の素直な疑問を口にすることにした。


「あ、あのあのあのあのあの……」とまるで幽霊でも見たかのように、「あの、あな、あなた、あなたって、や、やまぎ……やまぎし、さ、咲子? さん?」


 と言うのも、ここ、『花盛りの家』を訪れた彼女とミスター、それにまひろの三人を出迎えてくれたのが、つい先日お亡くなりになられたばかりの、ヤスコも先般お線香を上げたばかりの、この家の女主人、山岸咲子ご本人だったからである。彼女は訊いた。


『なんだい? まだ伝えてなかったのかい?』と赤毛のミスターに。彼は答えた。


「え?」とヤスコを一瞥、「あ、ごめんごめん。バタバタしていて忘れてたよ」


 と言ったところで。


 こちらは前にも書いたとおり、『この地で一番強力な結界が張られている』山岸咲子の花盛りの家。


「おばあさんと悪魔の不破さん、このふたりの結界を相互補完的に張ることで、その『一番強力』が実現できているんだよ」


 とミスターも言うとおり、咲子さんの幽霊――じゃなかった、『霊体』がもどって来たことで、ここがこの地で一番安心出来る場所、例の殺人鬼・灰原神人がヤスコの『リスト』を追って来ても対応し得る場所になったそうなのである。であるが――、


「ちょ、ちょっと待ってよ、ミスター」とここでヤスコ。あなたいま、サラッとすごいこと言わなかった?「悪魔? がいるの? ここ?」


 すると、


「なんですか? 私のこともまだお伝えしていないのですか?」とここで今度は、この家の悪魔・不破友介が、「おひさしぶりです、ヤスコさま」


 と廊下の壁から染み出るように、その身をこちらにあらわした。


「ようやく……ようやく……再会されたのですなあ……」と目になみだをにじませながら。


「あー」ミスターが答えた。ヤスコの方を向き、「たしかに不破さんの件も話してなかったね」


 すると、そんな彼の間抜けた顔にヤスコは、とうとう膝の力も抜け、そのまま横に立つまひろの肩に寄りかかったのだが、


「あれ?」とそこで、まひろの様子のおかしいことに気づいた。「おどろかないの? まひろくん?」


 もちろんまひろも驚いてはいた。驚いてはいたが彼女は、これまでにも霊体になった祖母と夢枕で話したり、巨大化した不破と修行の途中で戦っていたりもしたので、


「まあ、その、薄々は……」とヤスコほどの衝撃は受けなかったようであるし、それよりは、


「あれ? おに……おねえさん?」と言って出て来た少女に、彼女はなにより驚かされることになったからである。


「あ、って言うか、叔母さん? になるんでしたっけ? わたしの?」



(続く)

(注1)

 だったらなんで、見た目は男性だけれど生物学的にははっきり女性であるまひろ君は素のまま出かけられるのかと言えば、それはもう明らかに素地がちがうからですね、畜生。


(注2)

 実際問題、見た目の美しさだけで言うならば、『いやいや、待て待て、鏡見てみろよ』と想わずツッコミを入れてしまいたくなるくらい、まひろ君の方が何倍も何十倍も顔もスタイルもいいわけなのだが、それでもついつい『なんて……美しい人なんだ……』と彼女が想ってしまうのは、それこそ恋は盲目、愛の魔法、あばたもえくぼというヤツで、ほんと恋する青年――また間違えた――女ってヤツは面倒ですね。あーあ、私も恋とかしてえなあー。

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